「自ら考え、自ら学ぶ力」を育めていなかったという猛省
大窪昌哉氏が授業スタイルをガラッと刷新したのは、2年ほど前のこと。きっかけは、コロナ禍の一斉休校だった。
「休校の間、プリント配布に終始してしまった学校は多く、持て余した時間に何をしたらよいのかわからない子どもたちもたくさんいました。このとき、僕ら教員は結局、『自ら考え、自ら学ぶ力』を育めていなかったんだと、猛烈に反省しました」
そんな猛省と危機感から、「まずは自分が変わらねば」と、大窪氏はオンラインを活用して数多くの講演会や学習会に参加。これまでも「子どもが主役」の学級経営を目指し、プロジェクトアドベンチャー(※1)や会社活動(※2)など、よいと思う実践は取り入れてきたが、休校期間に学びを深める中で、改めて学ぶことの楽しさを実感するとともに「自立した学び手」の育成が必要だと強く感じたという。
※1 米国発の、アドベンチャー体験から学ぶアクティブ・ラーニング・プログラム
※2 企業活動の形を取る、あるとクラスが楽しくなる活動
「一律一斉に教えることが悪いことだとは思わないけれど、同じ課題を同じペースで進めていくことに以前から無理を感じていた」(大窪氏)こともあり、休校明けの2020年6月から担任を持つ5年生の学級で、プロジェクト型学習やワークショップ型の学びを中心とする授業に切り替えていった。
まず始めたのは、米国発のライティング・ワークショップ「作家の時間」。これは、子どもたちが書きたいテーマを自己選択して文章を書き、出版というアウトプットまで行う実践だ。書き方やテーマの選択肢が少ない教科書に沿った指導では、作文を好きになるのは難しいと感じていたため、導入した。
「国語で週に1.5時間を作家の時間に費やすことにしたのでカリキュラムもいじらなければなりませんでしたが、子どもたちの書くことへのモチベーションが上がり、振り返りの際などにも考えや思いを言語化する力が生きるようになっていきました」
手応えを感じ、その後、同じく米国発のリーディング・ワークショップ「読書家の時間」も始めた。このほか、算数では単元内自由進度学習、社会では自ら問いを立てて解決していくプロジェクト型学習をスタートするなど、すべての教科で従来の一律一斉型の授業を見直した。一方で、子どもたちに戸惑いはなかったのか。大窪氏はこう話す。
「どの活動も、まずは趣旨や狙いを説明して『どう思う?』と投げかけます。例えば、作家の時間を始める際は、アンケートを取ったうえで『苦手だけど書けるようになりたい人が多かった。作家の時間はよりよい書き手になるための活動だけど、やってみる?』と聞き、みんながやりたいと言ってくれたので始めました」
「学年のやり方にそろえてほしい」「来年の担任が大変ではないか」と周囲に反発されて学びの転換に苦労する教員も多いようだが、大窪氏は恵まれた環境にあったと話す。
「今までの取り組みや研究主任という立場から『あいつ、また変なこと始めたな』くらいに思ってもらえた面があったのかもしれませんが、周囲は肯定的でした。翌年もクラスが持ち上がり、保護者に信頼して任せていただきながら進めていけた点も大きかったと思います」
とはいえ、もちろん管理職には事前に狙いをしっかりと説明し、うまくいかなければやり方を変えることはつねに心がけた。子どもたちの意見を聞こうと、企業の取り組みを参考に「1 on1」も導入。給食の配膳の待ち時間を利用して毎日数名ずつ、1対1でインタビューする時間をつくった。
すると、さまざまな意見が出てくる。例えば「私は自由進度学習をいいと思うんだけど、あの子たちはよくわかってなかったから、ちゃんと説明してあげたほうがいいよ」といった声から、授業の冒頭で考え方のポイントをより丁寧に話すようにした。そんなふうに日々、子どもたちと相談しながら、改善を重ねていった。
【2022年07月14日11時30分追記】大窪先生の授業改善について、「一斉授業を一切やめた」と受け取れる表現が一部あったため、見出しを含めてその部分を訂正しました。
学習の時間が終わっても探究し続ける子どもたち
しだいに、子どもたちは自ら考え、話し合い、行動するようになっていく。例えば、逗子の魅力を探す総合的な学習の時間では、商店街に取材に行きたいと言うのでアポ取りだけサポートしたが、子どもたちは話を聞くだけでなく撮影も行い、食レポートなどを盛り込んだ動画まで制作した。
環境学習の一環で環境活動家の露木志奈氏を招き講演をしてもらった際は、一部の子どもたちが刺激を受け、笹でストローを自作してクラス全員に配布。さらに、翌年には「そもそも学校からストローをなくしませんか」と呼びかけ、給食の牛乳パックをストローなしで飲める開封法を編み出してクラスに広めた。
「その後もストローをなくすにはどうしたらいいのか、栄養士さんを通じて業者さんに相談するなど自主的に取り組んでいました。学習の時間が終わっても興味のあることを探究し続けて、すごいなと。本当の主体性とは、こうやって学びが続いていくことだと思います。クラス全体としても『これやっていいですか』と僕に聞く前に動き出すようになり、とにかくやってみようという文化ができていった気がします」
コロナ禍で中止となった林間学校の代わりに実施した学校内でのワンデーキャンプでは、子どもたちに活動の中身を考えてもらった。iPadを持ってオンラインでつながった状態でリモート鬼ごっこをしたり、昼食は耐火煉瓦を組み火をおこしてレトルトのご飯とカレーを湯煎してみんなで食べたり。
自分たちのアイデアが形となった1日は、忘れがたい思い出になったことだろう。後日、卒業アルバムに「こんな経験ができたのは自分たちだけ」と書いた子もいた。「子ども中心の授業へと大胆に変えていなければ、こんなふうに子どもたちに任せる行事もできていなかったと思います」と、大窪氏は振り返る。
ICTも積極活用、「ジェネレーターでありたい」
2020年12月以降は、配備されたGIGA端末も活用し、ゲストティーチャーによるオンライン授業や、市内の他校とオンライン学習発表会なども実施。会社活動の一環で学級ホームぺージも作り、子どもたちに編集権を与えて自由に編集できるようにもした。
また、GIGA端末は「大切に使うことと学習のために配置された端末であること」を伝え、まずは子どもたちの判断で使わせた。そして課題が見えてきたところで改めて目的を確認し、子どもたちが話し合ってルール作りを行う形を取ったという。
ほかのクラスと異なるルールになった場合は、校長やほかの教員が納得できる理由を子どもたちに考えてもらい、大窪氏が間に入って調整を図った。そんな過程を経て、昨年度は児童会が中心となり、学校全体のGIGA端末の使用ルール作りが行われたそうだ。
全国の学校で講演活動を行っている前出の露木氏(露木氏のインタビュー記事)は、こう語る。
「大窪先生の学級は、とにかくみんなが輝いていました。子どもたち同士でルール作りをしているし、私の話を聞いて実際にアクションを起こしてくれた子もいる。公立校でありながら、通常の学習はもちろん『自分で考えて行動する力』を備える取り組みも行う、今まさに『みんなが目指したい学級経営』をなさっているのではないでしょうか」
昨今、主体性を育むために教員はファシリテーター(促進者)であるべきだとよく言われるが、大窪氏は「ジェネレーターでありたい」と言う。
「ジェネレーターとは、市川力さんと井庭崇さんが提唱する考え方で、場をファシリテートしながら自身も参加する存在のこと。もちろん意見を押し付けないよう気をつけますが、教師と子どもの境界線をなくしたいので、僕もクラスの一員として参加することを意識しています。とくに最近は、主体性はワークをやらせて育ったりこちらが引き出したりするものではなく、“主体性が出ちゃう場”によって発揮され育まれるものではと思うようになりました。そんな場や環境をつくることが、僕たちの仕事ではないかと考えています」
主体的に学んでないのに「主体的に学ぼう」はおかしな話
大窪氏は、今年度は1年生の担任だ。まずは子どもたちが学校の中に溶け込めるようにしてあげることが課題だが、「できるだけ子どもたちの文脈を大事にしたい。校内や公園に『Feel℃ Walk』(※3)に行き、気づいたことを絵や写真で表現する時間などは取っていますが、もっと遊びの中から学ぶような活動も取り入れていきたい」と話す。
※3 一般社団法人みつかる+わかるが提唱する、「なんとなく気になるモノ・コト・ヒトを追い求めてあてもなく歩き出す」活動
また、今年度から1年生の朝顔のプランターを卵の殻を再利用した袋に変え、支柱も竹の枝を使うことにした。保護者や5・6年生の力を借りて実現した、サステイナブルで協働的な活動だが、「今の1年生が高学年になり、今度は彼らが低学年に伝えていけるような循環を目指しています」と大窪氏は説明する。
まさに新たな学習指導要領が重きを置く「主体的・対話的で深い学び」に取り組む大窪氏だが、これは教師のあり方にもつながることだと言う。
「不透明な時代を生きる子どもたちにとって、主体的に学び続ける非認知的な能力は絶対に必要な力です。しかし、主体的に学んでない僕らが、『主体的に学ぼう』と言うのはおかしな話。だから教師が自ら学ぶことは必須であり、僕自身もそれを示していきたいと思います」
実際、さまざまな学びの場に参加し、コロナ禍で出会ったオンライン学習サークルの仲間との学び合いも毎週続いている。大窪氏は一般企業を経て教員になっており、そんな社会経験が視野を広くしている面もあるのかもしれないが、学校外の世界にアクセスして社会と子どもたちをつないでいく姿勢は、今の教員に求められることではないだろうか。
一方で、教員は忙しく、対話の時間や量が足りていないという課題には苦しんでいるという。しかし、そんな中でも大窪氏は前を向く。
「『なぜこの活動を行うのか』と対話を大切にし、今年度は子どもたちに本当に必要な学習評価や教育評価というものも問い直していきたいと思っています」
(文:編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:大窪昌哉氏提供)