Z世代に人気のアプリ、セルフケアに特化した理由とは?

ジャーナリングとは、頭に思い浮かんだことをありのままに書くメンタルケアやマインドフルネスの一手法で、「書く瞑想」とも呼ばれる。

『muute』は、そんなジャーナリングがスマホでできるアプリだ。自由記述だけでなく、感情の選択や質問への回答を通じた記録もでき、それらのデータからAI(人工知能)が思考と感情を分析してフィードバックをくれる。

muute の画面イメージ。AIが記述や回答のデータを分析し、ビジュアル化してくれる
(画像:ミッドナイトブレックファスト提供)

気軽に自己の振り返りができることから、2020年12月にローンチし、すでに約50万以上のダウンロードを記録した。ユーザー層は主に10~30代で20代の女性が最多。就職活動の自己分析や自身のメンタルケアに活用する大学生も多いという。

「実は、最初からセルフケアに特化しようと思っていたわけではありません」と語るのは、muuteのプロダクトデザイナー、ミッドナイトブレックファストの岡橋惇氏だ。

岡橋 惇(おかはし・あつし)
ミッドナイトブレックファスト プロダクトデザイナー
グローバルメディア企業、ブランドコンサルティングファーム、外資系コンサルティングファームでの勤務を経て現職
(写真:ミッドナイトブレックファスト提供)

「Z世代向けのアプリ開発を前提にリサーチする中で、『自分らしく生きたいけど、自分についてよくわからない』という課題を抱える若い人が多いことがわかってきたのです。さらに、SNSで複数のアカウントを使い分けて他者と上手に付き合う反面、本当の自分を見失う『自己の空洞化』に陥っていたり、本音を話すことや人の目を恐れていたりする傾向も強いことが見えてきました」(岡橋氏)

悩む若者たちにセルフケアツールの必要性を感じ、ジャーナリングに着目したという。

「ジャーナリングは、欧米では心の整理やメンタルヘルスによい影響があるとして一般的に知られている手法。健康状態や集中力、学業成績の向上に寄与するという論文もあり、有効だと思いました。日本ではまだメンタルウェルビーイングは定着していませんが、コロナ禍で心のセルフケアに注目が集まる中、muuteも利用者が増えたのではないかと思います」(岡橋氏)

約9割が自己理解力向上、約8割がメンタルケアに効果

同社はさらに、このmuute を教育現場に活用しようと考えた。コロナ禍で子どもたちが心理的不安やストレスを感じていることは明らかだったからだ。例えば、国立成育医療研究センターの「『コロナ×こどもアンケート』第4回調査報告書」でも、中等度以上のうつ症状がある子どもの割合が、高校生では30%、中学生では24%に上ることが判明した。

また、muuteのユーザーには学校の教員が案外多くいたため、教育現場の課題についてインタビューしたところ、現場では「自己理解力」「批判的思考力」「主体的行動力」といった非認知能力の育成が求められていることも見えてきた。

喜多 紀正(きた・のりまさ)
ミッドナイトブレックファスト代表取締役
日系消費財メーカー、外資系戦略コンサルティングファームを経て現職
(写真:ミッドナイトブレックファスト提供)

muuteを学校で活用すれば、子どもたちと教育現場双方の課題解決に貢献できるのではないか――そう考えた同社代表取締役の喜多紀正氏は、学校共同プロジェクト「muute for school β」に踏み切った。

生徒の自己理解力やメンタルケアに変化があるのか検証するため、2022年1月11日〜2月21日の期間、9つの私立中学校・高等学校の生徒189名に、muuteを使って自身の感情変化や出来事の振り返りを約2週間行ってもらった。

実証実験後のアンケートでは、生徒の88%がmuute を利用することで「自己理解力の向上につながった」、78%が「自分のメンタルケアにつながった」と回答。

画像を拡大
「muuteを使うことで、より自分を知ることにつながりましたか?」と、自己理解力を問う質問に対する回答
(画像:ミッドナイトブレックファスト提供)
画像を拡大
「muuteを使うことが、自分のメンタルケアにつながりましたか?」という質問に対する回答
(画像:ミッドナイトブレックファスト提供)

どのように自己理解が進んだかという質問への回答は、「自分の思考と感情を客観的に把握できた(50%)」「自分の感情の機微や起伏ついてよりよく知れた(35%)」「自分がどんなことに影響を受けやすいかがわかった(34%)」という結果となった。

メンタルケアの具体的な効果については、「考えることで思考が整理されて、頭がスッキリした(37%)」「書いて自分の状態を客観視することで気持ちが落ち着いた(32%)」「書くことで悩みやストレスが軽減した(31%)」という回答が得られた。

「muuteを学校教育の中で活用することで、生徒は思考や気持ちを整理することができ、メンタルヘルスにも好影響があることがわかりました」と、喜多氏は話す。

「muute for school β」には、札幌新陽高等学校、ドルトン東京学園中等部、三田国際学園中学校、日本大学三島高等学校、追手門学院高等学校(写真)、大阪夕陽丘学園高等学校、常翔学園高等学校、四條畷学園高等学校、土佐塾中学校と計9校が参加

感情の言語化に変化、学校生活に組み込むことがカギ

今回の実証実験に参加した追手門学院高等学校の牛込紘太氏は、以前からジャーナリングに興味があり、muuteを活用していたという。

「今、アクティブラーニングが注目されていますが、自分のことをわかっていないとモチベーションが維持できず、主体的・対話的で深い学びも活性化しません。私自身がmuuteを利用する中で、自分はどういうときに感情が動いて、どういう行動を取るのかが実感できていたため、生徒たちもmuuteを使うことで思考や感情の整理ができ、自分が何にアンテナが立ち、どういうときにモチベーションが上がるのか、生徒自身で気づくことができるのではと考えました」(牛込氏)

牛込 紘太(うしごめ・こうた)
追手門学院中学校・高等学校 創造コース教育推進部部長、探究科キュレーター
2021年より「教育成果を問い直し、大人も子どももそれぞれが持つ価値を尊重し、互いに創造する社会を目指す」追手門学院の探究科(O-DRIVE)に所属。22年度から現職

参加したのは、牛込氏が担任する高校1年生の1クラス34名と、顧問をしている女子ラグビー部の2年生の部員8名、計42名。クラスでは1日の授業が終わった後のショートホームルームでその日の振り返りを、部員には部活の後に入力してもらった。

感情は、喜怒哀楽という言葉だけでは表せない複雑なものだ。いつどんな感情が湧き上がり、どう行動を取ったのかを記録し、1週間単位で振り返ってみた結果、生徒はどう変わったのか。

牛込氏は、「劇的な変化があったわけではありませんが、明らかに感情を言語化できるようになったと感じます。これがいちばんの成果ですね。言語化することで、自分の気分の起伏やそれに伴う行動パターンに生徒たちは気づくことができたように思います」と話す。

さらに牛込氏は、プライバシー保護の観点から生徒が記入した内容には触れないことを前提に、利用期間や時間、感じていること、考えていること、感情のリズムなどを見える化した「ログ」のスクリーンショットを提出してもらい、みんなでシェアする時間も設けたそうだ。

質問への回答(イメージ写真左)と自由記述を1週間繰り返し、強制しない形でログ(イメージ写真中央・右)を提出してもらった。「とくに質問は回答しやすいようで記入が多く、言語化が促進された」と牛込氏は話す
(画像:ミッドナイトブレックファスト提供)

「自分をさらけ出すのはハードルが高いかなと思っていたのですが、意外にも普通に自己開示をして話していました。探究授業の密度も変わり、お互いに共感しやすくなったのか、相手の考えを理解したうえで、自分の意見を言える姿勢が生まれていると感じます」

今回、活用方法は各学校に任せたが、最も自己理解力の向上やメンタルケアの効果が高く出たのは、牛込氏のように学校生活に組み込むスタイルだったという。「今後学校には、授業やホームルームで使う形を推奨していきたい」と岡橋氏は話す。

同社は、2022年度も学校共同プロジェクトを継続し、『muute for school』の開発を進める考えだ。参加校の教員や生徒と丁寧に対話しながら、学校生活をよりよくするためのプロダクト改善や効果的な利活用の方法を模索していく。

実証実験で確かな手応えを感じた追手門学院高等学校は、22年度に新設した「創造コース」の生徒全員にmuuteを導入。他の参加校からもポジティブな感想が多く、学年単位での導入を決めた学校もあるという。また、新たに参加する私立校も増えた。

「今後は公立校を含めより多くの生徒に届けられるよう、教育委員会などにもアプローチしていきたい。大学からもお声がけいただいているので、大学生向けにも何かできないかと検討しています」(岡橋氏)

ただ、大切なのはあくまでもmuuteというツールを教育現場に役立てることであり、データの扱いについては慎重に考えていくという。

「集団でmuuteを使うと組織としての傾向やクラスの状態などが見えてくると思うので、ログの活用は検討していきます。ただし、プライバシーを含め、関わる人全員が気持ちよい形での活用が条件。当社は大前提として投稿の生データは見ないようにしており、今後もそのポリシーは変えません。生徒、学校、先生と、立場によって異なるニーズや課題を特定したうえで、集合データの活用を進めたいと思います」(喜多氏)

(文:田中弘美、注記のない写真:追手門学院高等学校提供)