小中学生が先生になって「好きなこと」をプレゼン
子どもたちが“先生”となり、オンラインで授業を行う「子どもが教える学校」。子どもたちが好きなこと、興味あることをテーマとして選び、たくさんの大人たちの前で3分間のプレゼンテーション(以下、プレゼン)を披露する。
2021年12月のオンライン発表会では、小学校3~6年生の子どもたち8人が約50人のギャラリーに向け、自分で作った資料を見せながらプレゼンを実施。「馬は友達 あまり知られていない『軽乗』」「ポケモンゲームの楽しさについて」「武田信玄と上杉謙信」など、テーマは実に多彩だ。緊張しながらも、各自の個性が感じられるプレゼンだった。
このユニークなプログラムを始めたのは、主宰者の鈴木深雪氏。きっかけは、コロナ禍だ。20年3月、鈴木氏は当時小学1年生の子どもを持つ親として、臨時休校中にこんなことを思ったという。
「子どもたちは学校という行き場をなくし、うちの子もゲームをしたり、テレビを見てばかり。臨時休校を通じ、一人の親として学校に子どもをお任せしすぎていたことを痛感しましたし、子どもたちのために何かできないかと考えました」
そこでひらめいたのが、「プレゼン」だ。実は鈴木氏、会社員時代からプレゼンの経験が豊富で、独立後も企業のプレゼン資料作成などを支援している。得意なことを生かし、Zoomを活用して話し方や伝え方を教えようと思い立った。
SNSで呼びかけると約30人の小中高生が集まったが、プレゼンのやり方を教える中で、学びを定着させるには発表の場が必要だと感じるようになったという。「閉塞感の中で元気をなくしている大人も、子どもたちからエネルギーをもらえるのでは」と考え、大人を相手に好きなテーマでプレゼンさせてみることにした。
1カ月後、発表会までこぎ着けた子ども5人に対し、大人たちは50人も集まった。子どもたちは思い思いにプレゼンし、大人たちも刺激を受け大いに盛り上がった。
手応えを得た鈴木氏は、「子どもが教える学校」を本格的にスタート。小学4年生~中学生を対象とした講座は、これまで累計で約150人が学び、約1800組のギャラリーが参加した。プログラムを導入する公立小学校も2校ある。いったいどんな点が支持を得ているのか。
「ななたこ」を基に、「自分の思い」を掘り下げる
プログラムは、4回目まではプレゼン準備のためのワークショップ、5回目に発表会、6回目の反省会をワンセットとして約1カ月間で行われる。
ワークショップではまず、「プレゼンとは何か」について対話形式で理解を深める。そして、何を伝えたいのかテーマを決め、絵コンテを描いて話の流れを作り、パワーポイントで資料作りをしていく。
そのうえで、教えているのが「ななたこ」というテンプレート。結論・理由・具体例・再度結論で構成するPREP法などを、独自に「なにを、なぜ、たとえば、行動」へとアレンジした。「ななたこ、7本足のタコだよ~」と伝え、これを基に話のテーマを考えて掘り下げていく。
「とくに重要なのは動機に当たる『なぜ』の部分。ここがないと人の心は動かせません。子どもたちは『たとえば』の話ばかりしますが、それは枝葉。伝えるための幹の部分『なぜ』に、自分の言葉を入れていくことを大切にしています」
鈴木氏は、「大事なのは自分の思いを伝えること」だと子どもたちに言い続けるが、基本的には「教えない」スタイルだ。
「『これでいいですか』と聞かれたら、『本当に伝えたいことならそれでいいよ』とおうむ返し。すると、しだいに子どもたちは『この先生は何も答えを教えてくれない』と諦めて自分で決めていくようになります。そういった学びがいちばん大切だと思っているので、保護者の方にもできる限り受講中は子どもに干渉しないでほしいと伝えています。そばで親が赤ペンを入れてしまっては、主体的な学びはできません」
スキルはもちろん、「自己肯定感」が得られる
プログラムに参加する子どもは、発表が得意で学級委員になるようなタイプが全体の2~3割、そのほかは親に勧められてしぶしぶ参加するケースが少なくないという。学校の発表が嫌いな子、中には学校へ行くこと自体が苦手な子もいる。
普段は積極的に発表しない子どもたちが、知らない大人たちに自分のテーマを発表する。その体験によって何が起こるのか。鈴木氏は、こう語る。
「ロジカルに考え筋道を立てて説明するスキルが身に付くのはもちろん、自分の意見を言えるようになる中で自己肯定感を得られます。ワークショップの段階から、自分の本音に対して自然と拍手が湧き上がるなどの経験をしますから。最初は『僕でいいんですか』『ゲームについて発表していいんですか』と私の顔色をうかがっていた子が、『これでいいんだ』から『これがいいんだ、自分こそがいいんだ』に変わっていきます」
引っ込み思案だった子が1カ月後には堂々とプレゼンできるようになる、昆虫好きな子がプレゼンを機に珍しい昆虫が生息する外国の言語を学び始めるなど、大きな変容を遂げる子も多いという。
「立ち上げ当初、補聴器を着けている高校生のあるお子さんが『自分の障害について話したい』と参加してくれましたが、受講で自信がついて学校の生徒会に立候補したそうです。プログラム導入校の小学校では、先生が『一度も発表をしたことがなかった子が、プレゼンをして驚いた』とおっしゃっていました」
「子どもはいろんなことを考えていた。十分に理解してあげられていなかった」「こんなに人の話を聞き、話すことに驚いた」と、わが子の本音や可能性に気づく保護者も少なくない。
鈴木氏は、家庭以外でも、自分の話が他人に承認される経験が重要だと考えている。そのため、参加する大人たちにはチャットやジェスチャー、拍手などでリアクションするようお願いしている。「発表することで世の中にどんな反応が起きるのか。そのフィードバックがリアルに感じられるような状態をつくり、究極の成功体験をさせてあげたい」という。
もう1つ大事にしているのが、子どもたちの関心や興味をとことん面白がることだ。
「私はそれぞれが持っているものを本気で宝物だと思っていますが、心がけているのは『どういうこと?』『面白そう!』と言葉に出して対話すること。よく小さい子どもが『見てみて! 聞いて!』と主張してきますよね。あのエネルギーを上手に引き出すイメージで一緒に面白がってあげると、彼らの“成長の回路”に電気がビーッと通る感じがします」
情報の「提供」ではなく、「提案」が本来のプレゼンだ
実際、鈴木氏の授業を受けた子どもたちの様子について、大阪府泉大津市立浜小学校5年生担任の金澤真教諭は「誰に何をどうやって伝えるのかイメージが湧いたようです。楽しそうにテーマ選びをして深掘りしていると感じます」と、話す。
同校では、「全国学力・学習状況調査」の結果において論理的思考力などに課題があったことを受け、21年度は5月ごろから週に1度、朝の読書の時間をプレゼンに充てるなどして伝える力の育成に注力してきた。西尾光弘教頭は、21年12月から5、6年生を対象に総合的な学習の時間を使って鈴木氏のプログラムを導入し始めた狙いについてこう語る。
「学校では、プレゼンというと事実を調べて情報提供することに重きが置かれています。しかし社会では、とくにこれからの時代は情報に自分の意見や考えを加え、提案型で相手の行動も促す形のプレゼンが求められます。今後は英語でのプレゼンにも挑戦するつもりですが、まずは提案型を目指しており、まさにそこを専門とする鈴木先生にご協力をお願いしました」
昨今、学校で子どもが発表する機会は多いが、同校のように提案まで指導する学校は少ないのではないか。鈴木氏も、こう話す。
「タブレット端末の配布でプレゼンはよりやりやすくなったと思いますが、単なる“まとめ発表”をプレゼンだと思っている先生はまだ多いかもしれません。だから、学校にどんどん本来の『自分の思いを伝えるプレゼン』を広めていきたいですね。『Show and Tell』(※)に『ななたこ』を使ってみるような実践なら、先生方もご自身で気負わずに始められるのではないでしょうか」
※ 米国やカナダの幼稚園や小学校で行われている教育科目。自分の好きなものを提示して聴衆の前で発表する
変化が激しく共通の唯一解が導き出せないこれからの時代は、「私はこう思う」と言い合えるコミュニケーションが必要となるため、「伝える力がないと生きていけない」と鈴木氏は指摘する。一方、伝える力は、何かを始めたり夢をかなえたりする道具だと強調する。
「伝える力を養うと、自分は何に心が動くのかなど、自分を知ることにもつながります。自分を知ることができれば他者を知ることができるので多様性も尊重できるようになり、よりたくさんの人と多くの夢をかなえられると思います。また、マイノリティーな子ほど伝える力をつけてほしいですね。例えば、学校に行けないのもその子なりの理由や哲学がある。本来それは潰されるものではなく何かが開花する種なので、伝えることを通じてその価値に気づいてほしいなと思います」
(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:子どもが教える学校提供)