「最初の100日」を大事にした理由

――民間の経営者と市町村教育長を経て、4月に大阪府教育委員会教育長(以下、府教育長)に就任されました。珍しいご経歴です。

一般的に、市町村教育長の多くが60代であり、高校を所管する都道府県教育長は高校の先生だった方がほとんど。私のように民間出身で40代、しかも同じエリア内で市町村教育長の経験がある都道府県教育長はおそらく史上初ではないかと思います。

水野達朗(みずの・たつろう)
大阪府教育委員会教育長
1979年生まれ。公認心理師。一般社団法人家庭教育支援センターペアレンツキャンプ創設者。2015年7月より大東市教育委員、2020年5月に大東市教育長に就任し、2024年4月に44歳で大阪府教育委員会教育長に就任。中央教育審議会「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会委員」、こども家庭審議会「幼児期までのこどもの育ち部会委員」、「こどもの居場所部会委員」など、国の有識委員を歴任。著書に『無理して学校へ行かなくていい、は本当か』『子どもには、どんどん失敗させなさい』『これで解決!母子登校』(PHP研究所)など

――大東市教育長の時代から、何か視点や価値観に変化はありましたか。

大東市教育委員会の事務局は約80名でしたが、大阪府は教育委員会だけで約800名もの職員がいます。予算も大東市は年間約55億円、大阪府は約5600億円と、規模感が違います。大東市では小回りが効くためスピード感がありましたが、やはり影響力の面では大阪府のほうが大きいですね。これだけ規模が違うと同じマネジメントは通用しません。

また、大東市では市立幼稚園・小中学校21校を所管していましたが、大阪府では約200校もの高校・支援学校等を所管しており、今はとくに高校生にとって必要な学びや改革に向き合っています。

ただ、改革といってもいきなり何かを変えようとはせず、府教育長に就任した際は「最初の100日をめちゃ大事にします!」と宣言しました。私が一番ものを知らないのに一番権限が強い立場なわけですから、まずは皆さんの悩みや課題を聞き、職員のポテンシャルが発揮できていない点などを徹底的に洗い出しました。そのうえで9月に方針を打ち出しましたが、これは大東市で取ったアプローチと似ていますね。

――9月に出した方針とはどのようなものですか。

対内的なものですが、ワークポリシーを定め、9月1日に全課長を集めて伝えました。課題意識として私が挙げたのが①各課連携、②魅せ方、③働き方――の3つ。

「大阪府教育庁ワークポリシー」
(資料:大阪府教育庁提供)

①はもっとできるはずですし、②は職員がすばらしい仕事をしているのに府民に伝わっていないのでプロモーションをしましょうということ。③は、仕事を正確かつ迅速に行いながらも、つまらなさそうに仕事をしていたら子どもがワクワクするようなものは作れないので「ワクワク仕事」を生み出そうということです。

3つの視点で捉える「公立の半数が定員割れ」

――2024年度の高校入試では、私立高校の専願が過去20年間で初めて3割を超える一方、府内公立高校の一般選抜は約半数の70校が定員割れとなりました。どう受け止めていますか。

3つの視点でお話ししたいと思います。

1つ目は、「子どもの視点」。以前なら経済的な事情から私立高校を諦めていたかもしれない子が、授業料無償化によって専願できたわけです。それによって私立の専願率が上がって府内公立高校が定員割れをしたということは、公立に行きたい子は行けたということ。子どもから見たらこんなハッピーな状況はないと思います。

2つ目は、「府立高校の設置者の視点」。今回、府立151校のうち68校が定員割れしました。つまり府立が選ばれなかったということであり、設置者としては重く受け止めなければいけないと考えています。

3つ目は、「大阪府教育長の視点」。多くの都道府県の教育長は公立学校の設置者として公立学校のみを所管しますが、大阪府の教育長は公立学校だけでなく私立学校も所管しています。その視点で見ると、少子化でも募集定員を減らしていない私立高校が30%という専願率が取れているのは、よい状況なのではと思います。

この3つの視点で捉えると、「70校の定員割れは、由々しき事態」という見方一辺倒にはならないと私は考えています。3つの視点で見ていかにバランスを取るか、それが行政の役割です。

今の状況では、府立高校は特徴を出したうえでプロモーションをしていく必要があるでしょう。その努力が実って府立の定員割れが減れば、私立も努力が求められます。このように府立と私立が切磋琢磨するのが理想。大切なのは、子どもたちが家庭環境を問わず努力次第で行きたい高校を選べる環境にすることです。

――私立高校の授業料無償化によって府立の定員割れが生じたことに対し、「府立を縮小して教育予算を削減するつもりか」という不安や意見もありますね。

確かに府立高校の数を減らせば教育予算は減らせますが、私立を含む授業料無償化は、進路を選べる環境を提供することが目的であって、府立を縮小するための施策ではありません。府立と私立は公教育を担う両翼であり、どちらも必要なのです。

一方、大阪府に限らない課題ですが、中学3年生の人口はこれから確実に減ります。10年後は今より1万人減るという試算もあります。そうなると当然、今後も府立高校の閉校の議論は出てくるでしょうし、経営的感覚を持ったダウンサイジングは一定程度やむを得ないと思っています。

また、大阪府には「入学を志願する者の数が3年連続して定員に満たない高等学校で、その後も改善する見込みがないと認められるものは、再編整備の対象とする」という条例があります。ここは多くのご意見をいただく点でもあるのですが、今年度も条例に基づき2校の閉校を決断しました。地域感情としてスッと受け止められないのも理解していますが、校舎の建て替えコストなども考えると、選択と集中で予算を当てて設備を整えたほうが子どものためになるのではという視点も必要でしょう。

もちろん、公立高校はセーフティネットの役割もありますから、単純に合理的な閉校をすればよいとは思っていません。教育長としては子どもたちの教育機会を確保するマネジメントに努めていきます。

「高校入試を変えないと中学校の学びを変えられない」

――今年8月に大阪府学校教育審議会(以下、学教審)が府立高校の入学者選抜制度の改革案を答申しました。この内容はどう捉えていますか。

私は大東市教育長時代からずっと、「高校入試を変えないと中学校の学びは変えられない」と強く思っていました。例えば近年、小学校では探究型学習が推進されています。市教育長としては中学校でも探究型学習を進めたかったのですが、取り組み始めたとしても保護者から「高校入試に役立つ学び」が求められ、どうしても知識詰め込み型に戻ってしまうんですね。だからこそ、高校入試を変える必要があると考えていました。

そうした思いの中、府教育長に就任したことで高校入試にアプローチできるようになったわけです。小中学校は市町村が、高校は府が所管しているので学びが分断されがちですが、市町村教育長をしていた私が府教育長になったからこそ、大阪府として小中高の学びに一本筋を通したい。実はここが府教育長として一番やりたいことなのです。

入試改革は中学校現場へのメッセージになりますから、例えば学教審の議論にも出てきた「思考力を問う作問」の研究は進めていきたいです。ただ、採点が難しくなるので議論は必要でしょう。

答申にあった「アドミッションポリシー選抜枠(仮称)」も、受験の形を変える1つの施策だと思っています。例えば、世界で輝く人材がほしいなら英語の配点を3倍にするとか、高校生活で何を成し遂げたいかという野望を英語で語らせるとか、多様な入試の形態があってもいいと思うのです。

※ 募集定員の一定割合を、その学校が具体的に求める生徒像に合った生徒を優先的に合格とする選抜制度案。

――学教審の答申の1つに、入試日程の前倒し案があります。

これまで大阪府の高校入試は、私立の入試、公立の特別選抜、公立の一般選抜という順番で行われていました。公立の一般選抜は卒業式の手前で行われ、合格発表は卒業式後。そこで公立の特別選抜と一般選抜を一本化し、時期を早めて選抜を行うという提案をいただきました。

この案のメリットは、中学生が合格発表から卒業式までの期間、入試にとらわれずに残りの中学生活を過ごせること。高校からの課題に取り組んだり、中学3年間を振り返ったりすることも可能になるでしょう。高校は中学校と連携して配慮の必要な生徒の情報を共有してもらうことができます。「入試が早く終わったら子どもが勉強しなくなる」という意見もあるため丁寧な議論は必要ですが、私としては前向きに捉えています。

――公立の選抜一本化と日程変更は、2028年度入学者選抜から実施するそうですね。

子どもたちは現行の入試制度に合わせた勉強を頑張ってきたのに、いきなり新たな入試に切り替わると言われても混乱しますよね。現場の先生方も進路指導を変えないといけません。そのため、現在の小学6年生が中学3年生で受験する2028年度選抜から実施することとしました。現小6のお子さんたちが中学1年生になる2025年度、つまり来年の春頃には日程や入試制度などの案をお示しして周知を図っていく予定です。

ICT活用や不登校支援も「小中高を貫く施策」を

――市の教育長を経験したからこそ取り組みたいことは、ほかにもありますか。

ICT活用に関しても府として小中高に一本筋を通したいです。例えば、中学校で1人1台端末を使っていますが、高校生になっても同じアカウントでデータ連携できたらすごくいいですよね。校務システムも市町村ごとにバラバラですから、先生方は現状、異動の度に各学校のシステムを覚えなければいけません。しかし、大阪府としてシステムを統一できれば、先生の働き方改革にもなるはずです。

また、大阪府は以前から不登校生徒と高校中退者が多いことが課題になっているのですが、調べてみると、2022年度の大阪府の高校の不登校は4380人、抽出調査では不登校生徒の46%が中学時代から不登校傾向があることが判明しました。つまり、この子たちは中学時代に適切な不登校支援があれば、高校で不登校になっていない可能性もあったということ。ここも府として、小中高を貫く支援が必要になると考えています。

高校は義務教育ではないため、不登校になると中退につながりやすい。そのため予防意識を高める必要があり、対策の1つとしては「高校が思ったのと違った」といったミスマッチを防ぐことが挙げられます。入試改革によって中学生活のラストで時間の余裕が生まれれば、ミスマッチを防ぐ取り組みもできるかもしれません。

また現在、一部の市町村が不登校児童生徒の居場所としてメタバースを作っていますが、これも大阪府で統一できないかと考えています。そうすればコストを削減できますし、子ども同士の出会いも広がるはずです。

不登校支援の施策としてはそのほか、府立高校の中に学びの多様化学校を作るという検討も進めています。私の任期中に実現できたらいい、少なくともレールは敷きたいと思っています。ただ、高校では進学や就職を視野に入れる必要があるため、高校における学びの多様化学校のニーズが何なのか、この点については私も探究が必要で議論を重ねているところです。

――今後の展望をお聞かせください。

子どもたちをワクワクさせてあげたいなら、先生や教育委員会がワクワクする組織であることが大切。教育改革が急務となっている今、そんな組織づくりで新たな施策を生み出し、大阪府で来年開催される万博も子どもたちがワクワクする機会にしたいと思っています。

(文:吉田渓、注記のない写真:大阪府教育庁提供)