「もしもの未来」のファッションを想像する
365日のうち、晴れるのはわずか5日の「雨のやまない世界」。はるか上空の空中都市を特殊なモビリティで移動する「空中で暮らす世界」。「この週末はどこで過ごす?」「月」。そんな会話が当たり前の「月を行き来する世界」……。
これらは、現代社会をとりまく社会課題や最新のテクノロジーを背景とした、「これから起こりうるかもしれない人類の未来」だ。こうした未来の暮らしが現実になったとき、どのような日常になるのか。そして、その暮らしにはどんなファッションが必要になるのか。
三越伊勢丹は、“もしもの未来の暮らしから、ファッションの可能性を考える” リアル×メタバース横断型イベント「FUTURE FASHION EXPO(フューチャー ファッション エキスポ)」を開催している。
広く一般向けのイベントだが、次世代を担う子どもたちの思考力を広げ、ともに未来について考え、共創していきたい思いから、全国の小・中学生に向け、イベントと連携したワークショップ「FUTURE FASHION WORKSHOP」も企画している。
「FUTURE FASHION WORKSHOP」は前述した3つの「もしもの未来シナリオ」を軸に未来の暮らしを想像し、社会課題に向き合う教育プログラムで、2023年10月から2024年2月にかけ、三鷹市⽴第三⼩学校(東京都)の4年生、⾹川⼤学教育学部附属⾼松⼩学校(香川県高松市)の5年生、軽井沢⾵越学園(長野県北佐久郡軽井沢町)の児童生徒が参加した。
子どもたちは、各校での授業・ワークショップを通じて3つの未来シナリオから1つを選択してファッションデザインを制作し、各校で発表。その後に審査を実施し、⼊賞作品はCG化され、三越伊勢丹のメタバースアプリ「REV WORLDS(レヴ ワールズ)」内で、2024年3月20日〜3月31日、ランウェイにも登場するという内容だ(記事タイトル上写真参照)。
さらに、大賞作品はリアルファッションとして生産を実施、伊勢丹新宿本店ショーウィンドウに展示され(2024年3月20日〜4月9日)、三越劇場で表彰式も開催される。
「イベントタイトルに『ファッション』とありますが、服だけではなく衣・食・住を取り巻く“ライフスタイルとしてのファッション”の可能性を広げていくプロジェクトです。小学生・中学生は、現実的なロジック思考と拡張的な思考が入り混じり、柔軟かつ独創的な発想が生まれやすい世代。これからの未来を担っていく子どもたちとともに、社会課題や環境問題と向き合いながら想像力やコミュニケーション能力を育み、一緒にイベントに取り組んでいきたいという思いから、ワークショップを企画しました」と話すのは、本プロジェクト代表の三越伊勢丹・営業本部の仲田朝彦氏だ。
各校の教育方針に応じて授業・ワークショップを展開
仲田氏は、2019年に社内起業制度を活用し、アバターへのファッション価値やライフスタイルを提案する「仮想店舗とデジタルウエア事業」のトライアルを実施。2021年より、アバターを操作して仮想都市を歩きながら、さまざまな人とのコミュニケーションや買い物、イベントなどを楽しむことができる、メタバースを活用したスマホアプリ「REV WORLDS」事業の運営を開始した。
「その際、今回のプロジェクトにも参加いただいている三鷹市立第三小学校さんからお声がけいただき、5年生の総合的な学習『テクノロジーと人間が共生する社会とは?』でコラボ授業をさせていただきました。子どもたちに、仮想空間の体験やアバターという3次元でのコミュニケーションを通してアバターの服をデザインしてもらい、仮想世界でバーチャルファッションショーを実施したのですが、その想像力や発想力の豊かさに感銘を受け、またチャンスがあればぜひ連携させていただきたいと思いました」という。
社内のほかのプロジェクトでつながりのあった⾹川⼤学教育学部附属⾼松⼩学校、軽井沢⾵越学園も参加校として加わり、仲田氏をはじめとする社内スタッフ3名が中心となって「フューチャーファッションワークショップチーム」を結成。3校それぞれに出張しながら授業・ワークショップに取り組んだ。
「フューチャーファッションワークショップチーム」では、ワークショップを開催するにあたり、「3つの未来シナリオについて」の授業を皮切りに、ステップ1からステップ8までの授業の流れの基本をつくった。ちなみに、未来シナリオは、東京とアメリカを拠点に未来を構想する企業「未来予報」とともに開発したという。
step1 3つの未来テーマの授業を受ける (2023年10月1コマ)
step2 未来の暮らしをグループで考える (10月1コマ)
step3 未来のファッションのデザインをつくる (11月)
step4 自分たちの考えをプレゼンする (12月上旬)
step5 審査会 入賞したらCG化、大賞はリアル生産化
step6 三越劇場にて表彰式 (2024年3月19日)
step7 メタバース上のランウェイに登場(3月20日)
step8 伊勢丹新宿本店にてショーウィンドウに展示(3月20日〜4月9日)
「私どもで考えた授業の流れを基本に、各学校の先生方と綿密に話し合いを重ねながら、それぞれ学校の教育方針に応じてカリキュラムを検討していきました。学校により異なりますが、1カ月から2カ月半くらいの期間をかけて進めました」
グループワークにポジティブに向き合う子どもたち
2024年2月のとある日。三鷹市立第三小学校4年生の「未来の暮らしを考えよう」プロジェクトにおいて、自分たちが考えた未来のファッションについての最終プレゼンテーション大会が行われた。
三鷹市立第三小学校では、「循環」を基本の概念に、2023年10月から総合的な学習の時間に加え、国語の単元「山場のある物語を書こう」、図工の単元「ひみつのすみか」の授業も活用し、教科横断的に学びを進めてきた。
児童は1組につき4人から6人のグループに分かれ、3つの未来シナリオのうち1つを選び、「1.未来の暮らしについて考える」「2.未来の暮らしの物語をつくる」「3.同じテーマの人で街をつくる」「4.未来のファッションのデザインを作り、自分たちの考えを皆の前で発表する」という流れだ。
「雨のやまない世界では、気持ちがどんよりしてしまいがち。街には雨水を利用したウォータースライダーやプールがあり、気持ちを明るくするために、花火大会も行われています。そんな世界で着るのは、スカートの内側からお花の種が出てきてペンダントから光を集め、花を咲かせてくれる『雨でもルンルンお花服』です」
「空中で暮らす世界では、障害物がなく国境もありません。私たちが考えたのは、世界中を旅することができる『自由に空を舞うファッション』。スカートは花びらと羽でできていて、太陽の光を貯め、夜になると輝きます」
いささか緊張の表情も見られたが、未来の暮らしのストーリーや自分たちでつくった街、未来のファッションについて、ときおり身振り手振りをまじえながら堂々と発表する姿が印象的だった。審査は仲田氏をはじめとする三越伊勢丹スタッフが行い、入賞2チームを選定した。
「日々の生活と密着しながらも未来志向の題材に、子どもたちは毎回目を輝かせて取り組んでいました。先生方から『よい点も改善点も、とにかく子どもたちにフィードバックしてあげてください』と言われ、意識して行ったところ、ほめるととても喜んでくれるのはもちろん、課題点を指摘すると真剣に聞き、結果的に作品の解像度があがるんですよね。
グループワークを経て皆の前でプレゼンを行うには、周りの子の意見を尊重しながら落としどころを決めていく難しさがありますが、ポジティブに向き合う子が多かったです」
仲田氏は続ける。
「最初の頃、『僕が思っていることにみんながついてきてくれない』と悩んでいた子が、発表会の日は堂々とふるまい、同じクラスの子の発表を一生懸命応援している姿を見て感銘を受けました。環境問題や社会問題を座学で学ぶことももちろん大切ですが、絵を描いたり、工作したり、話し合ったりなど行動することで学びやコミュニケーション能力が深まりますし、『絵がうまい』『想像力がある』など、その子の新たな『好き』『得意』を発見するお手伝いができたようにも感じます」
ちなみに、軽井沢⾵越学園では、1年生から9年生までの児童生徒25人が参加。約3カ月かけて5回のワークショップに取り組み、子どもたちのグループ・個人のプロジェクトをそれぞれ発表する「アウトプットデー」で発表会を行った。
⾹川⼤学教育学部附属⾼松⼩学校では、家庭科の授業の一環として5年生の児童35名が参加。これまで学んできたことを生かしながら未来のファッションについて考え、公開授業のタイミングで発表会を行ったという。
参加校の教員からは、「このプロジェクトの期間中、子どもたちの口癖は『先生、FUTURE FASHION考えよ!』でした。子どもたちとFUTURE FASHIONの世界にどっぷり浸ることができました」「環境と衣服の関係について家庭科でじっくりと学びたいと考え取り組みましたが、家庭科の枠を超えクラスみんなで本気になれました」「年に何回かしか見られない、想定を超えた子どもたちの本気の姿を間近で見せていただきました」「発表会当日の熱量は、子どもの思いがあふれていて、運動会のときのようなパワーを感じました」などの声が寄せられたという。
学校教育と企業の連携が目指す未来
学校教育と企業の連携は、単なる教育の枠を超え、子どもたちの未来を創造する力となる。従来の暗記型学習から脱却し、さまざまな体験を通して自らの意思で課題に取り組むことで、子どもたちはより深い学びの意欲を高めることができるのはないだろうか。
「今回のプロジェクトで長野県や香川県に足を運び、地域の学校との協働学習を進める中で、三越伊勢丹グループの地域の店舗に関連する学校さんとの連携の可能性も感じました。また、弊社でも取り組み、近年市場が拡大しつつあるメタバースは、ファッションの未来を広げるフィールドのひとつです。アバターを介したコミュニケーションにおいて、ファッションはリアルと同様に大切な自己表現であり、昨今の課題である廃棄問題もなく、学校教育との親和性の高さを実感しています。これからも、学校と連携した活動にチャレンジしながらファッションの新たな可能性を追求していきたいと思います」
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:仲田氏提供)