校内のみならず、市内のデータにも表れている成果
梶原幸之介氏は、2022年4月に校長として手賀西小に着任してから「生活が一変した」と語る。
教頭時代は月の超勤時間が160時間を超えることがあり、前任校でも連日22時ごろまで働いていた。「土日も朝から夜まで学校にいなければならない」と思い込んでいたが、今は19時ごろに退勤する日が多く、家族の夕飯作りを担当する毎日だ。ほかの教員の多くも梶原氏より前に家路に就いているというが、教員の長時間労働が問題となっている中、いかにしてこの状況を可能にしているのか。
その秘密は、3年前から取り組んできた業務改善にある。主な推進役となった主幹教諭の東條正興氏は、次のように経緯を話す。
「私が手賀西小に着任した19年度、ある先生が6年担任と初の教務主任とを兼務することになり、5時から22時まで働くような生活で過労死ラインを超えてしまいました。うちは小規模校なんです。当時も在校生150人強、担任を持つ教員が8人と1人当たりの業務量が多く、教務主任経験のある私ともう1人の先生がサポートしても、彼の超勤時間は一向に減りませんでした。これはもう組織全体で仕事を分担して効率化を進めなければ無理だなと。その翌年度は私が研究主任をやりながらこの教務主任兼6年担任を担うことになり、次の担当者が苦しまないためにも、さらに根本的な改革が必要だと考えました」
目の前の課題に取り組み始めると、徐々に数字にも成果が表れ始めた。次のグラフは、19年度から21年度の、教務主任兼6年担任の超過勤務時間を比較したものだ。担当者は毎年変わっているが、改革初年度の19年度と比べると21年度は年間606時間も超勤時間が減った。
19年度から22年度6月までの担任の超過勤務時間の推移(下図)を見ても、明らかに減少傾向にあることがわかる。
柏市のデータにも成果が表れている。21年度のフルタイムの教職員(管理職を除く)の平均在校時間は、市内の小学校が1日当たり10時間51分に対し、手賀西小は10時間1分。年間にして約167時間も短い。直近、22年6月の教職員の残業状況も、市内小学校では残業45時間以上が638人、80時間以上が93人、100時間以上が11人いたが、手賀西小ではゼロだ。
業務改善は、「かんなで薄皮を削るような作業」の繰り返し
働き方改革でよく用いる「ノー残業デー」は設定していないというが、いったいどんな取り組みをしているのか。
前述のとおり、小規模校のため教員1人当たりの業務量は多い。しかし、だからこそ「小回りが利き、合意形成しやすい」(東條氏)というメリットもある。この利点が生かされ改革はスムーズに進んだというが、成果を出せた最大の秘訣は、とにかく可能な業務改善を地道に積み重ねていったことにある。校務分掌、教務、保護者対応など、多岐にわたって細かく見直しのメスを入れたのだ。
例えば、場当たり的な対応で周囲を忙しくさせる要因にもなっていた校務分掌。年間で誰がいつどの分掌について提案すればいいのか一覧を作って年度始めに配るようにしたところ、教員たちは見通しを持って仕事ができるようになり、とくに行事や成績処理などは早い時期から計画的に進められるようになった。
校外学習は、煩雑な事務作業や業務をすべてリストアップして可視化し、マニュアルを作成。漏れ落ちなく円滑に作業を進められるようになった。
ICTの活用で効率化が進んだ業務も多い。例えば、市から配布されたノートに手書きしていた週案は、専用ソフトを学校配当予算で導入してデジタル化。授業時数も自動計算されるので、30分かかっていた作業が今は5分程度でできている。
行事や生徒指導の反省といった職員内の調査関係や、学校行事の参加可否などの保護者アンケートは紙からMicrosoft Formsでの自動集計にシフト。保護者への紙のお便りは「スクリレ」というアプリを通じたメール配信に切り替え、6年担任と保護者が無償で行う卒業アルバムの写真選定も手作業からAIの顔認証システムに変更した。
また、柏市で採用しているMicrosoft Teamsは正規職員しか使えないため、市費職員らを含めて全職員が連絡を取り合えるよう、LINEのオープンチャット機能も採用。さらに手書きの日報と職員室の連絡黒板を廃止し、代わりに電子情報ボードを設置し、Microsoft Teamsにアップした学校日誌データと連動させた。
東條氏はこうした業務のスリム化を「かんなで薄皮を削るような作業」と表現する。しかし、そんな一つひとつの見直しが、大きな成果を生んだのだ。
日課表の見直しや仕事術の共有、早く帰れる雰囲気づくりも
さらに、業務内容だけでなく日課表の見直しも行っている。児童の下校時間を早め、1週間で2時間10分の放課後時間を創出し、学習評価や教材研究、研修、同僚との相談といった時間の確保につなげたのだ。
全体の生産性を上げるため、教員間で効率的な仕事術の共有も始めた。その結果、多くの教員が、通知表の所見入力と成績処理は学期末に行うのではなく、日頃から特別活動欄の係活動や入賞などのデータ、道徳の所見や総合所見などについて、都度入力するようになった。テストの丸つけやノート点検を放課後ではなく授業中に随時行うという仕事術により、時短とともに子どもたちに即時性のあるフィードバックが可能になった教員も多い。
早く帰ることを是とする雰囲気づくりも欠かせない。校長、教頭、教務主任らが率先して帰る、あるいは退勤時間の16時40分が近づくと「早く帰りましょう」と促す。すると、ほかの教員も互いに「今日は何時に帰る?」と言い合うようになり、遠慮なく定時帰宅もできる雰囲気になった。
「完全にマインドが変わりましたね。おかげで私は昨年度から教職大学院に通うことができています。ほかの先生方も、業務が効率化された、助け合うことによって一人で抱え込まなくてよくなった、勤務時間内に教材研究ができるようになった、平日に掃除洗濯ができるようになり気持ちがリフレッシュされるなど、それぞれ変化を感じているようです」(東條氏)
2022年7月からは意識改革の一環で、「ポイント制度」もスタート。11時間以内の勤務で1ポイント、17時前の退勤で2ポイントが付与され、5ポイントたまると、自動コーヒー・ティーサーバーで好きなものを自己負担なしで飲める「引換え証」が梶原氏から贈呈される。7月中旬、早々に東條氏ともう1人の教員が「引換え証」を獲得したそうだ。
働き方の質向上と、定期人事異動に耐えうる仕組み化が課題
3年間の働き方改革を振り返り、成果を上げるためのポイントは何だったのかという問いに、東條氏は「中心となって改革を推進する人が複数いること」と答える。
「管理職がトップダウンでやっても難しい。少なくとも2、3人は働き方改革への賛同者がいて、『さあ帰ろうよ』『そうだね』とか、『これをやったら、これだけの時間が生み出せるよね』『それ、いいね』というやり取りができる環境をつくることで、周りにどんどん波及していくと思います」(東條氏)
梶原氏は、管理職としての役割を次のように話す。
「ほかの学校では日報をなくすなんてありえないかもしれませんが、なくても何とかなるわけで、無駄をスパッと切るのも管理職の役目。また、東條先生は大学院に通い、教頭先生は校内にビオトープを作りたいと言って完成させましたが、本校はこうした先生方の『やりたい』がさらに超勤時間の削減につながるという好循環ができていると感じます。先生方の意欲と環境を支えることも管理職の仕事だと思います」(梶原氏)
また、リソースがないから諦めるのではなく、「じゃあどうする?」と知恵を出し合うマインドが職場全体に必要であり、とくに予算の工夫に関しては管理職の役割が大きいという。
「例えば今、6年生が地域紹介コンテンツをARで作成するという活動を考えているのですが、ARツールの費用負担について地域団体に協力を仰いでいるところです。地域に教育活動についてご理解いただき、つながりを広げ深めていくことも校長の重要な役割だと考えています」(梶原氏)
今後について東條氏は、「業務は削りに削ったので、働き方の質を上げていくことが重要だと思っています。教員の仕事のメインは授業と、子どもたちに楽しい学校生活を送ってもらうことなので、そこにエネルギーを注げるようにするためにはどうすればいいのかを突き詰めて考えていきたい」と語る。梶原氏も「新しい取り組みでよいものはシステム化して定着させるなど、定期人事異動に耐えうる仕組みをつくることも大切」だと話す。
教員の時間や心の余裕は「子どもたちのため」に帰結する。教員の長時間労働は決して学校だけで解決できる問題ではないが、現場レベルで改善の余地がある学校においては、手賀西小の事例は参考になるのではないだろうか。
(文:田中弘美、注記のない写真:muu/PIXTA)