全校児童の8割が外国籍の時代を経て、少人数指導を確立
現在は横浜市立上飯田小学校に勤める菊池聡氏。宮城県出身で、過去の自身を「元は体育担当で、バリバリの学級担任志向でした」と振り返る。最初に赴任した小学校には海外経験の豊富な教職員が多くおり、その影響を受ける形で香港の日本人学校へ。2004年に帰国して「国際教室を担当してほしい」と言われたときは、外国にルーツを持つ子どもを取り巻く状況についての知識もなかったという。
「対象の子どもがどれぐらいいるのかも知らなかったし、当時はその重要性や責任もわかりませんでした。『何をするんだろう?』と思いながら引き受けたのを覚えています」
だが以来20年、複数の小学校を経験しながら、国際教室担当一筋に情熱を注ぎ続けている。
菊池氏が帰国当初から10年間勤めた同市立飯田北いちょう小学校(14年にいちょう小学校と飯田北小学校を統合して開校)は、全児童の8割近くが外国にルーツを持つ子どもで占められていたこともあったほどの超国際的な学校だった。
「インドシナ難民の定住促進センターが近くにあったことや、近隣の自動車工場が外国人労働者を受け入れたことなどから、1980年代後半から90年代初頭にかけて、外国籍の子どもが一度に10人単位で増え続けた時期があったそうです。先輩教員の苦労も大きかったと思いますが、私が前身のいちょう小に来た際には、外国にルーツを持つ子どもの指導のための加配がすでに行われていました」
2014年、同校と隣接する小学校との統合に合わせて、菊池氏は、毎日の国語科と算数科の学習で徹底した完全少人数指導体制を整えた。同年の法整備によって「日本語指導が必要な児童生徒を対象とした『特別の教育課程』の編成・実施」が正式に認められ、日本語力や学力に応じた取り出し授業や少人数指導も行えるようになった。
「授業の目標はもちろん、子どもが内容を100%理解することです。でもいきなりそれは難しいと感じるなら、まずは80を目指すグループで学ぶ。それでも厳しそうなら、60を目指してやってみる。そうした姿勢で選べるよう、国語と算数は3から4つのグループに分けました。グループは日本人も外国にルーツを持つ子どもも関係なく、事前のプレテストの結果でクラスを決めたり、子ども自身がクラスを選択したりしていました」
体制的に複数グループがつくれない場合でも、1つのクラスに3~4人の教員が入って、一人ひとりを丁寧に見るようにした。また、教室や担当教員をつねにシャッフルするようにもした。これは「できないグループ」の固定化を避け、子どもたちに劣等感を抱かせないための工夫だった。
少人数指導のメリットは日本人の子どもにとっても大きいものだ。また教員にとっては実質的にチーム担任制が導入されたことになり、学級の問題を一人で抱え込むストレスが軽減されただろう。現在も、同校ではこの少人数指導が続けられている。
教員だけでなく、学校がある地域のすべての人と協働
菊池氏は、国籍もルーツもさまざまな子どもたちが一緒に過ごすことで起こる化学反応を何度も目にしてきた。
「子どもは教員よりもよくほかの子どもを見ていることもあり、彼らが苦手なことだけでなく、できることもよく知っています。日本語力に課題がある子どもが授業中に困ったときには、率先して手助けしてくれる例がよくありました。彼らに教えやすいように座席もいつの間にか移動していたり、『先生、この子これならできるからやらせてあげて!』と教えてくれたりするのです」
こうした助け合いは、教室に多様な相乗効果を生む。外国にルーツを持つ子どもはピンチを救ってもらえてうれしいし、相手の状況や気持ちに応じた行動を取ることは、日本人の子どもにとっても大きな学びとなる。
国籍を問わず、学校全体を巻き込んだ取り組みは授業だけにとどまらない。柔軟な働き方ができる外国人は多くないため、日中には子どもの学校のPTA活動に参加できないケースが多かった。そこで前身のいちょう小学校では、PTAの会合を19時以降に開催することにした。すると外国籍の保護者の多くが関心を持って参加するようになったという。とくに負担のかかるPTA会長を複数人体制にして、外国籍の保護者が担当した年もあったそうだ。共働き世帯が増え続ける昨今、PTAのあり方は全国でさまざまな議論を生んでいるが、こうしたフレキシブルな変化は、日本人の家庭にとってもありがたいことだろう。
この地域では、日本人もベトナム人や中国人も保育園時代から共に育つため、偏見や差別が少なく、学校でのいじめも起こりにくい。さらに加配の専門教員が複数いる状況は「恵まれている」と言われることが多かった。しかし加配教員が比較的多い飯田北いちょう小でも、外国にルーツを持つ子どもやその保護者も巻き込んで「隣の生活者」として扱わなければ、学校運営そのものが成り立たないのだ。
「飯田北いちょう小では、多文化共生の地域・学校づくりのためにさまざまな方と協働してきました。学級担任はもちろんのこと、養護教諭や栄養職員、用務員、自治体や地域ボランティアなど、学校がある地域のすべての方々と共に取り組んだのです」
教室で「お客さん扱い」されるマイノリティーの子ども
恵まれているとされる環境では、思いがけない弊害もあるという。
「教員は通常業務だけでも忙しいので、国際教室担当の教員が多いほうがいいというのもとてもよくわかります。ただこれは私見ですが、専門の担当教員が多いと、学級担任との温度差も生じうるのではないでしょうか。子どもが学校でいちばん多くの時間を過ごすのは自分の教室です。学級担任が『国際教室の担当に任せればいい』と考えてしまうと、子どもにとって教室での時間がつらいものになりかねません」
例えば現在菊池氏がいる同市立上飯田小学校は、飯田北いちょう小と1キロ程度しか離れていないにもかかわらず、外国にルーツを持つ子どもの割合は全体の7%にすぎない。こうした学校では、彼らはいわば「お客さん状態」で扱われることがあると菊池氏は語る。菊池氏は、自身が過去に見たその例を挙げた。
「国語の授業で、句点で区切って子ども一人ひとりに音読をさせることがありますよね。そのとき教室には来日したばかりの子どもがいましたが、日本語がわからないことに配慮したのか、教員はその子を飛ばして授業を進めていました。そのほかにも、日直など当番制で回ってくるものはすべて同じ扱いをしていたと聞きました」
前述のとおり、子どもはほかの子どもを非常によく見ている。日本人の子どもにとっても、外国にルーツを持つ子どもが困っている場面は成長のチャンスなのだ。だが教員が「その子はお客さん扱いしていい」という慣習を作ってしまえば、すべてはそこで終わってしまう。菊池氏も「長くやっている専門教員がいなかったり、加配教員がいなかったりする学校でこそ、どう工夫して子どもを支援していくかが重要だと考えています」と語る。次回は、こうした「外国にルーツを持つ子どもがマイノリティーになる学校」での実例や課題を掘り下げる。
(文:鈴木絢子、撮影:大澤誠)