教育にかける私費負担の大きさが教育格差を広げる

小中学生の子どもに「教育費がかかる」といえば、多くは「塾や習い事の費用がかかる」という意味だろう。それもそのはず、文部科学省が2022年12月に公表した「子供の学習費調査」によると、学校や塾など保護者が子ども1人に対して支出した1年間の学習費の総額は公立小学校で約35万円、公立中学校で約54万円。そのうち、学習塾や習い事など「学校外活動費」は公立小学校で約25万円、公立中学校で37万円と実に約7割を占めているのだ。

奥野 慧(おくの・さとし)
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事
関西学院大学在学中、NPO法人ブレーンヒューマニティーで国際交流事業に関わる。 2011年3月から東日本大震災緊急支援活動に参画し、その後当法人設立・代表理事に就任
(写真:本人提供)

「教育費の私費負担が重いことは、子どもの教育格差を助長する要因になっています」と話すのは、CFC共同代表の奥野慧氏だ。世帯収入の低い家庭では学校外の教育費を絞らざるをえない。すると子どもたちは学習塾や習い事に通えず、学習だけでなくスポーツや芸術など広い意味での教育経験が奪われてしまう。

「親の経済状態により、進路選択の不平等や、将来につながる学歴が得られないといった事態が起きているのが今の日本の現状です。格差を是正するには、親から子どもに貧困が連鎖する始まりである『教育機会』の格差解消、とりわけ子どもたちの放課後における教育活動を保障することが必要ではないかと考えます」

塾や習い事に使えるクーポンで教育機会を提供

そこでCFCが取り組んでいるのが、「学校外教育バウチャー」の提供による支援だ。その仕組みはこうだ。寄付金を原資としてCFCがスマートフォンで使える電子上の「スタディクーポン」を発行する。経済的に困難な状況にある子どもはクーポン利用を申請、自分が行きたい教育サービスを利用できる。利用先はCFCに登録をした教育事業者で、学習塾や家庭教師、キャンプや野外活動、スポーツ、文化活動、特別支援サービス、フリースクール、オンライン通信教育など多岐にわたる。教育事業者側はクーポン利用の対価をCFCに対して請求し代金を得る。

「スタディクーポンの仕組みは、医療や介護保険分野のサービスとほぼ同じ仕組みです。利用する権利を持つユーザーが、自分で病院や事業所を選んでサービスを利用する。事業者には診療報酬や介護報酬といった形で対価が支払われ、そこに補助金が当てられる。これと同じことを、私たちは教育に特化して始めました」

学校外の教育サービスに利用を限定した点で、これまで幾度か議論されてきた「教育バウチャー」とは性質が異なる。教育バウチャーの対象は学校教育、つまり学費の負担を軽減するものだからだ。

(写真:CFC提供 左上・左下・右下は©Natsuki Yasuda / Dialogue for People)

現在、CFCのスタディクーポン事業は東北、関東、関西を中心に展開しており、2021年度実績で924名が利用。給付総額は1億5868万円に上り、1人当たり15万~30万円の給付実績となっている。

学生時代から「子ども支援」に携わった

貧困世帯の子どもたちにも、ほかの子どもと同じように幅広く自由な選択肢をつくりたい。子ども目線に立った支援ができるのは、奥野氏や、ともに代表理事を務める今井悠介氏がつねに子どもたちの顔を見て過ごしてきたことにルーツがある。

2人は関西学院大学の同期で、阪神・淡路大震災後に活動を始めたボランティア団体「NPO法人ブレーンヒューマニティー」に学生ボランティアとして所属し、子どもたちのために活発に活動していた。その後社会人を経て、2011年の東日本大震災を契機に再び集まり、CFCとして活動をスタートしている。スタディクーポン事業は「目の前の子どもと関わり続けた積み重ねから生まれた仕組みだと思っています」と奥野氏は話す。

子ども支援のカギを握る学生ボランティア

その言葉のとおり、同事業においても学生ボランティアの存在は大きい。困窮家庭の子どもにクーポンを提供しても、実際はさまざまな理由で利用に至らないケースも出てくる。そこで、学生ボランティアによる相談支援を定期的に実施し利用を促すのだ。学生は子どもと毎月面談し、どこでクーポンを使うかの相談に乗ったり、学習や生活の悩みなどを聞いたりする。現在、学生ボランティアの登録数は約120名で、電話やオンライン、公共施設を使っての対面など、さまざまな形で子どもたちのメンター(ブラザー・シスター)として活躍している。

(写真:CFC提供 ©Natsuki Yasuda / Dialogue for People)

学生ボランティアの意義はクーポンの利用促進にとどまらない。地域の支援機関との連携にも効果を発揮しているという。

「経済的に困難な家庭には、困窮だけでなく情報不足や、ロールモデルの不在、家族や本人の障害や疾病などさまざまな課題があり、それがクーポンの利用を阻害する大きな要因となっています。学生が子どもたちの相談に乗る中で、必要であれば地域の支援機関と連携することもあります」

実際、いじめや不登校の早期対応につながった例もあり、クーポンの利用先としてフリースクールを紹介した実績もある。場合によっては、児童相談所の職員から学生ボランティアが頼られることもあるという。

困難を抱える子どもを「多職種連携」で支える必要性が叫ばれる中、子どもの側に立って家庭と学校、専門職をつなぐ学生ボランティアの存在は、コーディネーター的な立場として学校外教育バウチャーが有効に機能するカギとなっているようだ。

渋谷区など自治体も注目、課題は社会からの理解

スタディクーポン事業には、子どもの貧困対策の充実を図りたい地方自治体も注目している。現在、CFCは大阪市、渋谷区、千葉市など6自治体と協働して一部運営を受託しているほか、導入を考える自治体のサポートにも携わっている。導入後の委託先は自治体の判断に委ねられるが、それでも積極的にシステム提供や導入ノウハウの伝授を行う理由について、奥野氏は「仕組みが広がっていくことが大事なので、適切な教育支援の政策としてまねしてもらうことは大歓迎」と語る。

一方、財源など課題も山積みだ。「スタディクーポンの財源は、CFCの場合は寄付、自治体の場合は税金です。いずれにしても圧倒的に不足している」と奥野氏は危機感を募らせる。

(写真:CFC提供 ©Natsuki Yasuda / Dialogue for People)

現状、CFCでは応募者の全員にはクーポンを提供できていない。しかし、支援を待つ子どもたちも厳しい環境に置かれていることを考えれば、継続的な寄付は不可欠だ。それでも、自治体がスタディクーポン事業を始めようとすると、「塾や習い事に税金を投入するのはぜいたく」という声も上がるという。人口減少が激しい地域では、対面で参加できる利用先が少なくなってしまったり、そもそも利用先に行くための送迎手段が不足するなど、新たな課題も見えてきた。

コロナ禍やここ数年の物価高騰で、今後も貧困問題は予断を許さない状況だ。とくに教育格差は、保護者や子どもが地域や社会から孤立し他者とつながる機会を失いがちな「相対的貧困」がもたらす深刻な帰結だ。奥野氏はこうした理解が社会に広まることが格差是正の第一歩だと考えている。

「事業の効果検証では、学力向上や学習習慣の改善などの数値において、スタディクーポンの有効性が認められています。私も実感として、子どもたちがクーポンで学習の機会を得て変わってきた姿に手応えをつかんできました。今後は、『学校外教育費を補助することが教育格差を是正することになる』という、社会のコンセンサスを得ることが大きなテーマです」

(文:長尾康子、注記のない写真:Ystudio / PIXTA)