文系科目が苦手でも「東大レベルの理系学生」はたくさんいる
――2025年4月の大学新設を目指されています。23年1月中に神奈川県小田原市の関東学院大学の土地を取得し、同年10月までに文部科学省に許可申請を行う方針だそうですね。
既存の大学を取得する方法もありましたが、新設のためまったくのゼロからのスタートにしました。大学は何で決まるのかといえば、卒業生の幅の広さもありますが、やはり圧倒的に教員の質が決め手となります。理想の大学をつくるには、大変だけれど、優れた教授陣を集めて大学を新設したほうが絶対にいい。そう思い、ゼロからの大学創立でやることに決心しました。
――なぜ大学を立ち上げようと思われたのですか。
CSKグループ創業者の大川功さんが生前、「生きた情報教育を行う一流大学をこれからつくることができるのはお前だけだ」とおっしゃってくださったのです。実際にその後、私は米マサチューセッツ工科大学(以下、MIT)メディアラボの客員教授をはじめ、さまざまな大学で教鞭を執らせていただき、「秋葉未来大学」という名前の工科大学の設立を構想しました。しかし、リーマンショックの影響から計画を止めることになってしまいました。
17年から東京大学IoTメディアラボラトリーのディレクターを務めましたが、この研究所はその名のとおり、MITメディアラボが発想の原点にありました。MITメディアラボのように、理系のとがった人材を育て、起業まで視野に入れた体制を整えたい。そして、長期的な視点で日本の技術力向上に貢献していきたい。ずっとそんな夢があり、日本先端工科大学(仮称)の構想に至ったのです。
もう1つ、日本が学歴社会であることを実感してきたことも大きいです。私は東京大学に落ちて早稲田大学理工学部に入り、在学中にアスキー出版を起業して大学を中退しました。当時の「早稲田中退」は一種のブランドではありましたが、最終学歴は高卒。日本では不利になる場面も多く、そのハンディキャップを背負ってずっと生きてきたのです。独学でコンピューターや経営を勉強してアスキーやマイクロソフトでたくさんの仕事をして、教員や中高一貫校の経営も経験し、60歳になって公募で東大の教員に採用されました。そのとき、ようやく高卒のコンプレックスを克服したように思います。
そして、東大をはじめ多くの大学で教えてみてわかったことがあります。それは、東大は360度勉強ができないと入れない立派な学校だということ、一方で、東大工学部のレベルで数学、理科、英語ができる学生は他にもいるということです。私も入試で数学を1問落とし、日本史と世界史ができずに東大に落ちたのですが、文系科目はできなくても東大生のような可能性を持った理系の子どもたちがたくさんいます。そんな子を集めて、東大並みの教育を施してやれば、エリートエンジニアと呼ばれるような人材をもっともっと育てることができるのではないか。そういった思いも、大学新設の原動力となっています。
――最近の日本では、エンジニア不足が指摘されています。
今の優秀な理系の学生は医学部を志望する傾向があります。それは日本が欧米と同等に医学研究のレベルが高く、年収も高いからです。それ自体、悪いことではないですが、エンジニアは医者のように年収が高くないので工学系に人が集まらないのです。
感覚的には、文系総合職の2倍くらいの年収であれば、理系に人材は戻ってくるはずです。今後ICTの世界が進展する中、需要と供給の関係から言えば、エンジニアの年収は必ず上昇していくでしょう。すでにGAFAをはじめ、世界のIT企業ではエンジニアの年収は高騰しており、将来的に理系人材の未来は明るいと見ています。
基礎教養課程は反転授業、留学プログラムや奨学金制度も充実
――大学ではどのような人材を育成しようとお考えですか。
一言で言えば、役に立つ人材。即戦力の人材を育てたいです。そのためにも「高度な専門性、高度な人間性、高度な国際性」を身に付けられる教育を行います。この3つは社会で生きていくための必要な力です。
具体的には、研究プロジェクトを通じて問題解決能力、新しいアイデアを生み出す能力、それを実行する能力、コミュニケーション能力を養っていきます。英語で学ぶ授業を多く開講するほか、留学プログラムも充実させる方針で、全員が3つの地域に最低3カ月ずつ短期留学します。アジアでは台湾かベトナム、米国では東海岸か西海岸、ヨーロッパでは英国かドイツを選べるようにし、現地の大学で学んだり、インターンシップをしたりする形を考えています。
――カリキュラムにはどのような特徴がありますか。
工学部工学科として定員は150名を予定、「表面・超原子先端材料工学」「医工学」「IoTメディア」「移動体工学」「地球・月学」の5つのコースを用意しています。
1~2年は「工学基礎」「21世紀スキル」「語学」「キャリア」「心と身体」の5項目を基礎教育として学びます。とくに21世紀スキルは、クリティカル思考、ロジカル思考、問題を創造的に解決する力を身に付ける科目を設置し、他大学にない角度で基礎教養を捉えていきます。
また、すべての授業を反転授業形式で行います。反転授業とは、学生は説明動画などを見て予習し、授業では主にアクティブラーニングやディスカッションをしながら学習する授業です。このようにして国際社会で通用するエンジニアの基礎力を身に付け、その後の3~4年時で専門教育を行います。
教授陣については現在、コミットメントレターにサインしてくださった方が45名。研究者ほか、企業の役職経験者、高名な学者など各専門分野のエキスパートを招聘するつもりです。また、関東学院大学と連携して単位交換をできるようにし、文系と理系の科目を相互に学べるような仕組みもつくっていく方針です。
――選抜方法についてはどうお考えですか。
学力試験としては大学入学共通テストを基準に、科目は英語と数学、理科、情報などの成績を重視します。その後の2次試験は、90分の面接。長時間なので面接対策は無駄になるでしょう。面接場所は全国主要都市12カ所に用意し、教員が出向いて実地で面接します。男女問わず、個性を持った学生に集まってほしいと考えています。
――学びのサポートとして奨学金制度も充実させるそうですね。
初年度は、ほぼ全員に奨学金を出すことができればと考えています。次年度からも選ばれた学生には、学費の半額程度を支給していきたい。奨学金でサポートすることで、国立大並みの学費で済むような環境をつくりたいと思います。今、ビル・ゲイツにも奨学金制度を支援してくれるよう頼んでいるところです。
大事なのは受験ではない、どんな仕事に就きたいか考えて
――長く教育分野に携わってこられましたが、日本の教育課題をどうご覧になっていますか。
頭のトレーニングとして受験勉強は意味あることかもしれませんが、役に立たないことばかりを教えているように見えます。また、最近の子は、本や新聞を読まない、手紙も書かない。ゲームやスマホに夢中で、例えば美術のスケッチの時間も撮影した写真を見ながら描くなど、何事も機械で何とかしようとします。でも、それは違うだろうと思います。
学園長を務める中高一貫校では、すでにサマーキャンプやリーダーシップ教育など特別講義を私がやっていて、23年度は臨時教員免許を取って情報も教える予定ですが、もっと本質的な学びについて教えなければと思っています。
例えば、ゆくゆくは新設大学で全国の中高教育の底上げを目的とした副読本を作り、それを中高生にも読んでもらえるようにしようと考えています。とくに最近は地学の学びが取り残されているように感じるので、地学を中心とした物理、化学、生物のバランスを整えて情報も付け加え、中高の理系科目の再編成を行いたいと考えています。
大事なのは受験ではなくて就職です。しかも仕事は超長期のマラソンのようなものなので、自分の好きなことを仕事にしたほうがいいと思います。子どもたちには、将来どんな仕事に就きたいのか、もっと考えてほしいです。
起業に関しては、私の経験からすれば、本当に大変な仕事。1000人に3人くらいしか成功できない世界です。ですから、もし学生が起業したいのであれば、まず企業に入って、基礎的なビジネスの知識やノウハウを学んだうえで、起業することをお勧めします。
経済成長を続ける国々を見渡し、日本は今後どのようなビジネスモデルを採用するのかを考えることも大事です。現状、日本は“ミニアメリカ”のような国となるしか道はないと思っていますが、どんな分野で起業すればいいのかも考える必要があるでしょう。
――日本先端工科大学(仮称)開校後は、理事長としてどんな大学にしていきたいとお考えですか。
将来的には音楽と映像、アニメ、漫画なども教える芸術学部、情報セキュリティーを教える学部、建築に関する学科、そしてエンジニアのためのビジネススクールの創設も視野に入れています。理系人材がセルフマネジメントできるようにし、自立できるようにお手伝いしていきたいです。
私が学園長を務める須磨学園は祖母がつくった学校で、私にとって学校経営は家業なのです。だからか、アスキーのOB・OGには「学校みたいな会社だった」と言われるのですが、新設大学は「会社みたいな大学」にしたいなと思っています。私はこれからの残りの人生、日本発の「本物の技術者」育成のための教育に関わっていきたいと思っています。
(文:國貞文隆、写真:梅谷秀司)