地方には、東大志望者や大学生のロールモデルがいない

「地方高校生に、追い風(=fair wind)を」という理念のもと、2009年12月に創設された東京大学の学生による団体「FairWind」。昨年度10月時点で150人を超えるメンバーが活動しているが、その多くが地方出身者で首都圏との情報格差や環境格差に悩み、FairWindと接点を持った当事者だ。

山本博健(やまもと・ひろたけ)
東京大学法学部3年
FairWind外務担当。宮城県仙台第二高等学校出身、高校時代は陸上部に所属
(写真は本人提供)

「私自身宮城県の出身で、周りが東北大学を目指す中、東大を目指す高校生のロールモデルを求めてFairWindを知りました」と山本さん。代表の増村さん、副代表の佐々木さんも高校生のときにFairWindを知ったという。

「メンバーには、地方と首都圏のさまざまな格差に疑問を抱き、是正するために力になりたいという首都圏出身の学生もいます」(山本さん)

FairWindの活動内容は、地方の高校生を招いて行う東大キャンパスツアーや、メンバーが現地へ赴く地方出張セミナー、Zoomを活用したオンラインセミナーなど多岐にわたる。主な繁忙期は夏休み。長期休暇の間にイベントを行ってほしいと、高校の教員から多くの依頼が舞い込むそうだ。2022年度は、52校、2482名の生徒に対し企画を実施した。

2024年3月18日に実施した、鹿児島県立大島高等学校の生徒67名を対象にしたオンラインセミナー
(写真はFairWind公式サイトから)
増村莉子(ますむら・りこ)
東京大学法学部3年
FairWind代表。石川県立金沢泉丘高等学校出身、高校時代は競技かるた部に所属
(写真は本人提供)

「高校によって課題が異なるため、一校一校に完全オーダーメイドで企画内容を考えます。東大対策を希望する進学校からの依頼もあれば、大学とは何をする場所なのかをプレゼンしてほしいという離島の高校からの依頼もあり、非常に幅が広いです」(山本さん)

直近では、今年3月に奄美大島にある鹿児島県立大島高等学校の生徒に向けてオンラインセミナーを開催した。

「先生から、『離島の高校生はそもそも大学生と話す機会がないため、話をしてほしい』という依頼をいただいたのです。過去には、沖永良部島にある鹿児島県立沖永良部高等学校に出張・オンラインのハイブリッドセミナーも実施しました。地方では、首都園の大学を目指す高校生だけでなく、大学生というロールモデル自体が不足していると実感します」(増村さん)

情報格差に予備校不足、地方高校生が地元にとどまる要因

地方の高校生が抱える“大学進学の壁”について、特によく寄せられる声は「そもそも情報がない」というものだという。

「情報格差や環境格差でハードルを抱えている地方の高校生は想像以上に多い。情報が足りないために、都会に進学するメリットを知る機会もなく、どうしても地元志向になりがちです」(山本さん)

また、メディアが東大を過度に神格化して受験生の心理的ハードルを上げていることや、地方の高校教員が大学受験対策に明るくないこと、難関大を目指すための予備校が不足していることなども、首都圏難関大学に合格するポテンシャルを持った高校生が地元の大学に進学する一因となる。

佐々木諒太(ささき・りょうた)
東京大学経済学部3年
FairWind副代表。宮城県仙台第二高等学校出身、高校時代はサッカー部に所属
(写真は本人提供)

「ほかにも地方では、首都圏と比較して授業の進捗が遅かったり、引退ギリギリまで部活動に積極的に参加すべきだという雰囲気があったりします。私も宮城県出身ですが、周りは東北大か地方の私立大の志望者ばかりで、東大を目指すライバルが圧倒的に少なかったです。お世話になった塾では、自分が10年ぶり、史上2人目の東大合格者でした」(佐々木さん)

実は、山本さんと増村さんは塾に通わずに東大に合格しているが、FairWindに寄せられる悩みには、「通える距離に塾がない」「親の意向で塾に通わせてもらえない」という内容も多いそうだ。

「このような場合は、自身の勉強の実体験を伝えています。全教科の自主学習ノートを作った話や、わからない問題にぶつかった際に教員や友人にサポートを頼んだ話などです。『自分もいけるかも』と感じてもらえればと願いつつ、相談に乗っています」(山本さん)

女子高生ならではの「壁」も存在する。

「私は一人っ子ということもあり、親戚からは地元の金沢大学への進学を勧められていました。女子を一人で都心に送り出すことの心配が大きかったのだろうと思います。そんな中、FairWindを通じて女性の東大生と話す機会がありました。『地方の女子だからって、東京に行けないことはない』と思うことができ、東大を目指すきっかけにもなりました」(増村さん)

地方出身というだけで自分の可能性を狭めないで

寄せられる声の中には、学生団体では解決しづらい内容も多い。一番はお金の問題だという。「親の手を離れて一人暮らしをするとなると、どうしてもお金がかかってしまいます。家賃が手頃な学生マンションや、家賃補助・奨学金制度がもっと充実すればと思うのですが」(山本さん)

FairWindの公式メールマガジン「追い風通信」。毎週水曜・日曜の午後8時に配信にされている
(画像はFairWind公式サイトから)

また、親の意識変革もアプローチが難しいテーマだ。過去にはFairWindが保護者向けに話をする機会もあったというが、現在はそうした活動はない。その代わり、メンバーの大学生活や高校時代の勉強法などを紹介する無料のメールマガジン「追い風通信」(毎週水曜と日曜の午後8時配信)を、受験生の親が購読しているケースもあるそうだ。

<過去に配信された「追い風通信」の記事(一部)>

こんにちは!文科一類1年のN.K.です。
好きでもないことを頑張るのってしんどいですよね。
早起きとか、お菓子を我慢することとか、お風呂掃除とか。(もちろん得意な人もいると思います、尊敬します。)
わたしの場合、好きではないことのひとつは勉強です。
「東大生なのに?」と思われるかもしれませんが…
ということで、自分の経験も踏まえて、勉強のモチベーション維持法を2つ紹介します。
定期テストにも応用できるので、受験はまだ先という方もぜひ!

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1.良い想像をする

 

とはいえ、そもそも一極集中の社会自体にも問題がありそうだ。増村さんは「予備校も大学も東京に集中している」と語る。

「予備校が都会に集中しているため、地方の浪人生が参加できるのはオンライン授業ばかりになってしまいます。中には、浪人するためだけに都会に出る人もいるほどです。しかし、地方から東京に出るのにハードルがあるのはたしかですから、地方にも予備校が増えると嬉しいかもしれません。

また地元の金沢で言えば、トップの金沢大学から下は一気に偏差値が下がってしまいます。地方にも東大レベルの大学があったり、例えば東大サテライトキャンパスのような分校があったりしてもよいのではと思います」(増村さん)

これからのFairWindが目指す姿について、山本さんはこう見据える。「現時点では、大学卒業後をイメージできる情報を高校生に伝えられていません。今後は、就職の状況など社会に出てからの姿も併せて紹介していきたいと考えています」。

また昨今、企画を依頼する高校が固定化されていることを踏まえ、より多くの高校にFairWindを知ってもらうべく広報活動にも注力している。佐々木さんによれば、大学内の別団体とも協力し、実績のない高校に幅広くアプローチしているそうだ。

最後に、代表の増村さんと副代表の佐々木さんから地方で暮らす高校生へのエールをもらった。

「大学に入ってからも、高校時代の経験が生かされていると日々感じています。もし今、大学進学や高校生活のことで悩んでいても、その悩みは決して無駄にならないので安心してほしいです」(増村さん)

「可能性は1つではありません。FairWindの企画を通じてさまざまな選択肢を知り、最終的に自分が望む進路を目指してほしい。今後の生きる道を決めるのは、親や教員ではなく、自分自身であることを忘れずにいてほしいです」(佐々木さん)

(文:せきねみき、注記のない写真:TY / PIXTA)