理想は「#MeToo」、発信することで世の中を変えたい

#YCPが立ち上がったのは、2021年の11月のことだ。きっかけは、代表を務める江森さんと川崎さんが東京大学の前期課程で「ジェンダー論」を受講し、地方の女子学生はほとんど浪人をしないというデータを知ったことだという。

川崎莉音
川崎莉音(かわさき・りおん)
東京大学法学部4年
兵庫県の小中高一貫校・小林聖心女子学院出身、来春経済産業省に就職予定

「私は兵庫県出身ですが、周りの地方出身の東大生や、高校の同級生の中には浪人した女子はほぼいません。それに対し、首都圏出身の東大女子には、ぽつぽつと浪人経験者がいます。東大の同級生男子は、特に首都圏出身者の場合だと“一浪は当たり前”という感じで、驚くほどたくさんいました」(川崎さん)

そもそも東大に進学する女子学生が少ないという事実の裏には、保護者や教員などの期待値の差や、進路指導の男女差などのジェンダーバイアスが存在しているのではと言われている。

「地方の学生、その中でも女子学生が東大を目指さない傾向は顕著です。地方の女子学生だけが直面する、地域と性別の“二重の壁”を払拭したいと心底思いました」と川崎さん。地方女子の大学進学を支えることに特化した、唯一無二の団体を設立しようと決意し、同じ寮に住んでいた江森さんとともにコロナ禍に動いて実現した。

#YCPの団体名の頭にハッシュタグを入れたのは、「#MeToo」運動のように広く認知されてほしい、発信することで世の中を変えていきたいという思いが込められているという。

この春東大に入学したメンバーが新たに加わり、現在は40人近くが#YCPに在籍している。そのうち男子学生は2割ほど。情報発信やメディアリーチ・企業連携などのPR、イベント運営、メンタリングコミュニティ事業、調査事業、政策提言事業、資金調達や助成金申請などのコーポレートなど、活動の幅は多岐にわたる。#YCPは今年の4月にNPO法人化した。

注目のメンタリングコミュニティ事業は、江森さんが統括して進めている。

江森百花
江森百花(えもり・ももか)
東京大学文学部4年
静岡県立静岡高等学校出身、来春広告会社に就職予定

「2023年から、#MyChoiceProjectという、2年間の受験伴走型メンタリングコミュニティを始めました。1都3県を除く地方女子高校生の学習や将来設計に対する、継続的なフォローが目的です。1対1のメンタリングや、難関大を目指す全国の同級生とのグループ交流会のほか、社会人講師によるキャリア講座も文系・理系ジャンルに分けて企画しています」

これだけコンテンツが充実していて、参加費が無料とは驚きを隠せない。

「サポート内容は手厚いと自信を持っています。目下の悩みは、#MyChoiceProjectの情報が地方の女子高生に届きづらいこと。それでも高校教員経由で情報拡散してもらえると、一気に申し込みが増えることもあります。地方の高校教員に直接アプローチする方法を模索中です」(江森さん)

地方女子が首都圏難関大に進学しない理由とは

地方と首都圏、また男女間でどのような意識格差が存在するのかを明らかにするため、#YCPでは全国の高校2年生3716名を対象とした調査を2023年に行った。その結果、地方女子は地方男子・首都圏女子・首都圏男子に比べ、偏差値の高い大学に進学することへのメリットを感じていないことが判明したという。

調査をメインで担当した江森さんは、「この結果は、“地方女子はいい大学に行っても仕方ない”という刷り込みを受けてきたことの表れでは。“地元の企業に就職するなら、東大に行く必要はない”と思い込んでいる地方女子は多くいます」と話す。

また、地方女子は資格取得を重視する傾向にある。そのため、首都圏の難関大学よりも実家から通える大学を選びがちだ。「特に顕著なのは理系、中でも医学部や薬学部を目指す人は地元志向が強いですね。資格取得を重視するため、それらの学部に行けるのであれば、どこの大学に行ってもいいと考えている人が多い印象です」と江森さん。

地方女子は総じて自己評価が低く、安全志向が高い。それにより、自発的に難関大学を目指しにくくなっている。そこへさらに親や周囲を含めた地元志向も加わって、難関大学が選択肢に入らない状況を助長しているのではないかと江森さんは続ける。

「例えば東大模試でC判定が出た際、受かりそうだと思ってそのまま受験するか、無理だと思って諦めるか。多くの地方女子はC判定の場合、合格の可能性をネガティブに評価しがちです。そこに保護者の“地元に残ってほしい”という思いが重なると、地元志向の呪縛から逃れられなくなってしまう。C判定が続いても東大に受かったロールモデルが身近に1人でもいれば、東大受験をポジティブに捉えられる可能性は増えるでしょう」

安全志向については、大きく2つの志向が存在しているという。

「1つは浪人を回避する傾向。もう1つは、合格する可能性が高い大学を受験したいために、志望校のレベルをどんどん下げてしまう傾向。東大や京大を受験する地方女子が少ないのは、おそらくこのためです」(江森さん)

東京に対するイメージの払拭も必要だと川崎さんと江森さんは口をそろえる。

「昨年の調査では、『地元から離れることよりも上京による不安がある人』のうち、『東京の安全面が不安だ』という意見は4割にのぼりました。例えば福島県出身の学生が東北大学に進学して一人暮らしをするのは問題なくても、東京での一人暮らしは避けたいという人が一定数います。“東京は危ない場所”だと、過剰に危機感を抱いている学生や保護者は多いのです」(川崎さん)

「私は静岡県出身で、名古屋大学に進学した女友達がいます。彼女は、学力的には名古屋大学より上を目指せる力がありました。名大を選んだ理由を聞くと、“家から近いから”というものでした。しかし、静岡-東京間と静岡-名古屋間は、移動にかかる時間がそこまで変わりません。東京までの距離感を理解していなかったのかもしれませんが、“東京は怖い”という思い込みから名古屋を選んだ可能性もある気がしています。#MyChoiceProjectを通じてロールモデルを提示し、地方女子の東京に対する不安を取り除きたいです」(江森さん)

地方出身者の「県人寮」も半数以上が男子学生専用

#YCPでは、川崎さんが管轄する政策提言にも力を入れているそうだ。

「国チームと自治体チームの2つがあり、国チームでは“難関大の女子比率が低いことを国の課題にする”というテーマを掲げています。 内閣府男女共同参画局が5年に1度出す『男女共同参画基本計画』に“難関大の女子比率向上”の項目を追加したいと考えています。課題が採用されると政策に予算がつくので、2024年末からスタートする『第6次男女共同参画基本計画』に向けて準備を進めているところです」(川崎さん)

自治体に関しては「各都道府県が首都圏に用意する県人寮の問題を解決したい」と川崎さん。

「地方の学生にとって、上京の際の金銭面は大きなハードルになります。県人寮の家賃は安いところで1万円台、高くても5万、6万円程度です。さらに、地元の人との繋がりも生まれるなどメリットは多い。しかし、現在県人寮の半分近く、全35の自治体のうち18の自治体が男子専用の寮しか設置しておらず、52の寮のうちおよそ7割が男子専用となっています。7月には県人寮の女子学生受け入れに関する実態調査を実施し、奈良県議会議員の山田洋平氏をゲストに記者発表を行いました」

52県人寮の内訳

#YCPの将来的な目標を尋ねると、「難関大学の女子率を上げることで、日本の政治や経済分野におけるジェンダーギャップを解消して女性リーダーを増やしたい」と川崎さんは即答した。

「企業の役員や政治家など、日本を引っ張っていく意思決定層に女性が少なすぎます。これは、女性を取り巻くさまざまな課題に対する議論が進まない原因のひとつではないでしょうか。#YCPの活動が、地方の女子学生をエンパワーメントし、一人でも多くの“女性リーダーの卵”を育てる一助になればと願っています」(川崎さん)

先日『Forbes JAPAN』の特集記事において、川崎さんと江森さんは 「今注目すべき『世界を救う希望』100人」に選ばれた。2024年8月には初となる書籍、『なぜ地方女子は東大を目指さないのか (光文社新書)』の出版も控えている。彼女たちの今後の活躍からますます目が離せない。

(文:せきねみき、撮影:大倉英揮)