日本の若者の投票率が低い原因の1つは「学校教育」

日本の若者の投票率は低い。

2015年に公職選挙法が改正され、国政では16年の参議院選挙から18歳選挙権が導入されたが、同年7月の参院選では、国民全体の投票率54.70%に対し、18歳の投票率は51.28%、19歳は42.30%。17年10月の衆議院選挙では、国民全体の投票率53.68%に対し、18歳の投票率は47.87%、19歳は33.25%。さらに、19年の参院選では、国民全体の投票率48.80%に対し、18歳の投票率は34.68%、19歳は28.05%と、軒並み減少傾向にある。

若者のみならず、日本国民全体の投票率も、ドイツやスウェーデンなど欧米諸国の80%前後という数字と比べると低い。この原因は、何か。「1つは、学校教育にあると思います」と、ドルトン東京学園中等部・高等部社会科教諭の大畑方人氏は言う。

「歴史をさかのぼると、日本は1960年代に、安保闘争や全共闘運動などの学生運動が多く起こりました。こうした時代背景の中で、69年に当時の文部省から、学校における政治運動を規制する通知が出されたのです。その後、70年〜80年くらいにかけて、児童生徒が社会科・公民科の授業で選挙や政治について学ぶ際、『リアルな政治に関心を持つ』というよりは、『選挙制度や国家の仕組みなどを客観的な知識として覚える』ことを目的とした指導内容になりました。その結果、社会科・公民科科目が “民主主義の担い手を育てるための科目”というよりは、“知識として覚える暗記科目”として位置づけられ、学校で学んだこととリアルな政治が結び付かず、選挙や政治に興味関心を抱きにくくなってしまったことが大きいと思います」

これに加え、「少子化や核家族化、地域のつながりの希薄化など社会構造の変化により、家庭や地域で選挙や政治について話し合ったり議論したりする機会が減ってきていることも、投票率が低い原因として挙げられると思います」という。

主権者教育のキーワードは「模擬選挙」と「ディベート」

03年度から高校の社会科教員として勤め始めた大畑氏が、独自の方法で主権者教育に取り組み始めたのは05年。当時の首相・小泉純一郎氏が、参議院での郵政民営化法案の否決を機に衆議院を解散し、“郵政選挙”を行った年である。

当時、私立高校の社会科教員として教鞭(きょうべん)を執っていた大畑氏は、生徒に「時代のブームに振り回されることなく、政治について自分でしっかり考え、判断して主体的に投票できるような大人になってほしい」という思いから、授業で実際の選挙体験を味わう「模擬選挙」を取り入れた。

「実際の選挙公報や候補者のポスター、新聞記事などを集めて候補者や政党のマニフェストを比較し、投票箱や記載台を作って生徒一人ひとりに教室で投票を体験してもらいました。投票後、開票結果を共有し、実際の選挙結果と模擬選挙の結果を比較し相違点を分析しました」

時代のブームに振り回されず、主体的に投票ができる大人になってほしいと、独自の方法で主権者教育に取り組む大畑氏(撮影:ヒダキトモコ)

模擬選挙に加え、大畑氏が自身の授業で積極的に取り入れてきたのが、ディベートだ。「選択的夫婦別姓、安全保障関連法、消費税増税など、その時々で社会的に論争のあるテーマについて新聞記事などを用いて調べ、賛成派と反対派に分かれてディベートを行ってきました。授業準備においては、賛成派と反対派、両方の意見がバランスよく載っている資料を選ぶなど中立性を重視し、生徒の思考が偏らないよう注意しています」。

“知識詰め込み式”の政治教育が主流の中、大畑氏があえてこのような授業実践にこだわってきたのは、自身が高校時代に学んだ現代社会の授業の影響が大きいという。

「東京都立駒場高校に通っていたのですが、当時社会科担当だった小原孝久先生(都立駒場高校勤務後、都立国立高校に異動し10年退職)の授業スタイルが、まさに真の意味での主権者教育を体現するものだったのです。『高校時代は将来を見据える時期にあり、そのために社会を知る必要がある。社会科教育が果たすべき役割は大きい』というお考えの下、毎回授業の冒頭に、指名された生徒2人が気になる社会問題について3分間スピーチを行ったり、当時のリアルな政治をテーマにディベートを行って小論文を書いたりするなどの授業に非常に刺激を受けました。この授業をきっかけに社会科教員を目指すようになり、現在の授業スタイルに行き着きました。大学時代の教育実習も、母校である都立駒場高校で小原先生に指導していただきました」

学校の課題→地域の課題→国の政治課題→グローバル社会の課題

大畑氏が主権者教育を実践するうえで大切にしているのは、「3つのC」〜「Catchy=引きつけ、興味関心を抱かせること」「Casual=日常的な課題から、普段着の言葉で対話させること」「Cool=社会問題を語るのはかっこいいという価値観を根付かせること」だという。

「1つ目の『Catchy』の一例が、模擬選挙やディベートなどのアクティブラーニング型の授業です。2つ目の『Casual』では、授業において、まずは身近で日常的な課題から考えることで、政治という自分とは遠い世界に感じられる事柄を徐々に“自分事”として考えることができるようになるよう工夫しています。13年度から19年度の7年間、都立高島高校で現代社会と政治・経済を担当してきましたが、政治の授業では、年度初めは身近な『学校の課題』として校則や部活動、生徒総会のあり方などを考えました。続いて子どもの貧困、高齢者の孤独死など『地域の課題』、そして、憲法改正や原発再稼働など『国の政治課題』、最後にSDGsや核兵器禁止条約など『グローバル社会の課題』と、段階を踏んで授業を行い、生徒たちの興味関心を広げる取り組みを行っています。

3つ目の『Cool』では、学校外の人材や組織とコラボレーションして出前授業などを行い、魅力的なロールモデルと出会うことで生徒たちに『政治を知ったら面白い、かっこいい』と思ってもらえるようなプログラムを積極的に取り入れるようにしています」

主権者教育を実践するうえで大切にしている「3つのC」
Catchy=引きつけ、興味関心を抱かせること
Casual=日常的な課題から、普段着の言葉で対話させること
Cool=社会問題を語るのはかっこいいという価値観を根付かせること

高島高校在任時代、「地域の課題」として高島平の高齢化や団地の空き部屋の増加、外国人の住民増加によるマナーの問題などをテーマとして、フィールドワークやグループディスカッションを通して高島平を魅力的な街にするためにはどうすればよいかを考えた。区議会議員を授業に招き、生徒たちがその内容をプレゼンテーションした取り組みは新聞やテレビなどのメディアにも取り上げられた。

22年にスタートする「公共」は、主権者教育の「1丁目1番地」

18年に高校の学習指導要領が改訂され、22年度から「現代社会」に代わる必履修科目「公共」がスタートする。「公共」は、文部科学省が進める「社会に開かれた教育課程」の中で新しく登場した科目だ。

従来の「公民」でいうところの政治、経済、法律などの知識を身に付けるだけでなく、政治的な事象に自分事として関心を持ち、積極的な投票行動に結び付けていくような若者を育成するべく、「主権者教育の1丁目1番地」のような役割を果たす科目として期待されている。

大畑氏は「公共」の教科書の制作にも携わり、これまで授業で実践してきた地域の課題を見つけて改善方法を考える取り組みや、実際の選挙を題材とした模擬選挙のページなどを担当した。

21年4月に着任したドルトン東京学園では、中等部3年生の社会科を教える大畑氏。10月または11月に行われる衆議院選挙は、主権者教育の絶好の機会だ。

「今年は秋に衆議院選挙が行われることを鑑み、1学期に経済分野、2学期に政治分野の授業を行うよう年間計画を立てました。近々、選挙の日程に合わせて模擬選挙を行う予定です。個人学習やグループ学習で各政党の政策を調べてクラス内で投票し、実際の選挙結果と比較することで、選挙や政治をより身近に感じてほしいと思っています。今後は、模擬選挙に加え、生徒が自分たちで政党をつくるような授業も行いたいですね。『日本をよくするためには』、『どんな社会がよいのか』といった視点で、政党名、キャッチフレーズ、政策を考えてプレゼンテーションし、考察を共有し合う。社会的な課題を取り上げて検討し、学校の中だけでなく、家庭や地域、議会や行政、企業、NPOなどと連携しながら解決のあり方を考え、授業を通して生徒たちが『自分たちで国をつくっていく』という意識を培っていくことが大切だと思います」

大畑方人(おおはた・まさと)
ドルトン東京学園中等部・高等部社会科主任
1977年東京都目黒区生まれ。早稲田大学商学部および政治経済学部政治学科卒業。私立中学校・高等学校、都立高等学校勤務を経て、2021年度より現職。上智大学非常勤講師を兼務。主な関心分野は主権者教育、法教育、キャリア教育、ESD。高校公民科教科書『公共』(東京書籍)編集委員、国立教育政策研究所「評価規準、評価方法等の工夫改善に関する調査研究」協力、厚生労働省「労働法教育に関する支援対策事業」協力、国際パラリンピック委員会公認教材『I’m POSSIBLE』制作協力、NHK for School「昔話法廷」企画協力など。共著に『ライブ!主権者教育から公共へ』(山川出版社)
(撮影:ヒダキトモコ)

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真はiStock)