自分に合った時間と年数を選ぶ、単位制の定時制課程

東京都千代田区にある都立一橋高校は、1950年に全日制高校として設立された。下町の空気漂う東神田にあり、同校は神田祭の神輿のスタート地点にもなっている。その前身は明治時代にまでさかのぼるという歴史ある学校だ。同校が現在の形になったのは2005年度。副校長の武田英和氏はこう語る。

「当時は高校の発展的統合が進む中で、定時制課程に学ぶ生徒はいっそう多様化し、定時制教育に対するニーズも変化していました。それを踏まえて、夜間定時制が抱える諸課題に的確に対応した教育を展開するため、本校は昼夜間定時制と通信制を併置した単位制高校として改編されました」

東京都立一橋高校の副校長を務める武田英和氏

同校のような単位制高校は全国的にも増えている。昼夜間の定時制かつ単位制の都立高校は、一橋高校を含めて12校。現在の定時制の特徴は、昼間も通えるところにあるだろう。一橋高校でも1日がⅠ部(8時40分~12時10分)、Ⅱ部(12時50分~16時20分)とⅢ部(17時20分~21時5分)に分かれており、自分のペースに合わせて選ぶことができる。どれか1部のみなら4年間で、Ⅰ部とⅡ部、Ⅱ部とⅢ部というふうに1日に2部分の単位を取れば3年間で卒業することができる。在籍者の割合はどうか。

「通学の生徒は現在640人ほどですが、最も多いのはⅠ部で、定時制の生徒の約4割が在籍しています。Ⅱ部とⅢ部がそれぞれ3割ずつ、というところでしょうか。Ⅰ部とⅡ部を選択して日中に通い、3年間で卒業することを望む生徒が多いですね。起立性調節障害で朝は起きられないので午後から来る、という生徒もいます。通信制の生徒は約650人。定時制に入学したものの集団生活に慣れることができず、通信制に移るというケースもあります。しかし本校の定時制と通信制はあくまで『併置』。どちらが主でどちらが従というわけではありません」

ただ、通信制の生徒が無事卒業する割合は、定時制に比べると残念ながら低い。同校の通信制を退学した生徒は、私立の広域通信制高校に入るケースも見受けられるという。そうした意味では選択肢が増えたともいえそうだが、私立の通信制高校の生徒数増加と反比例して、定時制高校に通学する生徒数が減っているのも事実だ(下図参照)。これについて武田氏は次のように語る。

「高校の発展的統合の流れも落ち着き、多様な学び方ができる学校の注目度は増していると思います。22年には、足立区に都立小台橋高等学校がチャレンジスクールとして新たに開校しました。需要はあるし、こうした学校はなくてはならない存在だと感じています」

「どの案件も最重要」自傷行為など命に関わる問題も

「定時制高校は荒れているというイメージを持つ方も多いかもしれません。今でもやんちゃな生徒はいますが、それよりは学習や学校生活との向き合い方に困っていたり悩んでいたりする子どもが圧倒的多数派。決して『悪い子』ではありません。彼らの抱える困りごとの種類という点で見ると、旧来の定時制高校よりもかなり多様化が進んでいると思います」

例えば、同校に在籍する生徒の約15%は外国籍で、中にはまったく日本語が話せない生徒もいる。昔のような「勤労学生」もいるし、50代の生徒もいる。また10%ほどは発達に何らかの障害があり、支援が必要な生徒たちだ。そして全体の約6割が中学時代に不登校を経験しているという。そういった背景からか、高校進学については子ども本人だけでなく、保護者の不安も大きいと武田氏は言う。

「親子で学校見学や相談に来る方も少なくありません。その際には授業の様子なども見てもらって、教員からも丁寧に話をしています。ごく普通に学校生活を楽しむ本校の生徒たちを見て少し安心するのか、『ここなら大丈夫なんじゃないかと思う』と言ってくれる親御さんもいます」

入試の際には「日本語力に不安があるので、ルビ付き問題で辞書の持ち込みを認めてほしい」「書字障害があるので試験時間の延長をしてほしい」などという特別措置申請もよくあり、個別に教室を用意して対応する。学校全体で協力して柔軟な措置を図り、「この学校に通いたいという子どもの声に応えたい」と言う武田氏。生徒についてはこんな変化を感じている。

「中途退学の生徒数は10年ほど前には年間3ケタに達していたと聞いていますが、現在では30~50人程度になっています。また、いわゆる昔の不良のような、目立とうとする子はほとんどいなくなりました。一方でおとなしくて自信がなく、自我が発揮できない生徒が多くなった気がします」

廊下をバイクで走ったり校舎の窓ガラスを割ったりするような生徒はいないが、引きこもりがちな生徒が多くなっていると言う。

「近年はリストカットやオーバードーズなどの自傷行為に苦しむ生徒がいます。本校でいちばん気を使うのは、こうした命に関わることが起こるときです。一つひとつの案件が非常に重く、どれも最重要といえるものばかり。教員は、生徒が何らかの課題を抱えていることを前提に向き合っています」

こうした状況を踏まえ、一橋高校ではスクールカウンセラーに加えて、福祉や就労支援の専門スタッフであるYSW(ユースソーシャルワーカー)とも連携するなど、生徒のサポートに注力している。同校に赴任するまで、武田氏は「進学が当たり前」の全日制高校でしか勤務経験がなかった。当初は戸惑いも大きかったと言う。

「それまで私は偏差値で子どもが『輪切り』にされる世界にいましたが、ここは生徒の学習意欲を高め、学力の向上を図っていかなければならない世界です。朝から晩まで多様な対応が求められ、突発事項の頻度も率直に言って高い。でも本校の先生方は非常に熱心で、副校長としては頭が上がりません。定時制高校はあまり社会の目が向かない場所だと思いますが、ここで頑張っている生徒と、それを全力で支える教員は確実に存在しているのです」

入学の決め手にもなる給食、教員は「指導だけでなく支援」

夜間定時制高校では法律に基づき、勤労学生に食事を提供する目的で給食を用意してきた。だが2018年には千葉県が県内すべての夜間定時制高校の給食を廃止するなど、そのあり方も変わってきている。武田氏も給食の役割が変わってきたと見ているが、その必要性はむしろ増していると考える。

「決まった時間に食事を取ることは、例えば起立性調節障害の生徒の生活リズムを整えるためにも役立つはず。また、家庭の経済状況で食事を満足に取れない生徒もいる。1日1回の給食でも、その意味は小さくないと思います。生徒も給食を楽しみにしていて、入学の決め手になったと話してくれる子もいますよ」

一橋高校では、定時制への改編に合わせて、全日制のときにはなかった食堂を整備した。今では1食410円の給食をセールスポイントに掲げ、HPなどでも積極的にアピールしている。アレルギー対応は今後の課題だが、高校生ともなれば生徒自身が献立に気をつけることもできる。栄養士も生徒一人ひとりの顔を覚えており、「今日はこの食材が入っているよ」などと声をかけているという。

献立はHPからも確認できる(左)。給食は専用端末から自分で予約するシステム。予約期限が迫ると、栄養士が「予約忘れてない?」と生徒に声をかけることも(右)

食堂では生徒だけでなく、教員もにこやかに同僚と食事をしていたのが印象的だった。武田氏も「教員の関係のよさはとても重要です」と言う。

「教員はA勤、B勤と時間帯が分かれており、1日のうちで勤務時間が重複するのは4時間ほど。放課後もなく、その間にⅠ部からⅢ部までの情報共有をしなければならないので、みんな車座になって熱心に話をしています。『指導』だけでなく『支援』が求められる状況で力を発揮するには、教員同士の円滑なコミュニケーションが不可欠なのだと思います」

給食の「早出し」が始まる17時半ごろから教員、生徒が集まり出す。出来たての温かい食事を友達と一緒に食べることができる

昨年は夜間中学などにも説明に赴き、高校進学に不安を抱える層に、無理なく通えるⅡ部やⅢ部の存在をアピールしてきた。そのかいあってか、23年度の入試では倍率が上昇。武田氏は、同校の情報が必要な人にきちんと届いたためだと推測する。

22年度の進路実績は、大学進学と就職がそれぞれ25%ほど。全体では8割5分ほどの決定率だが、今後はさらに進路指導やキャリア教育を充実させていきたいという。同校では中学校時代の学び直しも行い、画一的な教育になじめなかった子どもたちが学校生活を取り戻す期間を重視している。文化祭や体育祭などのアンケートでは「中学時代には出られなかったけれど楽しかった」「出てみてよかった」という声が多く上がる。だがその分、取り組みのスピードを上げることはできない。多くの学校で2年次に行う企業訪問も、同校では3年次に実施する。大学入学共通テストの受験者も学年に10~15人ほどいるが、「大学進学を希望する生徒には気の毒かもしれない」と言う武田氏。それでも一律で速度を上げては意味がないと続ける。

「スモールステップの中でも彼らは変化し、成長していきます。本校でどう変わってくれるかを見ていきたいし、多様な生徒の多様な希望にどう寄り添うかということこそが、私たちの永遠の課題なのだと思います」

(文:鈴木絢子、撮影:尾形文繁)