「図書館で授業」を日常化させたICT導入
授業でにぎわう光景が当たり前になっているという、中央大学附属中学校・高等学校の図書館。本館は3クラス分、分館は1クラス分の同時授業が可能であり、同じ時間に複数クラスの授業が実施されることも珍しくない。
多いときで授業利用は年間1000時間以上、コロナ禍による臨時休校があった2020年も500時間を超えたという。また、6学年のほとんどの教科が図書館で授業を行っている。
現在、同校の図書館は約18万7000冊の図書と約5500本の視聴覚資料を有している。恵まれた施設環境があるにせよ、なぜこれほどまでに図書館の活用が盛んなのか。同校の司書教諭、平野誠氏はこう説明する。
「本校は以前から、課題解決型学習や教科横断型の探究学習を重視する教育活動を行ってきました。そのため、図書館も1978年の開館以来、生徒の学習や教職員の教材研究に対応できる図書資料の収集に努めてきました。こうした背景の下、98年以降のICT環境の整備により、図書館利用が活性化していったのです」
まずは所蔵データの電子化を目的に業務用端末とインターネットを導入し、2002年に独自の所蔵資料検索システム(OPAC)を稼働させた。03年からは商用データベースや電子図書館などのデジタル資料も増やしていった。豊富なアナログの蔵書にデジタル資料が加わったことで、徐々に「図書館での授業」が増加。教員の授業ニーズに合わせながら学習者用端末も01年から少しずつ増設し、大型掲示装置なども導入していった。
06年には学習者用端末を60台に増設するとともに無線LANも敷設。「ここで教員念願の1クラス分『1人1台端末』が整い、年間の授業利用は250時間から800時間へと急増しました」と、平野氏は振り返る。
ちなみにICTの活用は教室でも日常化しており、すでに高校では授業中に生徒たちが自身のスマホや端末を使って学んでいる状態だが、いわゆる「1人1台端末」についても導入予定で検討を進めているという。
ICT活用を加速させた「独自の仕掛け」とは?
ICTが最大限に活用されるよう、さまざまな工夫も行ってきた。例えば、キーワード検索。同校のOPACは、調べたい言葉を入力すると、書名だけでなく本の内容からも検索してくれる。この機能はスタッフが図書を1冊1冊読み込み、内容に関連したキーワードを追記するなど書誌データを整備することで実現しているが、「ここまでやる図書館はないのでは」と平野氏は話す。
「整備されたOPAC稼働でまず本の利用率が上がりました。実は本校は、本館と分館のほかに約30カ所の教科研究室や保健室などにも1万冊の蔵書があります。ここから本を探し出すのは大変だったのですが、すべての蔵書がキーワード検索できるようになり、生徒も教員も飛躍的に本を見つけやすくなりました。すぐに求める資料がヒットするので、限られた時間でも授業が進めやすいわけです。本校のOPACは教材教具でもあるのです」
教育用コンテンツの強化とその周知にも力を入れてきた。現在、辞書・事典類、新聞記事データベースなど8種の商用データベースを契約しているが、生徒や教員がこうしたコンテンツを使いこなせるよう、独自の図書館ポータルサイトも作ったのだ。
「検索エンジンとは異なる、正確で信頼できる情報源として厳選されたコンテンツを集約したポータルサイトは『学びの質を高める』学習用ツールになります。実際、教科横断型の探究活動や教員の教材研究などに日常的に活用されています」と、平野氏は説明する。
このポータルサイトには、OPACや有償データベースをはじめ、無料のコンテンツも掲載している。例えば、行政資料や統計情報に関するデータベースのほか、キーワードから図書資料を検索できる「新書マップ」や「Webcat Plus」、調べ方を検索できる「レファレンス協同データベース」や「国立国会図書館リサーチ・ナビ」、論文検索の「CiNii Articles」や「J-STAGE」などが並ぶ。また、同校に所蔵がない場合は公共図書館で資料を入手できるよう、地域の公共図書館が提供する「統合・横断検索」のリンクなども貼っている。
「今のところ学校外での商用データベースが利用できないため、自宅学習の際にもこうした無料コンテンツは役立っています」と、平野氏。また、電子図書館サービスも導入しており、そのメリットについてはこう話す。
「とくに複本は電子書籍で購入すると書架の圧迫を軽減できるのでお勧めです。修学旅行で使うガイドブックなど毎年改訂される本なども電子書籍で買っていますが、配信期間を短くすると紙の書籍よりも費用を抑えられる場合があります。自校作成の資料もアップできるので、生徒たちの卒論をアーカイブとしていつでも閲覧できるようになりました」
コストをかけずに今すぐできるICT化とは?
一方、デジタルコンテンツにはデメリットもある。例えば、重宝していた無料コンテンツが突然サービスを終了したり、商用データベースや電子書籍のサービス内容が急に変わったり、提供する企業の方針に左右されやすい。そのため平野氏は「今は紙の本のほうが安定性や保存性が高い」と感じているという。しかし、それでも「ICT活用で学校図書館が活性化するのは間違いない」と、強調する。
今、学校図書館は「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善に生かす」拠点として期待されており、「読書センター」にとどまらない「学習センター」「情報センター」へと進化するためにもICT化は大きな課題だ。そんな中、学校図書館がコストをかけずとも今すぐできるICT化について、平野氏はこうアドバイスする。
「1人1台の端末を活用するに当たっていろいろなネットワーク情報源が注目されていますが、本校がポータルサイトで紹介しているような無料コンテンツだけでも使い方次第で授業や教材研究に十分対応できます。この10年くらいで良質な無料コンテンツは豊富になったので、ぜひ活用してほしいですね。とくに端末の活用方法として最適なのは、データベースをはじめとする良質なコンテンツによる情報収集。これは情報活用能力の育成にもつながります」
こうしたコンテンツを選定して発信するほか、生徒や教員がそのコンテンツにアクセスしやすいよう工夫することも大切だ。前述のように同校は専用のポータルサイトを作ったが、自校が選んだコンテンツのリンクボタンを学校ホームページの中に配置するなど既存のリソースを生かしたやり方もある。このほか、「Webサイトの紹介シートやQRコード集を作成し、図書館での掲示や配付をすることもお勧め」と、平野氏。授業に必要な情報への誘導策としても有効だという。
これからの時代、学校図書館を担う司書教諭や学校司書に求められることは何だろうか。
「今後はネットワーク上の膨大な情報源から、正確で信頼できる情報源や学習用コンテンツを選定する必要があるので、情報を取捨選択する識見が重要です。これまで図書資料の選定を担ってきた多くの経験から、司書教諭や学校司書にはそういう能力が備わっていますので、ネットワーク情報源の選定も適任と考えています。
そして、高度なICTスキルは必須ではありませんが、図書館内で課題レポートの作成に取り組む生徒も多いので、文書作成・表計算・プレゼンテーションソフトの基本的な知識は備えておきたいですね」
また、平野氏は、自身が05年から専任の司書教諭を担ってきた経験も踏まえ、学校図書館のあるべき運営についてこう語る。
「学校によって司書教諭や学校司書の配置状況、業務内容が異なっているのが現状ですが、本来なら生徒や教員がいつでもわからないことを聞きに来られるよう、スタッフは常駐であることが望ましいです。
また、教員としてつねに図書館で授業を見聞きし、生徒や教員とのやり取りの中から長期的な視点で運営を考える人がいるべきで、そのためにも司書教諭は専任であったほうがいい。専任だと成績をつけることがないため生徒も話しやすいようで、何でも聞きに来てくれますよ。
図書館と教職員との連携も大切です。図書館スタッフが教育活動の内容にアンテナを張ることも重要ですが、教科担当の先生方も、本だけでなくネットワーク上の学習用コンテンツを司書教諭に紹介してほしい。そうすることで、アナログとデジタル両方の資料が司書教諭と学校司書によって整理され、学校図書館はハイブリッドな『学びの拠点』へと進化していけるでしょう」
(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真は梅谷秀司撮影)