生徒約20人に対して先生は3人、社会科のような英語の授業

小田急線成城学園前駅からタクシーに乗り込み、「ドルトン東京学園までお願いします」と告げると、運転手は一瞬考えるような表情をして、思いついたようにこう言った。

「あっ、ドルトンね。はいはい。あそこの学校の名前は最近よく聞くね。なんだか、すごい学校だって評判だよ」

今年で開校から3年目。まだ真新しい校舎の中に入ると、中学校というよりもオープンイノベーションを目的につくられた研究施設のような印象を受ける。それでもすぐに子どもたちの声が聞こえてくると、「ああ、ここは中学校だったんだ」とわれに返った。

7月上旬、10時25分からの3時限目。中等部1年生の英語の授業を見学した。この学校では教科ごとに教室を移動するようだ。少しずつ生徒たちが集まってきて、授業開始時間には席が埋まる。その数、約20人とかなりの少人数だ。そこに英語科主任の布村奈緒子先生が登場した。よく通る声で生徒たちに英語で話しかける。

生徒は約20人とかなりの少人数。それに対して先生は3人だ

授業で日本語はほとんど使わない。英語の授業は習熟度別にクラスが分かれていて、生徒の希望で自由に選べるようになっている。このクラスは、中学で初めて本格的に英語を学ぶ生徒たちが中心のスタンダードクラスだ。入学してまだ半年も経っていないはずだが、先生の問いかけに対して、生徒たちは臆せず元気に英語で答えていく。

興味深いのは少人数クラスなのに、布村先生のほかに、2人のティーチングアシスタントがついていることだ。2人はインドネシア人とネパール人。母語のほかに日本語と英語が話せる。彼らは布村先生の問いかけに合わせて、生徒たち1人ひとりに、声がけや戸惑う生徒のサポートを行っていく。

まず授業では、今日行う授業の概要がスクリーンに示される。本日のテーマは「多様性」。生徒たちはグループに分かれ、先生が出す課題に対して、グループで意見を出し合いながら、答えを探っていく。そのうち生徒たちの声は教室中に広がる。「これ違うんじゃない」「ああ、そうか」。2人のティーチングアシスタントも英語でどんどんあおっていく。いつのまにか生徒たちは皆、夢中になっている。

ペアワークやグループワーク中心の授業。布村先生に加えて2人のティーチングアシスタントも積極的に関わりながらグループで意見をまとめていく

英語の授業だが、よく聞いていると教えている内容は文法や構文といった語学そのものというよりも、社会科の授業に近い。世界の国々の時間や食べ物の話から、「探険家(エクスプローラー)」をキーワードに最終的に異文化コミュニケーションから多様性を知るという本来の授業のテーマに落とし込んでいく。

最初はよくわからなかったが、途中から謎かけがあり、最後に「ああ、だから多様性なんだ」と見ているほうも腹落ちした。英語を教わったはずが、実際には英語を通して世界を知るという仕掛けが感じられた。

それはこれまで見てきた中学の英語授業とはまったく異なるものだった。今、多くの学校で課題となっているアクティブラーニングの授業を、布村先生はまさに実践していた。

中学3年間で、実際に英語で交流できるレベルを目指す

布村先生は、2020年4月に都立両国高校の英語教師からドルトン東京学園中等部・高等部 教頭・英語科主任に就任した。もともと布村先生は、小2から小5までを英ロンドン郊外の現地校で過ごした経験を持つ。東京女子大学現代文化学部を卒業後、銀行勤務を経て、オーストラリアのクイーンズランド大学で応用言語学の修士号を取得。その後、都立国際高校から都立両国高校に移った。

布村奈緒子(ぬのむら・なおこ)
ドルトン東京学園中等部・高等部 教頭・英語科主任
豪クイーンズランド大学応用言語学修士。私立高、東京都立国際高等学校、東京都立両国高等学校・附属中学校を経て、現在ドルトン東京学園中等部で教鞭をとる。13年の全英連東京大会で発表した、生徒が思考をしながら英語で活発に活動を行う授業が評判を呼び、全国から多くの見学者が訪れるようになる。全国各地で講演会を行うほか、授業動画配信や雑誌等各種メディアにも取り上げられる。著書に『テキスト不要の英語勉強法』(KADOKAWA) 。高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説外国語編・英語編執筆協力者

そこで13年に全英連東京大会で発表したアクティブラーニングの授業が評判となり、都立両国高校を見学に訪れる教員が増え、注目の英語の先生となった。そんな布村先生は、なぜ都立両国高校からドルトン東京学園に移ったのか、その理由をまず聞いてみた。

「東京都で教師生活を20年近くやってきて、残りの20年、また違う学校でチャレンジしてみるのもいいのかなと思いました。公立高校でできなかったこと、自分で理想だと思う教育を実践してみたい。そう思って決断したのです」

布村先生が行う英語のアクティブラーニング授業は、多くの教職員の間で評価されているが、そこにはどのような考えがあるのだろうか。

「英語は言葉、あるいはツールであり、それを使っていかにコミュニケーションを取るかが重要であると思っています。アクティブラーニングについても、そもそもコミュニケーション自体がアクティブラーニングだと考えるとわかりやすいのかもしれません。私はそのコミュニケーションに重点を置いて、生徒に意見を言わせたり、話し合わせたり。そうやって、ずっと英語の授業を行ってきたのですが、それが今、たまたまアクティブラーニングだと言われるようになっただけなのです」

いかに言葉を使って、自分の意思を伝えるか。それが言葉を使うことであり、穴埋め問題を解くような授業は本来の意味で、言葉を使うことにはならない。そう語る布村先生は、今ドルトン東京学園で、これまで高校生向けに行っていた授業内容を中学1年生向けに行うという実験を行っている。中学では3年間を通して、英語で実際に交流できるレベルを目指すという。

「授業では最初にゴールを設定して、それを理解させるためのワークショップを行います。生徒たちは英語を習うというよりも、英語というツールを使って、自分の知りたいこと、話したいことを表現していく。母語ではない英語を通して、物事を考え、知っていくことで、生徒たちはもう1つの視点を身に付けることができるのです。また、ティーチングアシスタントもあえて英語が母語話者ではない英語話者を採用しています。もはや英語はイギリスやアメリカのものではなく、共通言語の英語として使ってほしいという生徒への思いがあります」

英語が自由に使えるようになれば、受験の英語にも対応できる

そうは言っても保護者にとっては、大学受験に通用しなければどんなにすばらしい授業でも意味がないと考える向きがあるかもしれない。しかし、英語が自由に使えるようになれば、受験の英語にも対応できるという考えが布村先生にはある。

「なぜ、文法をやらないのか。そういった声が、両国高校でも保護者から多く寄せられました。英語が使えるようになってから文法という仕組みを知ればいいと伝えても『でも……』の応酬です。けれど、生徒が答えを出してくれた。中高一貫の2期生が、これまででいちばんの進学実績を出してくれた後、そうした意見は徐々に収まっていきました」

卒業生が授業の価値を語ることで、あるいは進学実績で示してくれることで、保護者が変わり、さらに周りの先生たちも変わっていったという。校内ではアクティブラーニングの勉強会が開かれるようになり、授業も少しずつ変わっていった。大学受験では、「この問題集をやらなければ合格できない」などの考えが根強く、なかなか授業を変えられない先生もいる。学校全体が大学の合格実績に縛られていて、コミュニケーションを中心とした英語授業のよさがわかっていても、一歩を踏み出すことが難しいのだ。

ただ、あくまでドルトン東京学園は日本の大学受験を第1目標に置かないことを堅持している学校だ。むしろ自由と協働で学びを深め、従来の型にはめない子どもを育成することを目指している。日本では大学受験を視野にカリキュラムを組む学校が目立つ中、ある意味、実験的な試みといえる。そんな学校で今後、布村先生はどんな教育を実践してみたいと考えているのだろうか。

多様な個性、興味を持つ生徒がそろうドルトン東京学園。従来の型にはめない子どもを育成することを目指している

「現在、グローバル人材の育成が叫ばれていますが、今はあらゆる社会的課題に対して、さまざまな国の方々と話し合って解決しなければならない時代となっています。例えば、原爆についても、日本の高校生は『戦争も原爆もよくないものだ』という認識がありますが、アメリカの高校生は『原爆を落としたから、戦争を終わらせることができた』と異なる認識を持っています。同じ高校生でも世界では原爆や戦争に対する見方が違うのです。そのとき、自分の思っていることを一方的に主張するのではなく、相手の立場も考えたうえで、同じ問題を解決しなければ本当の問題解決にならないのではないか。コロナ禍の問題もまさに一国では解決できない問題です。こうした世界の中で、本当のグローバル人材を育成するには違う視点を持ったいろんな他者と交流し、考えを深めていく必要がある。こうした交流や議論の場をこの学校でつくってみたい。今はそんなことがしてみたいと思っています」

100年を超える伝統の進学校、都立両国高校で異端ともいうべき英語の授業を実践してきた布村先生。今後も新しい学びに挑戦する意欲にあふれていたが、多様な個性、興味を持つドルトンらしい生徒たちを伸ばす授業のあり方も模索していた。1期生、2期生……と、どんな卒業生が出ていくのか楽しみだ。

(撮影:ヒダキトモコ)