「研究」と「恐竜王国ブランド」の継続に必要な人材育成

福井県立大学は2025年4月より恐竜学部を新設する。定員は30名。恐竜・地質学科を柱に、恐竜・古生物コースと地質・古環境コースの2つのコースを用意している。最近の新設学部には、「デジタル」「データサイエンス」「グリーン」といったワードを冠するものが多いが、なぜ今、「恐竜」なのか。

そもそも福井県と言えば、「恐竜」をキーワードに地方創生を行ってきた経緯がある。例えば、JR福井駅前の「恐竜広場」には福井に生息していたフクイラプトル、フクイサウルス、フクイティタンの実物大で動くモニュメントが鎮座し、観光客を出迎える。恐竜を中心とする地質・古生物学専門の博物館「福井県立恐竜博物館」も人気の高い観光スポットだ。2024年3月には北陸新幹線が延伸開業し、さらに恐竜のアピールが強化されている。

福井県が“恐竜王国”として広く知られるようになった経緯について、恐竜学部長に就任予定の福井県立大学恐竜学研究所教授、西弘嗣氏は次のように語る。

西弘嗣(にし・ひろし)
福井県立大学恐竜学研究所教授
1958年生まれ。九州大学大学院理学研究科博士後期課程修了(地質学専攻)。1997年九州大学大学院比較社会文化研究科助教授、2004年北海道大学大学院理学研究科助教授、同大学院教授、2010年東北大学術資源研究公開センター東北大学総合学術博物館教授、2012年同センター長を経て2020年より現職。2025年4月より恐竜学部長就任予定

「福井県では、1982年に中生代のワニの骨の化石が発見されています。その後1986年に隣の石川県で恐竜の歯の化石が発見され、それを機に予備調査を行ったところ、福井県でも恐竜の歯の化石などが発見されました。1989年からは県の事業として本格的に発掘調査が始まり、恐竜の化石がたくさん出てきました。そこから30年以上にわたり、今も発掘調査が続いています。福井県は恐竜博物館を建設し、恐竜の研究成果を発信。その結果、今や恐竜博物館には年間100万人もの人々が訪れるようになりました。これは学術研究が地方創生を実現できるという証明になったと思います」

学部創設を発案したのは、進士五十八(しんじ・いそや)前学長と、日本の恐竜研究の第一人者である東洋一氏(恐竜学研究所前所長)だという。

現在、日本で確認された13種目の恐竜のうち、6種目が福井で発見されている。こうした学術的な功績は、「一連の発掘調査を推し進め、県立恐竜博物館を作り海外調査も含めて組織的に研究できる体制を整えた、東洋一先生の尽力によるものです」と西氏は言う。

恐竜研究と、恐竜王国という福井のブランドを継続させるためには、人材育成が欠かせない。そこで、恐竜研究を行うとともに、その成果を教育という形で反映することを目的に、2013年に恐竜学研究所を発足、2018年から大学院生への教育が本格的に始まった。そのうえで、人材を育成するには基礎から学べる学部が必要だということで恐竜学部が誕生したという。

「日本において恐竜研究を行う学科やコースはあるものの、学部名称として前面に打ち出すのは初の試みです。世界的に見ても恐竜と名の付く学部は珍しいです」と、西氏は説明する。

「フィールドワーク」と「デジタル技術」を融合

同大の恐竜学部では、恐竜だけを研究するわけではない。恐竜を自然科学の一環と捉えると、さまざまな分野が関係するからだ。

「トータルな自然史科学を学んでもらうようにしました。そのため、教員については、恐竜を主な専門としながら地質・環境・古生物などそれぞれ強みを持つ研究者を20人集めました。自然科学を基礎に、3年次からは『恐竜・古生物コース』と『地質・古環境コース』の2つのコースに分かれて専門性を磨いていきます」

学びの大きな特色としては、県立恐竜博物館との強力な連携体制、現場重視(フィールド科学の実践)、国際的視野に立つ教育・研究、先端技術による研究の4つを挙げる。

具体的には、福井県勝山市北谷恐竜発掘現場での化石発掘、発掘した化石の修復・補強などのクリーニング、研究・学習用標本をつくるレプリカ標本作成、博物館の展示を自身でデザインし発表する標本展示など、実践的な学びが盛りだくさんだ。

「2年次以降に通う新学部棟は恐竜博物館に近接します。博物館の研究員や学芸員の方々も教育研究に参加しますし、大学で製作したコンテンツは博物館に提供していきます」と、西氏は博物館との連携を強調する。

化石発掘やクリーニングなど、実践的に学ぶことができる

さらに、実際の化石からコンピューター上で3Dモデルを作り、バーチャル空間で展示・観察を行う古生物3Dモデル作成なども行うという。

「どんな分野もデジタルが必須となりましたが、古生物学においてもCTスキャンなどのデジタルによるアウトプット技術がないと論文が書きづらい時代になりました。そのため、『フィールドワーク』と『デジタル技術』という、今の恐竜研究に必要な2つの科学をうまく融合して学べるようにしています」

古生物3Dモデルの作成技術も習得できる

卒業生は「重要性を増す産業」に貢献できる

恐竜学部のスタートに当たり、先行して行われた総合型選抜の志願倍率は10倍超の人気ぶり。恐竜・地質学科6人の募集に対し県内8人、県外55人の計63人が出願し、倍率は10.5倍となった。一般選抜は大学入学共通テストを受験のうえ、前期日程は理科と英語の個別学力検査、後期日程は面接が行われ、合否判定される。

「私たちもここまで人気が出るとは思いませんでした。これだけ恐竜に関心のある学生がいるのは、とてもありがたいことだと感じています」と、西氏。適性は問わないが、恐竜や自然科学に興味関心のある学生にぜひ来てほしいと西氏は語る。

「多くの人は、人生の中で恐竜の化石と共に毎日過ごす機会なんてほとんどないでしょう。この貴重な機会を十分に楽しんでほしい。そして恐竜学部での学びを次の人生に生かしてほしいと願っています。卒業生には、できれば福井県で満足できる職に就いてほしいですね」

卒業後の進路については、研究者、学芸員、理科教員のほか、IT関連、土質力学・道路測量に関する地質系のデジタル関連、観光業、出版業や報道関係、地質・土木・建築系コンサルタント、土木系の公務員、ゼネコン等の建設産業、環境アセスメント関連などを想定しているという。

「フィールドワークとデジタルを学んだ恐竜学部の学生は、これから重要性を増す産業で貢献できるでしょう。今、全国的にインフラ整備に限界が来ているほか、気候変動や自然災害も社会課題となっていますが、こうした野外に関する仕事に対応できる人材が減っていることに危機感を持っています。恐竜学部で自然科学の重要性や楽しさを教えることができれば、このような重要な産業の人材育成にもつながると考えています」

もちろん、恐竜研究を福井県で継続させていくためにも、研究者を育成していくことは言うまでもない。現在、恐竜をはじめとした古生物の研究ができる大学は減少傾向にある。

「恐竜研究の場は決して多くなく、このままでは研究自体が先細ってしまいます。こうした状況からも、本学では大学院の設置も検討しており、恐竜を含めた古生物のすべてを学べる拠点にしていきたいと考えています」

(文:國貞文隆、写真:福井県立大学提供)