「発達障害のある子」はネットやゲームに依存しやすいのか?

子どもがダラダラと動画を見ている、勉強せずにゲームばかりしている。これはインターネット依存なのでは──。そんな悩みを抱えている保護者も多いのではないだろうか。しかし、「コロナ禍で外出や活動が制限されたこともあり、臨床の現場では関連するご相談は増えていますが、実はインターネットやゲームの“依存”は、病気の概念としては整理されていません」と愛知県医療療育総合センター 中央病院子どものこころ科(児童精神科)部長の吉川徹氏は話す。

吉川徹(よしかわ・とおる)
児童精神科医、愛知県医療療育総合センター中央病院子どものこころ科(児童精神科)部長、あいち発達障害支援センター副センター長、愛知県中央児童・障害者相談センター児童専門監
愛知県を中心に、発達障害のある児童や青年の臨床に長年携わっている。日本児童青年精神医学会代議員、日本自閉症スペクトラム学会副会長など、各学会の役職も担当。著書に『ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち 子どもが社会から孤立しないために』(合同出版)など
(写真:吉川氏提供)

「医学的には、インターネットやゲームはアルコールなどのように身体依存を生じないため、『依存』ではなく『嗜癖』という言葉が多く使われます。このインターネットやゲームの嗜癖は、すべての研究者が合意している診断基準がありません。例えば米国の心理学者が作成した『インターネット依存度テスト』は、あくまで病的な利用をスクリーニングするもの。『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版』(DSM-5)に掲載されている『インターネットゲーム障害』の診断基準も『今後の研究のための病態』の位置づけで、正式な病名ではありません。世界保健機関(WHO)による2022年発効の『国際疾病分類第11回改訂版』(ICD-11)では『ゲーム行動症/ゲーム障害』が病名として採用されましたが、まだ専門家の間で議論も多く、日本では正式な翻訳がない状況です」

一方、発達障害のある子どもの支援に長年携わる吉川氏は、こう指摘する。

「発達障害のあるお子さんは、定型発達といわれる多数派のお子さんと比較して、インターネットやゲームの嗜癖の傾向があるということは言えると思います。中でも注意欠如・多動症(ADHD)の診断を受けているお子さんは、『本を読み始めるとやめられない』など興味のある物事に集中しすぎる傾向があるため、インターネットの利用の仕方に問題が出るケースや、インターネットゲーム障害の診断基準を満たすケースが多いように思います」

しかし、親が「子どものインターネットやゲームの利用時間が長い」と感じても、嗜癖かどうかは、子どもの背景にある問題を丁寧に見ていく必要があるという。

「実際にゲーム行動症の診断がつくケースもありますが、WHOの基準ではゲーム行動症になる前に『危険なゲーム行動』という概念がありますし、病気とは言えない状態もたくさんあります。また、インターネットやゲームの嗜癖にはかなり流動性があります。ほかに興味があるものができてインターネットやゲームの時間が減ることもありますし、以前はそれほど長い時間利用していなかった子がやりすぎてしまうこともあります」

道具の使用は「プラス効果とマイナス効果」が両方大きくなる

コロナ禍ではGIGAスクール構想の1人1台端末が配布され、子どもたちにとってICTがより身近なものになった。その影響について、吉川氏はこう見ている。

「デジタルデバイドの縮小に役立つという意味ではよいことだと思っています。一方、発達障害のあるお子さんの場合、『こういう環境や条件だとうまくいく』というストライクゾーンが非常に狭い。そのため、鉛筆でも包丁でもエアコンでも、あらゆる道具の使用に関して、プラス効果とマイナス効果が両方大きくなります。それはICT機器でも同じです」

(写真:ノンタン/PIXTA)

プラスの影響が大きいところでは、例えば読むことや書くことなどが苦手な限局性学習障害(LD)の子どもの場合、スマホやパソコンの読み上げ機能や音声入力、キーボード入力を使うことで、苦手な部分をカバーしやすくなる。

自閉症スペクトラム(ASD)の子どもは、言語コミュニケーションが主流のネット上では、非言語コミュニケーションが苦手だというハンディを埋めやすいといわれている。その一方で、興味があることに夢中になりやすい特性から、インターネットやゲームを「今日はここでおしまい」とすることが苦手だ。

ADHDの子どもは、スマホのTo Doリストなどの活用で忘れ物を防ぐといった使い方もできるという。しかし、過集中の特性から、ゲーム中に声をかけられても気づかない、何時間もやり続けてしまうということがある。

「このようにプラスの影響もマイナスの影響も大きいため、発達障害のあるお子さんにとってはICT機器を上手に使いこなせるよう練習することの意味が、多数派のお子さんに比べて大きいのです」

ルールは一緒に考え、「特性を踏まえた動機づけ」を

こうしたことを踏まえ、発達障害のある子どもが上手にICT機器と付き合えるようになるには、周囲の大人はどう関わっていけばよいのだろうか。

「親御さんや先生など、周囲の大人がどのくらいの時間・気力・体力を使えるのか、それによって使い方のルールを考え、支援していくのがよいでしょう。大人に余力があればその分うまくいく可能性は高くなりますが、大人の生活をねじ曲げてまで対応に割く時間や労力を増やそうとするとうまくいかなくなります」

そのうえで、ルール作りは、大人が作ったルールを守らせるのではなく、なぜルールが必要なのか、どんなルールがいいか、子どもと一緒に考えることがポイントだという。

「お互いが冷静な状態の時に話し合い、お子さん自身の考えが反映されたルールを作るようにしましょう。親子げんかをしながら決めたルールや押し付けられたルールは、子どもは『守るものか』という気持ちになりますから。なお、本来ならルール作りはICT機器を使い始めるタイミングで始めるのがベスト。また、ICT機器の所有権が親にあると、子どもは貸してもらっていることになるので、ルールを守ることに納得しやすくなります」

こうしたルール作りのポイントは多数派の子どもと同じだが、発達障害のある子どもの場合、その特性を踏まえてルールを作りたくなるような動機づけや守りたくなるような演出が重要だという。

「もちろん個人差はありますが、ASDのお子さんの場合、人付き合いが行動の動機となりにくい傾向があるため、『ゲームの時間の後をおやつの時間にする』『決められた時間どおりに終えられたら、翌日のゲームの時間が増える』など、人付き合い以外のものを動機づけとして使うとうまくいきやすいでしょう。ADHDのお子さんは、遠い将来のことを行動のアクセルやブレーキに使うのは難しいため、直近のことを目標にするといいと思います」

取り上げ厳禁!理想は「活動レパートリー」を増やすこと

もう1つ、大人が考えておくべきことがあると吉川氏。それは、「ほかの活動のレパートリー」だという。

「ただし、インターネットやゲームの時間を減らし、浮いた時間で何かをさせようという発想はうまくいきません。最も失敗するのは、浮いた時間を勉強で埋めさせようとすること。理想は『お父さんと釣りに行くことが増えてゲームの時間が減った』など、ほかに興味があることができてゲームの時間が減ることです。外遊びに限らず、ゲームやネット以外の活動レパートリーが増えれば、健康的な暮らしにつながりやすくなります」

そして、大人が絶対にやってはいけないことがあるという。それは、インターネットやゲームを子どもから取り上げることだ。

「興味・関心が偏りやすいASDや過集中になりやすいADHDのお子さんは、多数派のお子さんと比べ、より大きな楽しみをゲームから受け取っている可能性があります。お子さんが『ゲームやネットだけが頼り』という状態ならば、頼れる先をなくすのは得策ではありません。また、ASDのお子さんは会話が苦手な子も多いのですが、ゲームが同世代のお子さんとの共通の話題になり、『ゲームの話をするために学校に行きたい』といった動機づけにもなります」

親の目には「ネットやゲームを長時間しすぎることが問題」と映っていても、その奥には子どもが別の問題を抱えている場合もあるという。

「発達障害のあるお子さんは、例えば歯磨きやお風呂、学校や勉強など、人生に必要なものに抵抗があると、インターネットやゲームの使用時間が長くなる傾向があります。多数派の子よりも、日常のルーチンや勉強を嫌いにならないための工夫や大人の手伝いを必要とするので、インターネットやゲームへの使用時間が長すぎると感じたときは、お子さんが何を苦痛に思っているのかを考えていくと解決の糸口が見えやすくなります」

「学校や教員の役割」は、学校や勉強を好きにさせること

保護者から子どものインターネットやゲームの利用について相談される教員も多いようだが、学校や教員はどんな対応をするのがよいのだろうか。

「学校の先生に期待したい役割は、学校や勉強を好きにさせること。例えば『学校が楽しい』『勉強が自分の将来につながる』と子どもが実感できるようにすることではないでしょうか」と、吉川氏は考える。

そのため、保護者から相談を受けた際にまず考えるべきは、「その子が学校や勉強を好きかどうか、将来への期待を持っているかどうか」だという。

「学校や勉強が嫌いとか先生や友達ともめているなら、そこは学校が解決する必要があります。一方、学校も好きで勉強への意欲もあるけれど、ゲーム課金の問題を抱えているなどの場合は家庭内で話し合うか、しかるべき窓口に相談してもらうほうがよいでしょう。また、親子の対立をあおらないよう気をつけてください。守れる見込みのないルールを示して『必ず守らせてくださいね』などと助言すると問題は悪化しますので、注意が必要です」

大人でもついやってしまうインターネットやゲームの長時間利用。特性を踏まえた道具の使い方がより必要な発達障害の子どもがICT機器のメリットを最大限に生かし、デメリットを最小限に減らすためにも、大人と子どもが一緒に考えていく必要がありそうだ。

(文:吉田渓、注記のない写真:Tatsuya Osawa/PIXTA)