文部科学省が取り組んでいる海外留学を増やすキャンペーン「トビタテ!留学JAPAN」などによって、2033年までに日本人学生・生徒の海外留学者数を全体で50万人にまでに引き上げる計画が進んでいます。
海外進学というと、今も英語圏のアメリカ、イギリスを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。しかし近年は、1980年代生まれの親世代とはまったく異なり海外進学は多様化しています。マレーシアをはじめとするアジアの大学への進学が増えているのです。
約30年で世界大学ランキングの顔ぶれも様変わり
イギリスの世界大学評価機関であるクアクアレリ・シモンズ(Quacquarelli Symonds:QS)が公表した2024年の「QS世界大学ランキング」では、1位にアメリカのMIT、2位にイギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドン、3位にオックスフォード大学と並びます。
アジアでは、シンガポール国立大学がアジア最高位の8位、北京大学が14位、シンガポールの南洋理工大学が15位、香港大学が17位、精華大学が20位、ソウル大学が31位、東京大学が32位と上位の顔ぶれは中国、シンガポールなどが並びます。
世界大学ランキングは、アメリカとイギリスが上位を独占していた時代から1990年代以降、アジアなどの経済成長と大学教育の充実によりアメリカ、イギリス、ヨーロッパに加えて、アジアの大学も多くランクインするようになっています。
大学ランキングはよし悪しあれど、世界中に広がりランキングが拡散されます。昭和・平成生まれの世代の方には、東京大学こそがアジアトップの大学という認識を持つ方が今も多いですが、現在の中高生にとってのアジアトップ大学は、シンガポールや中国、香港の大学です。
2010年、2020年、2025年の世界大学ランキングにおけるトップ50を比較するとアジアの大学の台頭ぶりがよくわかります。
マレーシアの大学が躍進している
最近、世界大学ランキングではマレーシア、インド、台湾、サウジアラビアなどの大学の追い上げが目覚ましいのですが、中国・香港・シンガポール以外のアジアで200位以内に大学をランクインさせているのがマレーシアです。
60位の国立マラヤ大学を筆頭に、138位にマレーシア国民大学、146位にマレーシア科学大学、148位にマレーシアプトラ大学、181位にマレーシア工科大学と200位以内に5大学が入り、層の厚さを見せています。ちなみに日本の早稲田大学は181位、慶応大学は188位です。
マレーシアは、国内大学を強化するとともに海外大学の分校を誘致しています。旧イギリス領のためマレーシアの教育課程は、イギリス式教育課程と互換性が高く、1998年以降、イギリス、オーストラリアの大学分校を誘致しています。
海外大学の分校の誘致の背景には、マレーシアの国立大学がマレー人を優遇し中華系、インド系の学生が海外に進学して留学赤字が拡大したこともあり、国内に海外大学分校を整備してきたという経緯があります。日本からは筑波大学マレーシア校が2024年9月に開校しました。
<イギリス>
ノッティンガム大学マレーシア校
サウサンプトン大学マレーシア校
ニューカッスル大学(医学部)マレーシア校
レディング大学マレーシア校
<オーストラリア>
モナシュ大学マレーシア校
ヘリオット・ワット大学マレーシア校
スウィンバーン工科大学サラワク校
<中国>
厦門大学マレーシア校
<日本>
筑波大学マレーシア校
こうした海外大学分校も含めて、マレーシアの大学が日本人の高校生の有力な進学先の1つになってきていますが、なぜ人気になっているのでしょうか。
その背景を探ると、「英語で学べるコスパとガクチカ」「海外研修による接点」「アジアの魅力」という3つの要因があります。
まず「英語で学べるコスパとガクチカ」ですが、世界大学ランキングの上位にあるマレーシアの大学の多くは、英語で学べるコースや環境を用意しています。アメリカの名門アイビーリーグでは平均年間1400万円ほど、イギリスの大学では300万〜800万円ほどと学費が高騰しており、英語で学べるマレーシア、インドなどの競争力が高まっています。
マレーシアの大学は、国立と私立があり、国立マラヤ大学の外国人向けの授業料は、年間約150万円。寮費や生活費込みで、250万円あれば十分に暮らせます。またマレーシアは、マレー系、中国系、インド系の方が住んでおり、多様な民族が暮らしています。
アジアの多様な民族と英語で学ぶ大学生活を送った人材は、企業からするとアジア地域の即戦力です。就職活動でも学生時代に力を入れたこと、いわゆる「ガクチカ」を語るのにも、アジアの大学で学んだ経験は有利に働きます。
またアジアには、今後も成長が見込まれる国が多くあります。日本では人口減少が進んでいて経済成長率も年2%程度ですが、アジアには人口増加が続いている国が多くあってマレーシアやインドネシア、ベトナムなどの国々は、2050年までに年率5%以上の経済成長が今後数十年続くと予想されています。すなわち、伸びしろが違います。
中でも、マレーシアは成長著しいアジアの中心に位置し、東南アジアのハブであるシンガポールにも飛行機で1時間と近く、利便性の高い場所にあります。こうした活気あふれる場所で大学の4年間を過ごすのは、人生においてもかけがえのない経験となるはずです。
学生時代の友人関係は、人生における人脈の土台です。学生時代を経済と人口の伸びしろが見込まれるアジアで送ることは、戦略的な人脈作りにもなります。
高校で行っている海外研修もアジアが選択肢に
次に、高校で実施されている海外研修の多様化の影響もあります。従来、アメリカ、イギリス、カナダなど英語圏が中心だった海外研修が、今や多様化しておりマレーシア、ベトナム、インドなどが人気になっています。
もちろん、円安の影響もあるかもしれませんが、近年の高校の修学旅行も「探究学習」を軸にしており、新興国の経済発展と格差や持続可能性などを体験するプログラムが人気です。
背景には、大学入試で総合選抜型が中心になり、生徒が学ぶ目的とキャリアを含めた志望理由が重視されていることが挙げられます。高校側は、早期から生徒の学びたい内容と進学先がうまくマッチングするように海外研修をマインドセットと興味、関心の掘り下げの場として活用しているのです。
東京都世田谷区にある私立の昭和⼥⼦⼤学附属昭和中学校・昭和⾼等学校のグローバル留学コースでは、アメリカやカナダ留学に加えて「アジアディスカバリー」という海外研修を実施しています。自己発見プログラムとして、マレーシアとシンガポールを訪問するのですが、同校の真下峯子校長は次のように語ります。
「現在、グローバル留学コースの中3の生徒が『アジアディスカバリー』でシンガポールに3日、マレーシアで1日を過ごします。シンガポールでは現地企業や南洋理工大を訪問し、企業と大学で最先端の研究を体験します。マレーシアでは現地の小学校を訪問し、地域研究を実施しています。多様な文化を理解して受け入れ、いろいろな文化を持つ人々と共に生きることができるようなグローバルマインドを作るには、自分たちが生きるアジアの人々のマインドや文化、生活を知ることが出発点だと考えました」
一方、奈良県にある西大和学園中学校・高等学校は、高1の海外探究プログラムとしてインド、ベトナム・カンボジア、シンガポール・マレーシアの3コースのうち1コースを選択して訪れることを必須としています。ほかにも、非英語圏に行って、感じ、考えさせ、行動することに重きを置く学校は増えています。
こうした経験が、高校生にとってアジアに親近感と同時に関心を持つきっかけとなり、やがては大学の進学へとつながっていくのだと考えられます。
シンガポールは、国策として優秀な人材の囲い込みのために、学費以外にも生活費を含めた高額な奨学金で日本人生徒を獲得しようとしています。一方、マレーシアは欧米の大学にはないアジアの多様性豊かな学生構成があり、なおかつ英語で学べるコースが多く選択肢も豊富です。
また学校側も世界の魅力ある大学との接点を深めています。
2015年からマレーシアの大学への進学指導を始めている大阪府・寝屋川市にある香里ヌヴェール学院中学校・高等学校の池田靖章学校長は「本校からマレーシア、台湾、韓国など多くのアジア圏の大学に進学をしています。授業料などの経済的な負担を軽減できることや、第2言語として英語で授業を受けられるのが理由として挙げられます。英語がそこまで得意ではないけど、チャレンジしてみたい人からすると、かなり難易度が下げられます」。また人種差別も少なく、日本人生徒にとって学びやすい環境と指摘します。
マレーシアは、大学の国際化を進めるとともに移住者を積極的に受け入れてきました。イギリスのマルボロカレッジ、エプソムカレッジなどを誘致し、教育移住する方も増えています。
また、多くの国は、インターナショナルスクールに通うことを義務教育違反としているが、マレーシアは、規制緩和をして国民がインターナショナルスクールに通うことも認めています。インターナショナルスクール卒業生が大学に志願してくるケースも増えており、マレーシアの大学の学生の外国人比率がさらに高まっていくと考えられます。
世界で優秀な人材の囲い込みが始まっている
イギリスでは、世界大学ランキングの上位の卒業生に就労のためのビザ取得などで緩和措置を出しています。アメリカも、アメリカの大学を卒業するとグリーンカードが取得しやすいように制度変更を検討しており、世界レベルで優秀な人材の囲い込みが始まっています。
従来の国内大学に進学し、新卒として就職する主流に対し、海外大学に進学する国際ルートは、これまでアメリカ、イギリスが中心でした。
国内大学では、大学の専攻を英語で学びたい場合、専攻が狭まってしまいます。一方、アメリカやイギリスなどの欧米の大学では、授業料や志願時の英語力などハードルが高いこともあって、第3の選択肢としてアジアの大学が人気になってきました。
国内大学と比べ、アジアの大学は英語で学べて、学費と生活費を合わせてもトータルコストが欧米大学に通うよりも安く済みます。卒業後の就職面でも、大企業の売上の半分がアジアになる時代において、アジアの多様性に強い学生は人気になっています。
国内、欧米の間にあるアジアの大学が、新たな潮目として世界トップの頭脳を引き込もうとしています。
(注記のない写真:jessie / PIXTA)