論理的思考を養う、ディベートと“立論”
今回の「立論グランプリ」は、全国の中学校・高等学校から中学の部は計29校、高校の部では計31校が参加し、立論原稿による予選を経て、上位5校(中学の部は同点が2校あり計6校)が決勝に進出。それぞれ「救急車利用の有料化」(中学の部)、「首相公選制」(高校の部)の是非をテーマに自分たちで構築した“立論”を発表し合った。
競技におけるディベートとは、1つの論題について、肯定側と否定側に分かれて決められたルールに基づいて議論を戦わせ、第三者の審判によって勝敗を争うものだ。“立論”とは、そのディベートの一部である。“立論”は、主張したい論について引用を用いて、いかに筋道の通った議論を組み立てられたかを競う。
審査は「分析」「理由付け」「証拠資料」「構成」、決勝ではこれらに「表現」を加えた5つの観点から評価され、参加した生徒たちは入念な準備を重ね、論理的思考をもとに、それぞれのテーマの是非について“立論”を競い合った。
厳正な審査の結果、今大会の1位は中学・高校の部ともに名古屋の東海中学校、東海高等学校がそれぞれ勝ち取った。中学の部では2位に渋谷教育学園幕張中学校、3位に南山中学校女子部。高校の部では2位に鎌倉学園高等学校、3位に開成高等学校が入賞した。今大会についてNPO法人全国教室ディベート連盟理事長の藤川大祐氏は次のように総評した。
「今は不確かな社会だからこそ、自分とは異なる立場の人の意見を聞き、議論を重ねることで、問題解決のためによりよい答えを探していくことが不可欠です。そのためにも、今回の大会を通じて相手の考えを知る重要性をぜひ感じてほしいと思っています」
藤川氏が言うように現在、日本の学校教育においても「知識の活用」「言語能力」「問題解決能力」が求められるようになり、国語、社会科、総合的な学習の時間などでディベートに関する内容が取り上げられるようになっている。ディベートの技術と発想は、変化の激しいこれからの社会を生きていくための不可欠な素養といえるだろう。
今回、「立論グランプリ」を主催した全国教室ディベート連盟は1996年に発足して(2004年からNPO法人に認可)以来、教室ディベートの教材・指導法の開発や全国各地でのディベート講習会の開催、そして「ディベート甲子園」(読売新聞社との共同開催)などの活動を行ってきた。一から組織の立ち上げに携わってきた藤川氏は、団体設立の経緯についてこう語る。
日本におけるディベート教育の幕開け
「90年代から日本の教育現場でも討論や話し合いの重要性が問われてきましたが、実際の授業では特別な能力を持った名人のような先生が教えるのみで、一般にどのようにディベート的な授業を広げていけばいいのか、なかなか有効な手立てがありませんでした。そこで私も参加していた教職員や研究者らの勉強会である『授業づくりネットワーク』を母体に教育者向けのディベート講座を立ち上げ、自分たちも教育法を学びながら、団体をつくり、ディベート大会も行うようになったのです」
団体設立時、藤川氏は30歳で大学講師になったばかり。その頃、活発な討論が行われる多様性を尊重した授業はあったものの、多くの授業は先生が一方的に教えるのみ。現状の学校の授業のあり方を変えたい、新しい教育をつくりたいという問題意識があった。
「ディベートに対する機運が盛り上がる中で、日本のディベート教育を発展させたいという熱い気持ちを持った仲間たちが集まりました。当時、東大助手で、その後エンジェル投資家として活躍し、『僕は君たちに武器を配りたい』などビジネス書のベストセラー作家でもあった故・瀧本哲史さんも支援してくれた一人です。そうした皆さんのおかげでディベート甲子園も団体設立の初年度からスタートし、多くの学校の参加がかないました。
以来、25年近く経ちましたが、これまで続けてこられたのも大会に参加したOB・OGたちが協力してくれたおかげだと考えています。今では運営スタッフのほとんどがOB・OGで、弁護士や医者、研究者など各界で活躍している方々も多く、年を重ねるごとに彼らの熱意ある支援もあって、充実したディベート大会が実現できるようになっています」
本来なら2020年の「ディベート甲子園」は25年目の記念となる大会になるはずだったが、コロナ禍で中止を余儀なくされ、代わって「立論グランプリ」を開催することとなった。
「ディベートの基礎として重要な部分である“立論”は、青年の主張のような単純なスピーチではありません。立場の違う相手がいる中で、批判的な見方を考慮に入れつつ、自分たちの主張を限られた時間の中で伝えていく。その意味で、“立論”は今求められる問題解決能力の基礎となるクリティカルシンキングを身に付けることにもつながっていくものなのです。今回、“立論”に集中したことで、これまでの大会の中でも、より議論を整理することができた。今後のディベート大会でも今回の経験が生かされていくだろうと考えています」
こうした“立論”やディベートを学校の授業に徹底させることで、藤川氏はこれからの教育にどのような効果を生み出したいと考えているのだろうか。
「端的に言えば、答えのない問題について、自分自身で考えられるようになり、他者ともコミュニケーションを取れるようになってほしいということです。しかし、いまだ、そうした能力を身に付けるための教育が多くの学校では実践されていません。その結果として、学校的なコミュニケーションが、多くの人にとって今の社会を生きづらくさせているのです。お互いが違う考えを持っており、互いに異なる考えを前提として話し合う。それには人の話を丁寧に聞くことが必要です。これからまさに問題解決力が社会で求められる中で、立論やディベートを通して、新たな道を切り開くための能力を身に付けてほしいと思っています」
そう語る藤川氏は、毎年のディベート大会を通じて、子どもたちの成長も感じるという。
「昔と比べて、参加する子どもたちの能力は各段に上がっています。ディベート教育の成果が多少とも出ていると思われるのは、従来であれば大きな声を出して強調することでディベートをした気になっていたものが、今ではロジカルに根拠と主張を関連づけて、きちんとデータで裏付けをし、相手の発言を丁寧に聞き、分析して自分の主張を深めることができるようになった。少なくとも『ディベート甲子園』や『立論グランプリ』に参加するような子どもたちはこうした能力が随所で発揮されるようになっていると考えています」
昨年は中止となった「ディベート甲子園」だが、今年の開催については新型コロナウイルスの状況次第ではあるが、前向きに開催を検討していきたいと語る藤川氏。これからの日本の教育を担う教職員に対しては、どのような期待を持っているのだろうか。
「異質な者同士が話し合い、問題解決ができるような教育を実現してほしいと思っています。その意味で、ディベートは言葉を使う能力を高めるトレーニングとしてぜひ活用してほしいですね。近年ますます教育におけるディベートの重要性が広く認められるようになっている中で、これからもディベートに取り組みたいという先生方や生徒の皆さんと一緒に、日本の教育をよりよいものに変えていきたいと考えています」