2023年度から文部科学省によるモデル事業を実施
文部科学省によると2022年度の教育職員※(以下、教職員)の精神疾患による病気休職者数は過去最多の6539人で、2021年度の5897人を642人も上回った。2年連続過去最多の病気休職者数を記録していて、中でも20代など若い教職員の割合が高くなっているという。
文科省は改善のために、以前より下記のメンタルヘルス対策のいっそうの推進を行ってきた。
② 健康障害等に関する相談体制の整備(相談窓口の設置・教職員への周知など)
③ 復職支援の取り組みの推進(復職プログラム実施中の状況把握、復職後の経過観察など)
④ ストレスチェック等の取り組みの推進(ストレスチェック及び結果に基づく面接指導など)
⑤ 医師等による健康管理の推進(医師による面接指導の適切な実施など)
しかし、このような対策をしても病気休職者数は増え続けている。教育研究家の妹尾昌俊氏によると、これらの対策が推進されたとしても、ラインケアに頼りすぎて管理職が教職員のメンタル不調を助長する、産業医が配置されていても辛いときに見ず知らずの人に相談できない、サポートスタッフが配置されても解消できないほどの人員不足などが起きており、まだまだ解決への道は遠いという。
「病気休職者数が増え続ける原因の1つは教員不足です。病気休職者が増えると残された教職員の負担が増します。小学校教員のうち約41%は忙しさによる深刻な寝不足に悩んでいて、それが原因でメンタル不調や不眠が起き、子どもと教員の間にトラブルが増加。それにより病気になり、休職するというループが起きています」(妹尾氏)
このような現状を受け文科省は解決へ向け、2023年度より新たな施策を実施している。文部科学省初等中等教育局初等中等教育企画課課長補佐 鏡味佳奈氏は、こう話す。
「2023年度から新たに、公立学校教員のメンタルヘルス対策の調査研究事業を立ち上げました。専門家と協力しながら病気休職の原因分析や、メンタルヘルス対策及び労働安全衛生体制の活用などに関するモデル事業を実施。そこから事例の創出や効果的な取り組みの研究を行っています。
2023年度に実施したのは、沖縄県教育委員会を含む4自治体です。具体的な取り組みとして『困難な業務への取り組みについて、知見を持った専門家を招き対策を考える』『管理職にラインケアの研修や啓発を実施し、ストレスチェックの受検率向上に取り組む』『ストレスチェックの結果を校内で活用する』『オンラインを活用した相談体制の実施』『保健師や精神科医をオンライン相談窓口に配置、休職者への面談』などを行っています。現在は取り組みを検証しながら、効果的な事例を推進できるように進めています」
※教育職員とは公立の小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校における校長、副校長、教頭、主幹教諭、指導教諭、教諭、養護教諭、栄養教諭、助教諭、講師、養護助教諭、実習助手及び寄宿舎指導員 (総計918,987人〈令和4年5月1日現在〉)
教育現場だけではなく、家庭の協力も必要
このような現状の中で2022年度には全国平均の約2倍、5年間で1.34倍の病気休職者数を出し、16年連続ワースト1位を記録しているのが沖縄県だ。人員不足により2023年度4月の教員未配置は23人にも及んでいて、休職者には40代、50代が多い。
教職員の病気休職者の多い沖縄県は、全国の小6、中3を対象に文科省が毎年実施している全国学力・学習状況調査で、2024年は最下位となっている。
「私は子どもたちの学力と教育職員の病気休職者数の間には、大きな関係があると思っています。子どもたちの学力対策に追われることで教職員はさらに忙しくなり、よりプレッシャーを受けているのではないでしょうか。
また、全国的に増えている不登校児ですが、沖縄県は全国ワースト2位、小学校だけだとワースト1位と非常に深刻な状況です。不登校の子どものケアや対応に追われることも、休職者数の増加と関係していると考えられます」(琉球大学教授 西本裕輝氏)
西本氏は、その根本には沖縄での家庭の教育力が影響しているのではないかと見ている。2021年度の全国学力・学習状況調査の生活調査によると、朝食の摂取、規則正しい就寝・起床、スマホの約束、コロナ禍の休校中の規則正しい生活では、沖縄県はいずれも最下位や40位付近と低い順位だった。
「子どもたちの生活習慣の乱れが大きいと、教職員はその指導にも追われることになります。例えば朝から眠そうにしている、朝からお腹を空かせている子どもへのケアや対応に時間を割かれることで、業務はより逼迫。生活習慣だけでなく学力、不登校などすべての問題が、教職員の休職率とリンクしているのではないでしょうか」(西本氏)
学力テストで上位になることの多い秋田県は生活習慣も整っていて、不登校率も沖縄県の半分、そして教職員の休職者数は沖縄県の3分の1程度だ。各都道府県を見ても子どもたちの学力が高ければ高いほど、不登校率が下がれば下がるほど、教職員の休職者数は下がっているという。
そして、生活習慣がきちんとしている都道府県ほど、同じように教職員の休職者数は低い。文科省や教育機関の努力はもちろんだが、教職員を救うために、今後は家庭の協力も不可欠だと言える。
モデル事業参加により見えてきた沖縄県の課題
このような現状を改善するために、沖縄県は2023年度に「働き方改革推進課」を設置。学校における働き方改革の推進と、教職員のメンタルヘルスケア対策のため、「健康管理班」と「働き方改革班」を立ち上げた。さらに同年から、那覇市と連携して文科省のモデル事業に参加している。
「まずICT×専門的人材の取り組みを行いました。オンライン相談窓口の設置、さらに教員向けセルフケア研修、管理職向けラインケア研修、復職支援の取り組みのすべてをオンラインで実施。休職者の現状分析や校長対象・全教員アンケート、学校訪問・校長ヒアリング調査など、メンタルヘルスに関する調査も行いました。2023年から始まったモデル事業ですが、沖縄県では2024年も引き続き行っています」(沖縄県教育委員会働き方改革推進課 課長 上江洲寿氏)
実際に取り組みが行われたのは2023年11月からだったため、十分な実績が出るのはこれからではあるものの、市町村が抱えるさまざまな課題が見えてきた。
「まず教育職員の主なストレス要因は保護者対応、対応困難な児童・生徒への対応、事務的な業務量でした。そしてメンタル不調の主な要因は仕事の質・量、人間関係で、職場にあることがわかったのです。これによりメンタルヘルス対策だけでなく、働き方改革も同時に行う必要があることがわかりました。
具体的にはこれまでは管理者によるラインケアが重要視されていましたが、鍋蓋型組織の学校ではそれにも限界があります。ラインケアだけに頼らない、学校組織に応じたメンタルヘルスケアを検討しています。また、相談窓口や保健師などの専門職が、第三者的立場から関与する仕組みの検討、効果的な復帰プログラムの見直しと再構築も進めています。
また、沖縄県はメンタルヘルスケア対策以前の問題として、労働安全衛生管理の啓発や活性化にも大きな問題を抱えています。そのため、それらの改善にも努める予定です」(上江洲氏)
実際に教員の安全と心身の健康を確保する労働安全衛生法などにより定められた取り組みに対し、沖縄県の小中学校は産業医の選任や衛生委員会の設置などが、全国平均の半分程度だった。そのため2024年度より那覇市教育委員会事務局に、保健師が配置された。それにより、学校における労働安全衛生管理の活性化に向けての学校回りがスタートしている。
現在は業務を優先するばかりに、自身のメンタルヘルスケアの重要性に気づいていない教職員がほとんどだ。若い年代からそれらの重要性に気づき、正しい知識や理解を身に付け、適切な行動を取れるようになることが急務となる。
(文:酒井明子、注記のない写真:jessie / PIXTA)