多い「適応障害」、若手教員の発症も増えている

――文科省の「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」では、精神疾患による病気休職者数は6539人と過去最多となり、20代から40代が多い結果となりました。とくに20代の割合が増え、小学校の教員の割合が高いです。三楽病院は教員の受診患者数が全国で最も多いそうですが、精神科医として教員を診察している立場から、この結果をどうご覧になっていますか。

あまり違和感はないですね。50代が少ないのは意外ですが、当院でも精神疾患で受診される教員の割合は20~40代で高く、20代が増加しています。

うつ病は40代以上が多いですが、実は精神疾患で当院を受診される方のうち、うつ病が占める割合は必ずしも高くはなく、教員でも2割を切ります。最も多いのは、全体の7~8割を占める適応障害。年代を問わず見られ、とくに若手教員が過重労働をはじめとする業務の負担によって発症するケースが増えています。学校種で見ると、当院でも高校の先生方に比べて小・中学校の先生方の精神疾患の割合が高いです。

――休職発令後の状況はいかがでしょうか。文科省の調査では、復職者が39.9%、引き続き休職する人が40.7%、退職者が19.4%となっています。

当院でも同様に、退職される方が2割程度います。退職後の進路はさまざまで、学校での補助的な仕事や学童など教育関係の仕事に就かれる方が多いですが、中には絶対に学校関係だけはいやだということで、まったく違う仕事を選ばれる方もいらっしゃいますね。

「大人との関係」が背景にあるケースが増加

――文科省が令和4年度に行った「教員勤務実態調査(確定値)」の分析結果では、「在校等時間が長い」「年齢が若い」「担任する学級に長期欠席者(不登校)が在籍している」教員ほど、相対的に心理的ストレスの状況が悪いと指摘されています。こうした傾向も実感されていますか。

真金 薫子(まがね・かおるこ)
公益社団法人東京都教職員互助会 三楽病院 精神神経科部長
東京医科歯科大学医学部卒業。大学病院、民間精神科病院等での勤務を経て、1998年より三楽病院精神神経科勤務。2007年より現職。2016年より東京都教職員総合健康センター長。東京都教育庁委嘱医。東京医科歯科大学臨床教授。著書に『月曜日がつらい先生たちへ 不安が消えるストレスマネジメント』(時事通信社)など
(写真:本人提供)

やはり若手教員の方は、学校に残って長時間仕事をすることが多く、「若いからできるはず」「若いから経験を積みなさい」と言われ、断れない仕事が増えているように見えます。その結果、限界を超えてしまうケースは多いです。

不登校の対応に関しては、児童はもちろん、保護者にも気を使わなければならないため、負担が増すのだと思います。自分が担任している間に新たに不登校が発生すると、学級経営にもすごく神経を使うと聞きます。

――メンタル不調に陥る教員の背景として、顕著な特徴はありますか。

これまでは学級崩壊など生徒指導に苦慮してきた教員の方々が最も多く、3~4割を占めていたのですが、最近では同僚や上司など職場の人間関係がつらいと訴える方々が年代問わず増えています。コロナ禍対策が落ち着いた頃から様相が変わってきて、驚いています。

推測になりますが、指導の大変さがなくなったわけではなく、むしろ常態化していて、その苦しさから救われたいと思う期待が同僚や上司に向かうようになったのかなと。そこで人間関係がうまくいかなくなると、調子を崩してしまうのかもしれません。また、保護者対応の悩みで診察に来られる先生方も増えており、子どもとの関係ばかりではなく大人との関係が不調の背景にあると感じます。

――皆さん、ご自身の不調を自覚してすぐに病院へ足を運ばれるのでしょうか。また診断後は、どのようなプロセスで回復されるのでしょうか。

体調の異変や苦しさを感じつつも、仕事は続けたい一心で年単位で我慢してしまうなど、ギリギリまで頑張った末にやっと病院に来られる方が多いですね。

その後は、仕事でご本人が悩んでいる場合や、治療しながら仕事を続ける場合は、教頭や校長など管理職の方もお呼びして話し合いをします。現場は人手不足のため、もし休職となると学校運営にダイレクトに影響が出るので、皆さん積極的に来られますね。ご本人の受け止め方と周囲の見方が違うこともあるので、現場との情報共有は大切です。

治療しながら仕事を続ける場合ですと、授業以外の校務分掌は一時的にはずしていただくなど、とにかく仕事を減らすようお願いしています。環境調整がうまくいって薬が合うと、早ければ2週間ほどで効いてきて、そのまま回復される方もいらっしゃいます。

適応障害の場合は不調の原因が明確ですので、原因の軽減を目指します。例えば部活動をはずしていただくなどの調整をしてうまくいくケースもあります。

「一見、元気な人」にも落とし穴がある

――長らく教員の精神不調の問題が解決されない理由は、どこにあると思われますか。

学校現場では、年々「〇〇教育」などビルドアンドビルドで課題が増えており、その対応に追われています。コロナ禍以降は、ICTの活用も推進されています。取り組むべき課題が増えるほど付随する問題も出てきますので、対応しなければならないことがどんどん増え、人手不足も相まって大変さが増しているのではないでしょうか。

――学校におけるメンタルヘルス対策として重要なポイントについてお聞かせください。

最近口数が少なくなったとか、1人でいることが多くなったとか、ちょっとした変化がサインになることはありますが、精神疾患の発症は本人も周囲も気づかないことが多いもの。一見、元気な人にも落とし穴があるんです。とくに過重労働に慣れて疲労感を感じなくなっているときは危険で、その状態でやりがいが損なわれる出来事が起こると、急に落ち込んで一気に疲れが出て急激に落ち込んでしまいます。

この時期ですと、元気に頑張っている新規採用教員の方にも注意が必要です。ニコニコしていても、本人は不調を自覚していることがあります。順調にやってきたベテラン教員も、「自分でやったほうが早い」と仕事を抱え込む、率先して難しいクラスを持つといったことが長く続くと落ち込みやすい傾向にあります。

そのため、ラインケアにおいて管理職は常日頃から職員間の信頼関係を築くこと、セルフケアでは自分の状態に意識して目を向けることが重要です。

また、調子がよいときと悪いときでは、力点を変えなくてはいけません。本人の調子がよいときにおいては、やる気をかき立てるようなラインケアや、理想を持って頑張るようなセルフケアで、生き生きとしたよい循環をつくることができます。しかし、不調のときはそうしたケアではむしろメンタルを害するため、今できることを着実にやるようなケアにシフトしていくことが大事です。

「8割回復」では復帰が難しい教員ならではの事情

――精神疾患で休職した教員の復職において重要な点についても、お聞かせください。

やはりラインケアは重要です。また、療養中に何らかの復職支援プログラムを利用してリハビリをしたほうが、その後の経過がよい場合が多いですね。

例えば、病院やクリニックで実施されているリワークデイケアがあります。外出するリズムをつくったり、仕事に近いデスクワークをしたり、病気の振り返りや再発予防の認知行動療法を行ったりします。そのほか、専門機関の公的なリワークもありますし、自治体によっては、勤務していた学校で復帰に向けた準備をする場合もあります。

ちなみに復職の際は所属していた学校に戻るという現校復帰の原則がありますが、発症の原因が職場にあるために現校復帰のハードルが高い場合も多く、その点は長年の課題となっています。

また、年度途中の復帰は動いている学校の流れに途中から入る難しさがあり、業務配置上の工夫も必要です。そのためご自身も学校も「なるべく自然な形で4月に復帰を」と年度始めを希望されることが多いのだと思いますが、実はあまりお勧めできません。4月は先生方が一番忙しい時期なので、本当はなるべく行事などがない時期の復帰が望ましいのです。

企業であれば部署替えや部署内の業務調整などで業務の軽減が図りやすいですが、教職員はどうしても、数十名の子どもを前に毎日数時間の授業をする必要があり、子どもだけでなく保護者にも対応しなければなりません。そのため、教員の場合は、確実に業務遂行能力が回復していないと戻れないという難しさがあります。

私たち医師も通常なら8割回復していれば「復帰可能」と診断するのですが、教員の場合は8割ですと、復帰してもすぐに再休してしまうことが多い。だからこそ、充分準備して復帰することが大切になります。

5月だけではない!6月・8月・9月・11月も注意

――5月病と言われますが、とくに初任者や異動などで環境が変わった教員は、この時期に体調を崩しやすいのでしょうか。

はい、4月の疲れが5月のGWにどっと出るのはよくあること。経験上、2学期が始まる直前の8月末~9月、行事のピークを乗り越えた時期に当たる6月や11月も教員は不調に陥りやすいです。教職員と児童生徒が不調になる時期は連動しており、注意が必要です。

疲れが2週間以上取れない方は、受診をお勧めします。食欲が落ちてきた、なかなか眠れないと感じる場合や、平日は頑張って週末に寝込むという方も注意したほうがいいでしょう。

――メンタル不調の予防策について、アドバイスをお願いします。

日頃から睡眠をしっかり取って、しっかり食べること。過重労働で体調を崩す原因のほとんどは睡眠不足です。教頭先生くらいになると4時間睡眠の方も多いですが、7時間は寝てほしい。せめて5時間は必要です。学校行事などに120%の力を注がないことも大切ではないでしょうか。頑張りすぎると、気を張っていてもどこかで疲れが溜まっているものです。

また、もし悩みがあっても引きずらないこと。悩みについて考えている時間が長いほど、病気になりやすいです。気分を切り替えるためには、ウォーキングやスポーツなど身体を動かしてリセットすることをお勧めします。アルコールは控えめにしましょう。

学校はエンドレスで対応を求められるので、その点も何とかしたいものです。ただ、学校だけで切り替えることは難しいかもしれません。そこはやはり国や教育委員会が介入して、部活動や保護者対応に制限時間を設けるなど、トップダウンで行うべきではないでしょうか。

(文:國貞文隆、注記のない写真:EKAKI/PIXTA)