2040年に向けた、私たちの暮らしの未来予測
2020年版の科学技術白書で特徴的なのは、「未来社会」をテーマに、2040年に向けて私たちの暮らしがどう変わっていくのかを予測していることだ。ここであげられている予測は2019年11月に科学技術・学術政策研究所が発表した「第11回科学技術予測調査」を基にしているが、2020年に入ってコロナ禍が拡大し、世界的な情勢に大きな変化が生じている。
そのため、白書でも新型コロナウイルス感染症の拡大によって、これから社会の変化がより加速していくと指摘。テレワークや遠隔教育、遠隔診療などICTを活用したリモート化、デジタル化が急速に進むと予測しており、サイバー空間と現実空間を融合させた新たな社会「Society 5.0」の実現を急ぐことが必要だという認識を示している。
また、デジタル化の急速な進展によって、今現在も新たなイノベーションが起きている中で、さらに将来何が変わっていくのか。最先端の技術だけでなく、人文社会科学の知見も合わせて予測されており、将来の教育や医療、ビジネスなどの方向性を考えるうえでも、多くの示唆に富む資料となっている。
もともと科学技術に関する未来予測は旧科学技術庁が1960年に監修した『21世紀への階段』が嚆矢となっている。70年代からはOECDによって科学技術の動向を予測する「技術予測」が始まり、90年代後半以降からは望ましい未来社会を予測する「フォーサイト」へと予測方法が変遷してきた経緯がある。
近年では各国の政府、民間機関などで未来予測が盛んに行われており、急速に進展するデジタル化がベースとなることを共通認識としている。そのうえで今後の重要ポイントとして、医療やヘルスケアの向上による健康寿命の延伸、バーチャル空間での活動拡大による生活スタイルの多様化、ICTの進展による新たなデータ産業やサービス産業の創出、環境問題に対応した脱炭素化や資源循環の進展による持続可能社会への転換があげられている。
白書では、2040年の未来予測として新たな社会「Society 5.0」が到来することを前提として、①Humanity「変わりゆく生き方」、②Inclusion「誰一人取り残さない」、③Sustainability「持続可能な日本」、④Curiosity「不滅の好奇心」の4つの価値をキーワードにして、「人間性の再興・再考による柔軟な社会」を提示。「Society 5.0」がさらに進化した2040年の社会のイメージとして、「有形(体や物など)」⇔「無形(精神やデータなど)」と「個人」⇔「社会」を掛け合わせ、現在進められているSDGsと照合させた具体的な科学技術トピックとスケジュールが紹介されている。
例えば、2028年に「大規模な地震災害時のリアルタイム被害把握・拡大予測システム」、2029年には「あらゆる言語を翻訳、通訳する即時自動翻訳」、2034年では「3Dプリントによる移植可能な臓器の製造」などの科学技術の社会的実現時期が示されている。ちなみに同年には「動物と話しができるポータブル会話装置」も実現するというのだから面白い。
実際、政府ではAIやIoTなどイノベーションと人間や社会のあり方が密接不可分となっていると認識しており、新たな政策を構築中だ。白書では、未来ビジョンに向けて研究開発を行う「ムーンショット型研究開発制度」やビジョン主導型のチャレンジング・ハイリスクな研究開発を支援する「センター・オブ・イノベーションプログラム」、また未来社会の実験場である2025年の大阪・関西万博、都市・地域の課題の解決を図るスマートシティの取り組み、水素社会の構築に向けた環境・エネルギー技術なども紹介している。
人口減少に伴い、ますます少子高齢化が進む日本だが、単に悲観しているわけではない。人口減少を前提に日本はどう変わっていけば持続可能な社会が実現できるのか。その課題解決のためのヒントを白書から見いだすことも可能だろう。(写真:iStock)