「働き方改革チェックシート」で「伸びしろ」を探そう
文部科学省では2021年3月に「全国の学校における働き方改革事例集」を公開した。これはどんな取り組みによってどんなふうに業務改善が実現されたかという情報をまとめたもので、当該ホームページから確認することができる。文科省は各校でこうしたアイデアを取り入れて、働き方改革に役立ててほしいと考えている。また、オンラインで開催される「学校における働き方改革フォーラム」はこの事例集を広める狙いもあり、教員や教育委員会のみならず、保護者も含めた学校関係者を対象に実施される。
今年3月に行われた同フォーラムでは、さらに一歩踏み込んで、Excelで公開されている「働き方改革チェックシート」の活用法も示された。このシートでは業務内容が14の項目に分類されており、細かくチェックしていくことで、自校の具体的な改善点を探ることができる。説明したのは茨城県の守谷市教育委員会参事である奈幡正氏だ。
「このチェックシートのよさは『実用的』であることで、シートのファイルから事例集に直接アクセスすることもできます。事例集はすでに3回の改訂を経ていますが、忙しくて開く時間のなかった先生も多いでしょう。そうした方々にもぜひ使っていただければ」と、忙しい教員に寄り添いながら話した。「先生の幸せ研究所」代表の澤田真由美氏も「これはチェックすることで一喜一憂するためのものではなく、自校について深く考えていくための素材ですね。まだまだだなと感じる部分はむしろ伸びしろだと捉えて」と、新たなツールの活用を呼びかけた。
デジタル化推進のために「共感」と「小さな成功」を
事例の説明では、現場を知る2人の有識者が登壇した。1人目は札幌市内の小学校で校長を歴任した新保元康氏。現在はほっかいどう学推進フォーラムの理事長を務めている。新保氏が語ったのは「学校・保護者等間の連絡手段のデジタル化」についてだ。
同氏がデジタル化の重要性を痛感したのは2011年3月11日のことだった。言うまでもなく、東日本大震災が起こった日のことである。
「当時勤めていた小学校では、すでに緊急連絡の手段としてメールを活用していたので、すぐに保護者に安全確認の連絡をすることができました。とても安心していただけたことを覚えています」と語り、緊急時だけでなく、なかなか進まない「日常の連絡のデジタル化」についてもその重要性を説いた。新保氏はデジタル化の一環としてプリントの数も減らしたが、保護者はそれらの配布物を「紙爆弾」と呼んでいたという。
印象的だったのは、「どうすれば保護者の理解を得ることができるか」という点を説明した際の言葉だ。新保氏は共働き世帯数の推移のグラフを示しながら語った。
「2000年ごろから専業主婦が激減し、多くの家庭が共働きになっています。忙しいのは高齢者も例外でなく、横断歩道の見守りをしてくださっていた地域のお年寄りが『介護をしなければならないので、見守りボランティアを降りたい』と願い出てきたこともありました。先生だけでなく、今は保護者もみんな多忙の時代。ある保護者の集まりで、私が『お母さんも忙しいよね』と言ったところ、『わかってくれた』と感じたのか、相手の顔がぱっと変わりました」
まずは互いに共感し、共に知恵を出そうという空気をつくることが大切だと語った。
もう一つ同氏が強調したのは、「小さな成功」を積み重ねることの有効性だ。デジタル化を推進する際、「そのよさを生かそうと頑張りすぎる学校」では、新たな負担が増えやすいという。環境整備のためだとしても、度重なるアンケートを実施したり強制的な雰囲気を醸し出したりすると、保護者はデジタル化に対してマイナスイメージを抱いてしまう。まずは難なく納得してもらえる程度の小さなことを実践してみて、確実な成功体験を積むこと。最初から大風呂敷を広げるのではなく、コツコツ進めることが近道のようだ。
奈幡氏も、「守谷のニューノーマル」として進めたデジタル化の一例を示した。
「守谷市では絵画や書道の作品を撮影してクラウド管理することで、教員が作品掲示に割く時間を減らすことができました。1校が単独でやるのではなく、市全体が同じ歩調で取り組めたことも大きかったと思います。デジタル化は保護者こそが望んでいたこと。皆の生活がスマートになることは、教員の授業研究を充実させ、働き方改革だけでなく学び方改革にもつながります」
コントロールを手放して、他者と協働しながら効率化を図る
もう一人、事例紹介で登壇した上部充敬氏も、新保氏と同様のことを語っていた。上部氏は横浜市立日枝小学校で事務職員として働いており、この日は「教員以外の視点」から働き方改革について述べた。
「私は学校でグループウェアを導入しようと言って、大反発に遭ったことがあります。そこでまず簡単なチャットソフトを入れたら『これはいい、もっと機能があるものが欲しい』という意見が出て、結局グループウェアを入れることになりました」と笑い、「小さく実行して、成功のプロトタイプをつくることで早く効果を体感する」ことが重要だと続けた。
上部氏はほかにも、自身の経験から業務改善のポイントを挙げた。とくに強調したのは「一人で丸抱えしないこと」。例えば事務職員が行う備品の補充は、本来は教員の授業や子どもの学習を支えるためのものだ。だが上部氏はいつしか自分が完璧に管理することが目的になってしまい、ほかの担当者に触らせない状況をつくってしまっていたという。
「その結果、自分が休むと在庫補充が滞り、子どもや先生が困ることになりました。限られた時間で効率を上げるには、コントロールを手放しながら、しっかりとリーダーシップを取ることが大切です」
上部氏は「今はまだ、学校は従来の戦力で戦おうとしていると思います。でも学校にもいろいろな人がいて、戦力図は変わってきている」と語る。同氏の学校では地域の障害者施設と協働し、エアコンのフィルター掃除や教室のワックスがけといった、これまで教員が担当してきたが教員以外でもできることを委託しているそうだ。保護者や地域の理解を得る方法としても、「担任だけではなく学校にはいろいろな教職員がいるし、事務職員もいる。担任以外の人に話しかけて解決できることもあると知ってほしい」と続けた。
本フォーラムの談話やパネルディスカッションを通じて実感させられたのは、「忙しいのは教員だけではない」ということだ。保護者も地域住民も事務職員も、そしてもちろん教員も時間に追われている現代。集まった有識者たちが呼びかけたのは、その大前提を認識したうえで、共感し合い支え合うことの必要性だった。人口減少や教員不足が叫ばれる今日、学校に関わるすべての人が「働き方改革」のための重要な戦力であり、当事者であるはずだ。
(文:鈴木絢子、写真:foly / PIXTA)