少人数学級導入の機運が新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに盛り上がっている。政府が一斉臨時休校を要請した今年3月2日から、全国で緊急事態宣言が解除された5月末までの間、多くの小中学校が休校となり、再開後も感染防止策を講じながらの学校運営が続く。
だが、現在の40人学級では、児童生徒の密を回避するのは難しいとして、全国知事会などが少人数学級の実現を国に要望。教育研究者有志も、まず30人学級、さらに20人程度の学級への速やかな移行を求めるオンライン署名活動を始めた。自民党の教育再生実行本部も30人以下の少人数学級のために義務教育法改正を求める決議を採択して「30人学級」を軸に議論が進んでいる。
この問題は、安倍晋三内閣が設置していた教育再生実行会議でも今年7月に取り上げられ、初等中等教育ワーキンググループは「ポストコロナ期も見据え、令和時代のスタンダードとしての『新しい時代の学びの環境の姿』」として、少人数学級導入に向けた議論を進めることで合意した。この方針は菅義偉内閣にも引き継がれ、文部科学省も体制整備費の来年度予算要求を決めるなど、動きが加速している。
新型コロナで注目される少人数学級
小中学校の学級規模は、これまで徐々に引き下げられてきた。1959年の第1次義務教育諸学校教職員定数改善計画で50人とされた公立小中学校の学級編制(1学級の児童生徒数の上限)の基準は、64年から68年まで実施の第2次計画で45人、80年から91年までの第5次計画で40人となった。
だが、その後は、一律の学級規模削減ではなく、政策目的に応じて教職員数を上乗せする加配定数の拡充が進められ、教職員配置について地方の裁量が拡大された2000年代には、自治体が独自に臨時教職員を任用して少人数学級にする動きが広がった。
全面的な学級編制見直しの議論は、少人数学級導入を掲げた民主党政権下で再開される。11年度には、「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」が改正され、小学1年に35人学級を導入。12年度には加配措置により、小学2年でも35人学級が実現した。さらに35人以下の学級を小中学校全学年に拡大する計画案もあったが、政権交代もあって頓挫。その後は14年に小学1・2年を40人学級に戻すことを財政制度等審議会が提案するなど、少子化に合わせて教職員数の合理化を目指す財務省の圧力が強まっていた。
今、少人数学級を導入する意義として、大きく3点が挙げられている。
1つ目は、コロナをはじめとする感染症対策だ。文科省がまとめた「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル」は、人との間隔について、感染レベルの低い地域は「1メートルを目安に最大限の間隔」、高い地域は「できるだけ2メートル程度(最低1メートル)」空けるよう求めた。平均面積約64平方メートルの教室に40人いると、1~2メートルの間隔を空けるのは難しく、学級を2グループに分けて分散登校にするなどの対応が取られたケースもあった。
2つ目は、児童生徒一人ひとりに注意が行き届きやすく、学習面や生活面で、きめ細かな指導ができ、教育の質の向上が期待できる点だ。コロナ禍で必要性が痛感された学校のICT化のため、高速大容量通信ネットワークや、小中学校の児童生徒に1人1台の端末を行き渡らせる環境を整備する「GIGAスクール構想」の効果を高めるためにも少人数学級が必要と、ワーキンググループで指摘されている。
教育再生実行会議で、有識者として意見を述べた千葉県南房総市教育委員会教育長の三幣貞夫氏は「コロナ禍に先立って、昨年秋の台風による家屋損壊や大規模停電・断水に見舞われた南房総市では、心に傷を負った子どもが多くいた。市内では小中学校の7~8割の学級は30人未満になっているが、30人以上の学級では、一人ひとりの表情に注意を払い、声をかけるのは困難になるというのが、現場を回ってみた私の感想だ。学級は生活の集団でもあり、子どもの視点で先生との間に1対1の関係を築くことが教育には重要」と話す。
そして3つ目は、小学校で3割超、中学校で6割近くが過労死ラインに達するとされる、教員の長時間労働の軽減だ。
少人数学級の効果に懐疑的な声が多い理由
しかし、少人数学級の効果には懐疑的な声も根強い。全国で学校が本格的に再開し始めた6月1日から8月31日までに、小学校の児童428人、中学校の生徒266人の感染報告があった。しかし、判明した感染経路は家庭内感染の割合が高く、校内での感染は、児童9人(2%)、生徒18人(7%)にとどまる。
2009年の新型インフルエンザは学校での感染が問題になったが、今のところ、学校での新型コロナ感染は抑えられている。また、少人数学級移行には、数年単位の期間が必要だ。過去の定数改善は、実施までに5年から12年かかっていて、完了時には感染が終息している可能性もある。逆に実施を急げば、短期間で大量任用される教員の質の低下が懸念される。
萩生田光一文部科学大臣は記者会見で「今後、新たな感染症などが来たときに、もう学校を止めない」ための環境整備をこの機に進めたいと、学校のレジリエンスを強化する考えを示している。
何より、2つ目に挙げた教育の質向上については、少人数学級のほうが児童生徒に目が届きやすいという現場の感覚がある。これを客観的に評価しようという研究も行われ、教師の個別指導が増えたり、よそ見や私語が減るといった効果や、学級の人間関係が改善する可能性も示されている。だが、学級人数と学力テストの結果との関係はまちまちで、学級規模縮小による学力向上効果はないか、あっても小さいという見方が強い。
日本の学級規模はOECD(経済協力開発機構)加盟国の平均を上回って大きい水準にあるという実情もある。
しかし「日本をはじめ東アジアの国々は、世界的に見て学級規模は大きいが、学力は高い傾向にある。少人数学級の費用対効果は、よくわかっておらず、感染防止効果も不明だ。エビデンスに乏しいから、やるべきでないとは言えないが、税金の使い道として最善か、見極めるべきだ。学級の少人数化は、実現に莫大な予算がかかり、教員任用が絡むため途中で撤回も難しい。同じお金の使い方としても、全国一律の政策より、現場の課題を解決する施策を自治体の実情に応じて考えてもらうほうが望ましいのではないか」と教育経済学が専門で慶応大学 教授の赤林英夫氏は話す。
一方、3つ目に挙げた教師の負担軽減についてはどうだろうか。文科省が16年度に行った教員勤務実態調査の分析では、前回調査(06年度)に比べて勤務時間が増加した理由として、若年教員の増加、08年の学習指導要領改訂に伴う総授業時数の増加、中学校の部活動時間の増加が挙げられている。
担任として受け持つ児童生徒数の多さが勤務時間に影響するという指摘もあり、学級規模削減により一定の負担軽減効果は見込めるが、増え続ける不登校や外国人児童生徒など多様化する課題に対応する教員の加配、部活動指導の民間委託など、多様な取り組みが欠かせない。その中で、莫大な予算を要する少人数学級の費用対効果を疑問視する声もある。
少人数学級導入の方向性は定まってきたものの、教育再生実行会議のワーキンググループの議論は、まだ途上だ。萩生田文部科学大臣は、さまざまな効果を想定したうえで「おいおい、またしっかりエビデンスを示していきたい」と述べており、議論の深化が期待される。
(写真:iStock)