共通テスト、記述式問題と英語の民間試験導入を正式に断念

文部科学省は今年7月、2025年以降の大学入学共通テスト(以下、共通テスト)への記述式問題と英語の民間試験の導入を断念すると正式に発表した。記述式問題と英語民間試験については、大学入試改革の目玉として、今年大学入試センター試験に代わってスタートした共通テストから導入される予定だった。

だが19年末に急きょ導入の見送りを決定。その後も、25年以降の対応について有識者会議で検討されていたが、最終的にいずれも実現困難という結果になった。記述式問題については、約50万人もの受験者の採点を短期間で行わなければならないことや、採点する人によって得点にばらつきが出てしまう懸念などが解消できなかったことによる。

一方、これまで英語の民間試験は、社会で読む・書く・聞く・話すのバランスの取れた総合的な英語力が求められる中、実用英語技能検定(以下、英検)やGTEC(Global Test of English Communication)、ケンブリッジ英語検定など6つの団体が行う資格・検定試験のスコアを共通テストに利用することが検討されてきた。だが、都市部と比べて受験可能な試験が限定される地域的な事情や、検定料の捻出が困難な家庭があるなど経済格差への対応が不十分と指摘され、導入に至らなかったことが理由だ。

こうして共通テストにおける英語の民間試験の活用は頓挫してしまったが、私立大学を中心に今、個別入試で英語の民間試験を活用する大学は増加傾向にある。

立教大学は英語の独自試験を廃止、英語の民間試験を活用

中でも、積極的な動きを見せているのが立教大学だ。今年の入試から、文学部を対象とした一部の日程を除いて英語の独自試験を廃止し、英語の民間試験を活用している。その理由とは何か。立教大学入試センターの和田務氏は次のように語る。

和田務(わだ・つとむ)
立教大学 入学センター担当課長
(写真は立教大学提供)

「私たちは、読む・書く・聞く・話すという英語の4技能について、少しでもマインドを持った受験生に入学してほしいと考えています。立教では20年度にカリキュラム改革を行い、週3コマの英語授業に加え、1年生の秋学期からは英語でディベートする授業も必修でスタートさせています。こちらは私立大では初めての試みです。また、2年次以降は専門科目を英語で学ぶCLIL(内容言語統合型学習)科目も始まります。こうした質の高いグローバル教育を推進していくためにも、民間試験を活用して幅広く、英語マインドを持った受験生を獲得したいという意向があります」

従来の英語の入試では、4技能のうち「読む」「書く」「聞く」の実力を測ることはできるが、「話す」というスピーキング能力を測ることは難しかった。とくにディベートやCLIL科目など、英語で話すことが前提となる授業を大学に浸透させていくためにも、スピーキング能力を測ることのできる民間試験を活用することが最善と考えたのだ。

さらに立教大学では、今年から一般入試の仕組みも大きく変えた。同じ学科を最大5回受験(文学部は最大6回、理学部は最大2回)できるようにし、学部・学科の併願の組み合わせを柔軟にしたのである。極端に言えば、5試験日で毎日、経済学部経済学科を受けることができるようになったのだ。また、英語では共通テストと民間試験で成績のよいほうが合否判定に使われるなど、他大学とも併願しやすく、立教大学を第1志望とする受験生にもチャンスが広がるという入試設計になっている。

英語の民間試験を活用して幅広く、英語マインドを持った受験生の獲得を目指す立教大学(写真は立教大学提供)

では、こうした入試改革を行う中で、今回の共通テストでの民間試験導入見送りについては、どのような受け止め方をしているのか。外部から見れば、正直、はしごを外された感があるように思われるが、和田氏はこう語る。

「日本の若者の語学力がアジア圏の中でも低下しているといわれている中で、今回の導入見送りは非常に残念に思っています。実は、もともと私たちは、英語の試験で共通テストを利用するつもりはありませんでした。民間試験で実力を測ればよかったからです。しかし、共通テストでの民間試験導入が見送られたことで、国公立併願の受験生や、地方の受験生が立教を受験できなくなってしまう。そこで今年の一般入試では急きょ、共通テストを利用できるように変えざるをえなかったという経緯があります」

つまり立教大学では、共通テストの活用については地方の受験生などに対し受験機会に差が生じにくいようにするための救済策という側面があった。実際、一般入試の受験生の約7割が共通テストと民間試験の両方を利用しており、共通テストのみの利用は2割強となっている。ちなみに民間試験では英検の活用がいちばん多かったという。

今後も立教大学は、独自色を強めるべく、カリキュラム改革を積極的に行っていく。前述の「グローバル」のほか、「リベラルアーツ」「リーダーシップ」といった3つの柱を軸に教育の仕組みを抜本的に変えることを推し進めている。

「とくに各大学では学部による専門分野の学びが中心となっていく中で、立教では幅広い学問を学ぶためのリベラルアーツを中心としたカリキュラム構成にしています。またリーダーシップ教育では、チームで活動するための基礎を学ぶプログラムを用意しており、こちらも立教独自のものとして高い評価を得ています。これからは世界に通用するグローバルな人材を育成していくためにも、首都圏だけでなく、地方のさまざまな受験生の掘り起こしもしていきたいと考えています」(和田氏)

共通テストで「全員に英語の民間試験を課す」には無理があった

こうした状況を大学入試に詳しい専門家は、どう見ているのか。駿台教育研究所 進学情報事業部長の石原賢一氏は、こう話す。

石原賢一(いしはら・けんいち)
駿台教育研究所 進学情報事業部長
(写真は駿台教育研究所提供)

「英語の民間試験を活用する流れは、これからも私立大学を中心に広まっていくとみています。もちろん賛否両論はありますが、リモートワークが必至となったコロナ禍で、ビジネスの現場では各国とオンラインで会議をする機会が増えています。これからの社会を生きていく若者たちにとっては、世界共通語である英語は必要不可欠です。

その意味でも民間試験を活用するという考えはよかった。しかし、それができなかったのは制度設計の段階で見通しが甘かったからです。約50万人の受験生に民間試験を受けさせるというのが本当に現実的に可能だったのか。本来なら、強制的に全員に課す必要はなかったはずで、その段階で無理がありました。もっとうまく導入すればよかったのですが、今回見送りとなったことで、将来的に共通テストで民間試験を一斉に活用するハードルは非常に高くなったと思います」

私立大学では、立教大学のように英語力のある学生を集めることで、多数の受験生の活性化を図ろうという大学が増えている。だが逆に、国公立大学では民間試験の導入に消極的なところが少なくない。一部、先進的な考えを持つ大学では活用を進めているというが、このまま国公立では民間試験の活用は進んでいかないのだろうか。「ポイントとなるのは、その使い方」(石原氏)だという。

思い起こせば、かつて私立大学で当時のセンター試験を利用する大学は少なかったが、今や全私立大学の9割が活用するようになっている。石原氏は、そのように少しずつ進めていれば、民間試験の導入も頓挫することはなかったと指摘する。とくに昨年と今年は、コロナ禍で民間試験自体も十分に実施できなかったことから、時期的にも導入に無理があったとみられる。

これから少子化が深刻化していく中で、大規模な入試は大きな岐路を迎える。「これまでの入試は、たくさんの受験生を効率よく選抜するための手段だった」(石原氏)が、今後は受験生の数が大きく減少していくため、大学は受験生に選んでもらう時代に突入する。だから私立大学だけでなく、国公立大学でも入試改革は待ったなしであり、各大学はアドミッション・ポリシーに合わせて独自色を出していくべきではないだろうか。

その意味でも「英語の民間試験の利用について、国公立大学も各大学の判断に任せてもいいのではないか。定員を分けて、独自の試験や科目の配点を変えるなど選抜方法はいくらでもある。そのためにも、これまでのような規制を文科省は見直すべき」と石原氏は話す。

今後、大学受験の英語はどう対策を行うべきか

では、受験生はどう英語の対策を行っていけばいいのか。今後、学校での指導を変える必要も出てくるのだろうか。

「すでに民間試験を活用する学校は多くなっています。高校1年生か、あるいは中高一貫校では中学から、英検などの民間試験を活用しています。昔と比べても、いわゆる英語の4技能を使うことには慣れてきている。今年の英語の共通テストでは大きく出題傾向が変わりましたが、それほど大きな混乱はありませんでした。大人が思っている以上に生徒たちは対応できたのです。とくに生徒のリスニング能力は、この10年で明らかに向上しています。新しい学習指導要領でも対応済みで、そうした流れにうまく乗って、民間試験にチャレンジしていく。そんな姿勢がこれから重要になってくると思います」

昔は、英語で聞いたり話したりする機会は少なく、読み書きを中心に勉強をしていればよかったが、グローバル化が進む中で、英語への対し方も大きく変わってきているということだ。社会に出て英語が必要になる場面が増えているのはもちろん、コロナ禍で一時止まってはいるものの日本を訪れる外国人も増えている。「サッカー選手が若くしてどんどん海外に出て、英語やイタリア語、スペイン語でインタビューを受ける時代。若い人たちにとって、もはや英語は特別なものではなく身近になっている。英語教育については、むしろ変わるべきは先生たちであり、リスニングやスピーキングに重きを置いた授業をすべき」と石原氏は警鐘を鳴らす。

社会の変化とともに、英語教育が見直されつつある中で、大学入試における英語の中身も変わっていくのだろうか。石原氏はこう語る。

大学入試は、実社会に即した“使える英語”が中心となる一方、難関大学では長文の読み書きを含めた従来型の英語入試が残ると思われる

「ボリュームゾーンの受験生に対しては、実社会に即した“使える英語”が中心となっていくでしょう。SNSで簡単に国内外を問わずコミュニケーションが取れるようになり、文章を訳す力といっても、自動翻訳で十分に対応できる時代です。今はむしろリアルタイムで意思疎通できることが大事になっているのです。共通テストでも、そうした方向に進んでいくとみています。

一方、難関大学では今までと同じように長文の読み書きを含めた従来型の英語入試が残っていくでしょう。ただそれは、あくまで別の力を問うものであり、これからは基本的には聞く、話す能力を中心に問う方向へ変わっていくと考えています。その意味でも、これからは民間試験を利用することで、生徒たちに英語教育のさまざまな機会を広く提供していくべきだと思っています。入試でも民間試験が活用できる大学であれば、英語の負担を軽くすることができ、そのほかの教科に時間をかけることができる。受験生も戦略的に勉強を進めてほしいですね」

(文:國貞文隆、編集チーム 細川めぐみ、注記のない写真はiStock)