吹奏楽が生徒に与える力、吹奏楽が育てる人間性
───2018年に文化庁から発表された「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」(以下、部活動ガイドライン)では、「学期中は週当たり2日以上の休養日を設ける」「1日の活動時間は、長くとも平日2時間、休日3時間まで」などの指針が示されました。また新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、20年の全日本吹奏楽コンクールは中止、21年はライブ配信で開催されました 。今、生徒たちはどのように練習しているのでしょうか。
石津谷 私の勤務する千葉県では、ほとんどの中学校が部活動ガイドラインを守り、短い時間で練習しています。コンクールや演奏会などの前は土日にも練習しますが、そうしたイベントが終わった後に休みをつくるなどしてやり繰りしている学校が多い印象です。
新山王 コロナ禍では、多くの学校で活動時間がかなり短くなっていますが、そんな中でもどうしたら効率よく練習できるのか、生徒たちのほうからも自主的に練習メニューを考えて先生へ提案するようになってきているようですね。
石津谷 一昔前は「日の出ているうちに帰るなんて教員じゃない」といった風潮がありましたし、部活動も過熱と言われるような状況があったと思いますが、今では世間が許しません。
新山王 「あの青春の時代をもう一度、僕が果たせなかった全国大会へ」と、コンクールの結果のみに過度にこだわる人は、今もいますね。
───「ブラック」「過熱」と言われるような一部の部活動は、コンクールの結果だけにこだわる傾向があったのでしょうか。
石津谷 かく言う僕も、下手な演奏をしても金賞を取った時はばか騒ぎして喜んで、よい演奏をしても銀賞の時は悔しくて泣いている生徒たちを見て、これではいけないと思ったことがあります。長年にわたってコンクールに向けた指導をしてきましたが、それが活動の中心にならないようにしてきました。コンクールの結果を最優先にしてしまうと、外部評価がすべてになってしまう。「自分たちなりによい音楽とは何か」を考え、追求することが、子どもたちの感性を育むと思っています。
新山王 私は大学で吹奏楽団・管弦楽団・ミュージカルの3つの顧問をしていますが、確かに吹奏楽団の学生はコンクールの結果にこだわる傾向がありますね。管弦楽団の学生はお客さんに喜んでいただこうと演奏会にこだわり、ミュージカルの学生はそれまでに経験したことのないことを体験できることに喜びを感じるようです。
石津谷 吹奏楽の指導というのは、人間を育てることです。楽器を使って人を人として立派に成長させることが部活動の本来の目的であり、コンクールで勝つというのは副次的なもの。勝ち負けだけにこだわる先生に育てられると、子どもたちも音楽を楽しむよりも勝ち負けだけが目的になってしまいます。
そもそも、文化部活動の意義はどこにある?
───人を人として立派に成長させることが部活動の目的ということですが、改めて部活動の役割やよいところについてお聞かせください。
石津谷 部活動のよいところは、学校に通う子どもに平等にスポーツや文化活動に触れる機会が与えられる点です。日本の教育は、教科だけでなく、部活動などを含めて、生徒のいろいろな面を認め、可能性を引き上げようとしてきたといえます。文化芸術立国として、世界に誇れる制度だと思います。
新山王 学校の部活動は、地域格差や、保護者の経済状況に関係なく、スポーツや文化、芸術など多様な経験を生徒に提供することを目的に始まったものです。1980年代には、非行防止としての役割、その後は「人間性の陶冶」という役割も期待されるようになっています。テストでは測れないコミュニケーション能力などの非認知能力を育てる役割を、部活動が担ってきたんですね。
石津谷 僕が教えている習志野高等学校(吹奏楽部)も、生徒同士で主体的にコミュニケーションを取って、楽しそうに練習しています。野球応援なんかは、日頃の学校生活ではなかなか見ることができない、いい表情が見える。中には「音楽で食べていく」と部活動を頑張って、プロになるような生徒もいます。
新山王 音楽教育に関していえば、一昔前は「(体験なども含め)1回はピアノ教室に行ったことがある」という人が多かったのですが、今はそうでもなくなっているように思います。習い事もお月謝がありますから、比較的身近に学ぶことのできる学校の部活動を通して、楽譜が読めるようになった、楽器が吹けるようになったなど、音楽経験を深めることができた子どもは多いですよね。
文化部活動をサステイナブルにするには?地域移行をどう考える
───文化庁では2022年度に「地域部活動推進事業及び地域文化倶楽部(仮称)創設支援事業」の募集がスタートし、文化部活動の地域移行などが検討され、実施に移ってきています。
石津谷 地域移行するとしても、問題となるのは「人・場所・予算」です。自治体の方からは、財政的に、地域で部活動に代わる団体を急につくるのは難しいという話を耳にします。まず指導者が必要になりますが、これまで公立の学校教員がボランタリーでやってきたことを誰かに任せれば、新たなお金の出どころが必要になる。
地域によっては公民館などが少なく、場所の確保が難しいケースもあるでしょう。吹奏楽の場合は楽器の管理などを考えると、なおさら学校を使わざるをえません。僕は、学校から部活動が切り離されてしまえば、子どもたちに平等に機会を与えてきた今の吹奏楽文化が、あと20年ほどで消えてしまうのではないかと本気で危惧しています。
新山王 野球やサッカーなどのスポーツは地域クラブの活動が活発ですが、文化活動で地域格差なく整っているものはピアノ教室くらいしかありません。また以前から指導員の養成や資格制度が準備されてきた運動部とは状況が異なるため、同じ土俵で議論するのは難しいと思います。現状のまま学校外へ放り出すと、家庭の経済状況や地域格差によっては、文化芸術に触れることができない子どもも出てくるのではないでしょうか。
───教師や生徒の数が減少している過疎地域についてはいかがでしょうか。
新山王 これまで吹奏楽コンクールのA部門(中学の部は50名以内、高校の部は55名以内の大編成)に出ていたけれど、少子化でアンサンブルコンテスト(3~8名の少人数編成)にしか出られなくなってしまったという学校が多くあります。そういった学校の生徒や先生たちが地域と手を取り合ってやっていくのは大切ですよね。
石津谷 青森県むつ市で活動している「下北Jr.ウインドオーケストラ」は、下北半島の人口減少で各校が吹奏楽部を存続させることが難しくなったために、地域全体で小学生が集まって40名程度で練習しているというよい事例です。海上自衛隊の大湊音楽隊や、一般の市民吹奏楽団など、大人たちが一体となって子どもたちに音楽の醍醐味を教えていて、演奏もとっても上手です。
現在の吹奏楽コンクールの参加規定では、地域で活動している多世代型のバンドは、一般の部での出場になっています※。今後は、例えば小中高で一緒に練習している地域団体は高校の部に出られるようにするなど、団体の多様化に対応した施策にも取り組まなければいけないと考えています。
※吹奏楽コンクールの出場区分は、小学校の部、中学校の部、高校の部、大学の部、職場・一般の部の5区分
教師に手当てを、子どもに豊かな文化経験を
───学校の部活動機能を維持したい一方で、「土日に部活動をするのは嫌」という教員志望者が増えています。
新山王 公立学校の教員には残業代が支払われないため、やりがい搾取になっている側面があることも大きいと思います。教師の熱意ややりがいに甘えて何でもボランタリーに頼るのは、限界がある。教師の兼職兼業制度を整えて、例えば日中は教師として、夕方以降や休日は部活動指導員として従事するなど、正規の労働への対価に加え、それ以外のプラスアルファの働きをちゃんと評価する仕組みが必要です。そのためには、運動部と同じように部活動指導員の養成制度を早急に整える必要があります。
石津谷 教員の働き方改革においては部活動だけを論じるのではなく、本業の負荷をしっかり見直すべきとも思います。文化庁が部活動ガイドラインを公表し、さらにコロナ禍で部活動時間が減少しているにもかかわらず、教員の残業時間は減っていません。部活動をなくせばそれで働き方改革というのはおかしくて、本業そのものの負荷が圧倒的に多くなってしまっている。本業をきっちりこなすだけで残業上限に引っかかり部活動ができないケースもあります。
あとは、子どもを第一に考えられているかどうか。教師の長時間労働はもちろん解消されるべきですが、それ以上に、日本の将来を担う子どもたちに文化活動を通じた成長を提供することに改革の主眼を置くべきだと考えています。長時間労働をなくしたいので翌年から廃部です、今後はお金を払って地域のクラブでやってくださいというのでは、子どもを犠牲にして教員を救うようなことになってしまいかねない。部活動は日本が世界に誇る文化。私も吹奏楽の灯を消さないよう、現場での指導を続けていきたいと思います。
(企画:吉田明日香、文:吉田渓、注記のない写真:m_spike / PIXTA)