デジタル機器の長時間使用が近視の要因の1つに
文部科学省が2021年7月に発表した「令和2年度学校保健統計調査」によると、子どもたちの裸眼視力が1.0未満の割合は、小学校37.52%、中学校58.29%と過去最多を更新した。
この要因の1つとして挙げられるのが、パソコン、タブレット、スマートフォン、ゲーム機などデジタル機器の急速な普及である。眼科医で日本眼科医会理事の丸山耕一氏は、子どもたちの視力低下の背景について、次のように語る。
「総務省の『令和元年版 情報通信白書』によると、インターネットが登場・普及して10年ごろから家庭の通信環境が整い始め、“ガラケー”からスマートフォンへのシフトも起こりました。それ以前からゲーム機の流通などもあり、パソコン、タブレット、スマートフォン、ゲーム機といったデジタル機器が、私たちの日々の生活に欠かせないものになってきました。このような環境の変化に伴い、子どもたちの利用時間も増えてきているのが現状でしょう。
デジタル機器の使用は、読書と同じく、近くのものを見る“近見作業”に当たります。多くの子どもたちがデジタル機器を使い、至近距離で画面を見る機会が多いと、近見作業の増加、つまり手元近くにピントを合わせる機会、時間が増えることにつながります。このピント合わせに順応するために、眼球の前後の長さを表す『眼軸長』が伸びると考えられています。読書によって近視が進むことは知られていましたが、デジタル機器と近視の関係は、テクノロジーの進化と近視研究とのスピードのギャップから、確実なエビデンスが乏しい状態でした。しかし最近は、近視の進行にデジタル機器の関与を示唆する論文が徐々に増えてきています」
子どもたちの視力低下は、「父親か母親のどちらかが近視だと子どもも近視になりやすい」といった遺伝的要因だけでなく、「ライフスタイルの変化によるデジタル機器の長時間使用」といった環境的要因も大きく関係しているといえる。
文科省では、今回の調査結果を踏まえ、全国の学校で近視について9000人規模の調査を始め、近視の動向を注視していくという。
目の健康啓発マンガ「ギガっこ デジたん!」
学校現場では、21年4月から、GIGAスクール構想による1人1台端末環境下での学びがスタートした。今後は、学習者用デジタル教科書の普及促進を図る計画もある。
「日本眼科医会では、学校教育のデジタルトランスフォーメーションが進んでも子どもたちの視力低下が進まないよう、目の健康を啓発するコンテンツの企画を練っていました。そこにGIGAスクール構想の前倒しが決定されたため、最新の医学的知見に基づいた対応が喫緊の課題であると考え、文科省の協力を仰ぎながら、目の健康啓発マンガ『ギガっこ デジたん!』のリーフレットとポスターを制作しました。学校の先生方に教育・学校保健活動の際に活用していただくことを目的に、日本眼科医会のWebサイトにPDF形式で、GIGAスクール構想の始動に合わせて21年3月から公開しています」
「ギガっこ デジたん!」は、5つのエピソードから構成されている。
エピソード1では、画面を見るときの正しい姿勢〜いすに深く座り、画面までの距離は30cm以上離すこと〜
エピソード2では、画面を見た後の目の休ませ方〜30分画面を見たら20秒以上遠くを見るようにして目を休ませること、就寝1時間前からは、入眠作用があるホルモン「メラトニン」の分泌が阻害されないよう画面の使用を控えるよう指導すること〜
エピソード3では、画面上に文字や図形などを書くときの注意点〜色覚異常の子どもに配慮し、色の違いや組み合わせに注意しながら伝えるよう心がけること〜
エピソード4では、デジタル教科書の優れた機能とその目的の教え方〜デジタル教科書には文字や画像の拡大機能、音声変換や朗読機能、ふりがなを付ける機能、白黒反転機能などがあり、視覚障害など特別な支援が必要な子どもに大切な機能が備わっていることを伝えること〜
エピソード5では、画面を見た後は屋外活動〜デジタル端末を長時間使うと、眼精疲労を引き起こすこともあるため、紫外線や熱中症対策を施したうえで、外に出て体を動かしリフレッシュする。また欄外の「調べてみよう!」コーナーの、屋外活動が近視の進みを抑える記述に注目すること〜
以上の内容が、マンガとわかりやすい文章により構成されている。「ギガっこ デジたん!」を教育現場でどのように活用すればよいのかに加え、保護者が家庭で実践できる近視の進行への対応法などが記された「ギガっこ デジたん!活用マニュアル」も、PDF形式で公開。各エピソードのポイントがまとめられており、QRコードからさらに詳しい情報を見ることができるようになっている。
21年9月、萩生田光一文科大臣の記者会見で、GIGAスクール構想に伴う子どもたちの目の健康啓発ツールとして「ギガっこ デジたん!」が紹介された。教育委員会などに周知し、子どもたちの目の健康を守るための取り組みを進めていくという。
屋外活動には近視の進行抑制効果も
「ギガっこ デジたん!」の5つのエピソードのうち、教育現場で見過ごされがちなのが、「エピソード3」だという。
「日本では、男の子は約20人に1人、女の子は約400人に1人が、色覚検査を行った場合、医学的に異なった結果を示す『色覚異常』を有するとされています。教職員の方々は、例えば画面上で文字や文章の一部を強調する際、その部分の『色を変える』のでなく『下線や波線を引く』『丸や四角で囲む』など、色の情報以外で伝えることを意識していただきたいと思います。
また、エピソード5では、屋外活動の大切さについて触れていますが、日本と同様、アジア地域でも子どもの近視が進行しており、台湾やシンガポールなどで近視の進行抑制の研究が行われています。これらの国では、『近視の進行抑制のためには1日2時間以上の屋外活動が効果的』とされており、国を挙げて子どもたちの屋外活動を奨励しています。普段通う学校においても、リフレッシュを兼ねて体を動かすだけでなく、近視の進行抑制のために、屋外活動の確保が望まれます。体育の時間に加え、休み時間などを活用した外遊びも工夫できるのではないでしょうか。太陽光の下、日陰での活動も効果があるとされています」
GIGAスクール構想が進み、子どもたちの日常に、今後ますますデジタル機器や教材が普及していくことは明らかだ。
「近視の進行は、学習環境や生活習慣を見直すことで、ある程度抑えることができるかもしれません。教育のICT化が進む時代だからこそ、『子どもたちの目の健康を守る』という視点を鑑みながら、教育・学校保健活動を進めていくことが大切です。学校だけに限らず、端末を持ち帰っての宿題、オンライン授業も始まっています。ご家庭においても『30分画面を見たら20秒以上遠くを見て目を休める』『寝る1時間前からは画面を見ない』など、お子さんと話し合ってルールを決め、デジタル機器と上手に向き合ってほしいですね」
保護者は、学校での眼科検診で視力低下を指摘された場合はもちろん、「『黒板やスクリーンの字が見えにくい』と言う」「目を細めて遠くを見ることがある」など、子どもに気になる言動が見られたら、早めに眼科を受診させることが重要だという。
「眼鏡やコンタクトレンズの装用が必要と診断された場合は、眼科で必ず処方箋を発行してもらい、眼鏡はそれを基に技術力のある眼鏡店で作り、コンタクトレンズの場合は装用の仕方を眼科でしっかり指導してもらうことが大切です。使用し始めたら、できれば定期的に通院し、度数を変える必要がないか、新たなトラブルはないか、診察を受けるとよいでしょう」
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:Satoshi KOHNO / PIXTA)