1. 『「組織のネコ」という働き方』(著:仲山進也)
「コロナに翻弄された3年間を経て、学校での働き方に息苦しさを覚えた人はいないだろうか」。こう問いかけるのは、3月まで小樽市立朝里中学校の校長として、働き方改革を5年にわたり実践してきた森万喜子氏だ。「ブルドーザーまきこ」と呼ぶ人もいるほど森氏の行動力には定評があるが、自身は「前線の先生たちに笑顔でいてもらうための黒子」と称し、教員に対してもあくまでも「主語は子ども、主役は子ども」と必要なシーンでは黒子になることを求めてきた。
コロナ禍においても、行事のシンプル化などさまざまな取り組みを行ってきた森氏は、「行事の持ち方、授業の形態など、学校で最適解を打ち出して実行すればよいことに、妙に憶病になり、横並び意識が強くなったり、行政に決めてもらおうとお伺いを立てたり……なぜそんな必要があるの? そもそもそれは、児童生徒のためなのかな?などモヤモヤしたことはないか」と話す。さらに「そんなモヤモヤを生産的にスルーして、成果を出す組織がある。そこにいるのは、組織にいながら自由な『組織のネコ』や『組織のトラ』」だと。
組織のイヌではなくネコ? トラ?と思うだろう。詳しくは『「組織のネコ」という働き方』(著:仲山進也/翔泳社)に譲るが、組織で働く人は「イヌ」「ネコ」「トラ」「ライオン」のざっくり4つのタイプに分けられるという。この本を薦める理由について、森氏はこう話す。
「コロナの規制から自由になりつつある今、コロナ以前に安易に戻そうとしない、自分のいる組織をもっとクリエーティブで幸せ感があるものに変革させるためのマインドがいっぱい詰まった一冊。私は『組織のネコ度チェックリスト』では100%ネコであったけど、全員がネコである必要はない。こんな働き方もあるんだなと気づき、自分を縛る『〇〇すべき』から自由になれたらいいよね、と思う」
同書によれば、組織のイヌは自分の意志よりも社命を優先。組織のネコは、ときに社命よりも自分の意志を優先。組織のトラはネコの進化系で、社命より使命。組織のライオンは群れを統率する傾向にある。あなたはどのタイプだろうか。自分がどのタイプかを知ることが、自由に働くための第一歩になるという。
2. 『なぜ、それでも会社は変われないのか』(著:柴田昌治)
「今、学校は『公立学校の勤務時間の上限に関するガイドライン』が示される中で、令和の日本型学校教育の構築、GIGAスクール構想、アフターコロナへの対応など、変化の渦の真っただ中にある」と話すのは、元名古屋市立豊田小学校校長の中村浩二氏だ。
中村氏は、教頭時代、校長の指導を受けながら職員と協力して働き方改革を推進し、東築地小学校では過労死ラインとなる月80時間以上の勤務時間外在校者ゼロ、矢田小学校では1カ月当たり1人平均で最大約10時間の勤務時間外在校時間を縮減。豊田小学校ではPBL(課題解決)型の働き方改革に取り組んできた。
「VUCAといわれる予測困難な時代において、学校にも、変化に柔軟に対応できる力が求められている」と話す中村氏が推薦するのは、『なぜ、それでも会社は変われないのか』(著:柴田昌治/日本経済新聞出版)だ。
本書では、平成の時代を「失われた30年」とし、深刻な組織風土の問題を生み出してきた要因として、日本企業に特有の「調整文化」について取り上げている。
「組織を『思考停止』状態に追い込む『調整文化』を脱却し、『挑戦文化』に舵を切るための方策として、筆者は『役員のチーム化』を訴えています。校長一人の力では、さまざまな課題を克服し、子どもたちに豊かな学びを提供することはできません。『校長が職員と協働しながら、組織として学校の力を最大限発揮できるようにするためには?』という問いに対するヒントが、本書にはちりばめられています」
ベストセラー『なぜ会社は変われないのか』の著者が、VUCAの時代にふさわしい組織に導くための「役員チームビルディング」の方法をまとめ、まず経営陣が自ら変わることで「改革のスイッチを入れよう」と呼びかける、新時代の経営書になっている。企業と学校で風土や文化は違えど、変化に強い組織をつくるための手法を学ぶことができる一冊ではないか。
3. 『それでも人生にイエスと言う』(著:V.E. フランクル)
校長の強力なリーダーシップの下、働き方改革で成果を上げる学校がある一方で、なかなか長時間労働問題が改善されずにストレスを抱えている教員も、いまだ多くいる。
教員の業務は授業準備や成績処理のほか、事務作業や課外活動・行事準備、教育委員会への書類作成など多岐にわたるうえ、保護者や同僚・管理職との人間関係でもストレスを抱えやすい。教員のメンタルヘルス不調の主な原因は、この「多忙さ」と「人間関係」にあるとされ、毎年5000人超が精神疾患による休職に追い込まれている。
こうした背景を受けて、20年以上にわたり「教員のサポートグループ(悩める教師を支える会)」で教師の悩みに寄り添ってきた明治大学文学部教授の諸富祥彦氏にも、今回選書をお願いした。諸富氏が選んだのは、『それでも人生にイエスと言う』(著:V.E. フランクル/春秋社)だ。
「『それでも人生にイエスと言う』は、オーストリアの神経科医ヴィクトール・フランクルが、ナチスの収容所に捕虜として捕らえられた時の体験をまとめたものです。収容所の捕虜たちは、そこでの絶望的な生活が永遠に続くかのように思い、生きる意欲を失っていきました。
メンタルヘルスを病んでうつ状態にある先生方の多くも同様に自分の絶望的な状況は永遠に続くかのように思えて、前向きな意欲を持ちにくくなっています。
フランクルのこの本は、そんな絶望的な状況にも出口はあること、人生から『イエス』と光りが差し込んでくる時がいつか必ず訪れることを教えてくれます。あなたが人生に絶望しても、人生があなたに絶望することは決してない。どんな時も人生には意味があるのだ、と語りかけ、あなたの魂を鼓舞してくれるのです」
4. 『子どもと心でつながる教師の対話力』(著:渡辺道治)
「教師の多忙感は、年々ひどくなっているように感じます」と話すのは、3月まで都内の公立小学校に勤務していた庄子寛之氏だ。かつて庄子氏は学級担任をする傍ら、女子ラクロス日本代表監督を務め、心理学を学ぶために大学院に通い、2人の子育てにも奮闘するという超多忙な日々を送っていたが、当時もこれまでも基本的に定時で帰っていたという。
そのノウハウを学ぼうと、働き方改革研修の講師依頼が絶えない庄子氏だが、「教師も時短になるハウツー本を買ってしまう傾向にありますし、実際そういう本ばかりが目立つ所に並んでいるように感じます。しかし、教師はカウンセラーであり、コーチであるべきだと考えます」と話す。
そんな庄子氏が薦めるのが、『子どもと心でつながる教師の対話力』(著:渡辺道治/学陽書房)だ。
「この本では、渡辺先生が日常で行っている話し方・聞き方が思う存分に書かれています。すぐにはできないかもしれません。しかし、こういう対話力こそが、教師として最も大切なことだと思います。話し方や聞き方は、その前の『あり方』がとても大切になってきます。教師として自分が今何を大切にしなくてはいけないのかを、改めて考えさせてくれる本です」
子どもたちが成長していく中で、教師の「言葉」が与える影響は非常に大きい。子どもと豊かな関係を築くにはどうしたらいいのか――。忙しさで忘れがちな教師本来のあり方を思い出させてくれる一冊ではないだろうか。
5. 『思考と言語 新訳版』(著:レフ・セミョノヴィチ ヴィゴツキー)
何より、子ども一人ひとりを理解することは、教師が日々の教育活動を展開するうえでの基盤となる。
2022年4月、東京・世田谷区に開校したオルタナティブスクールのHILLOCK(以下、ヒロック)初等部では、普段の子どもたちの見取りを大切に、その子のことを理解したうえで必要なことを必要なタイミングで学べるカリキュラムを構築している。教科別の時間割はなく、自由進度学習を基本に探究学習などを取り入れているのはそのためだ。
「多くの教育書は『こう教えるべきだ』という手法論と『教育はこうあるべきだ』という目的論に二分されています。どちらも欠かせない視点ではあるけれど、あれもこれも教えなくてはいけない現状が変わらなかったり、子どもに、そして大人に、うまく伝わらないことがあるのではないでしょうか」と話すのは、ヒロックのカリキュラムディレクターを務める五木田洋平氏だ。
こうした中、五木田氏が推薦するのは『思考と言語 新訳版』(著:レフ・セミョノヴィチ ヴィゴツキー/新読書社)である。思考と言葉に関する心理学的研究の名著で、理論的・批判的研究に目を向けながら、児童期における言葉の意味の発達の基本的道程の解明と、子どもの科学的概念と自然発生的概念の発達の比較研究を行っている。
「ヴィゴツキーをはじめとする認知心理学の先達は『子どもとはどういった存在なのか』『発達とはどのようなものなのか』という『わたし』や『あなた』を理解するための視点を与えてくれます。それは『人間とはどういった存在なのか』『人と人が共に学ぶとはどういうことなのか』といった大きな問いを考える第一歩です。
これらの問いを意識することで、先の手法論も目的論も深い意味を持ってきますし、学校の意義が揺らぐ現代にこそ必要な視点に思えます。 目の前の子どもも、同僚も、そして自分も、誰もが学習者です。さまざまな立場の人と共に成長する関係が築けるといいですね」
6. 『15歳からの社会保障』(著:横山北斗)
子どもを理解するのに役立つ本を、また別の視点から選んでくれたのが、千葉工業大学工学部教育センター 准教授の福嶋尚子氏だ。
福嶋氏は教育行政学、教育法学が専門で、公立学校運営に関わるお金の問題や、学校生活を送るためにかかるお金についても研究する立場から『15歳からの社会保障』(著:横山北斗/日本評論社)を薦める。
家族、学校、お金、仕事、住まい、体調など、生活の困り事に対応するための社会保障制度についてまとめられた本で、お金に関する社会保障制度を一覧できるようにもなっている。
「社会福祉士であり児童福祉政策の立案にも参画している著者が、10の物語を通じて社会保障の仕組みをわかりやすく教えてくれる。タイトルのとおり、子どもから大人まで、登場人物の苦難やピンチに心を寄せながら、どう自分や大事な人の身を守るかを学べる本」だという。
調べればインターネット上で何でも検索できる時代だが、それでも福嶋氏は本書の意義は大きいと話す。「社会保障制度の存在を知らなければ、利用することができない」からだ。
「さらに、子どもと関わる大人は、本書を通じて子どもを含むさまざまな人の困難を知ることができる。それは、身近な子どもや保護者の困難を理解することにも役立つはず。本書をまねると、『困難を知ろうとする目がなければ、理解することができない』。自ら読んだ後、ぜひ学校の図書館にも一冊所蔵を希望してみてほしい。一人でも多くの当事者と、当事者を取り巻く人に届いてほしい本です」
7. 『脳はこうして学ぶ』(著:スタニスラス・ドゥアンヌ)
「ChatGPTが登場し、多くの人にとって“賢い”AIが一気に身近なものになりました。しかしそれでも、『人間の子どもたちはAIよりはるかに学ぶのがうまい』のです」
こう話すのは、臨床心理士の村中直人氏だ。村中氏は「脳の多様性(ニューロダイバーシティー)」の推進活動をしており、脳・神経由来の異文化相互理解の促進および働き方・学び方の多様性が尊重される社会の実現を目指している。2008年から多様なニーズのある子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、「発達障害サポーター’s スクール」を通じ、支援者育成にも力を入れている。
そんな村中氏が選んだのは、『脳はこうして学ぶ 学習の神経科学と教育の未来』(著:スタニスラス・ドゥアンヌ/森北出版)である。
なぜ人間の脳は(現行の)コンピューターより学ぶのが得意なのか。 身の回りの人の顔を覚えたり、母語の発音を覚えたり、数字の記号を覚えたりするとき、脳の中では何が起こっているのか? 数学・読字・意識など、脳の各種能力について数々の発見・新理論を構築してきた神経科学者が、そのすべてを包含するテーマ「学習」に挑んだ一冊だ。
「本書は人が学ぶメカニズムを神経科学の視点から、わかりやすく私たちに伝えてくれます。こういった脳の学び方に関する知識は、教育だけでなく人間理解そのもののアップデートにつながる話だと思います。こうやったらうまく学べますという技術論やテクニックの話ではなく、本質的に『私たちはいったいどうやって学んでいるのか』、その仕組みや効果、限界を知ることは、これからの教育を考えていくうえで必須の前提知識となるのではないでしょうか」
8.『Dark Horse 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』(著:トッド・ローズほか)
変化の激しい社会を生き抜く力を身に付けるため、これまでの知識詰め込み型の学びから探究学習へと、子どもたちの学びが大きく変わろうとしている。
大学入試においても、学校推薦型選抜・総合型選抜が全体の5割超となり、従来型の一般入試の割合が減っており、今後は高等学校や中学入試のあり方も変わっていくといわれている。自身の興味や物事に取り組む姿勢が評価の対象となる中で、学校教育関係者も親も、そろそろこれまでの教育観を見直す時が来ているのではないだろうか。
『Dark Horse 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』(著:トッド・ローズほか/三笠書房)は、そんな従来の成功法則に一石を投じる一冊だ。本書を薦める理由を教育研究家の妹尾昌俊氏はこう話す。
「本書では、予想を覆して勝利する人々、今まで見向きもされなかったのに突然快進撃を始め、成功する人のことを『ダークホース』と呼び、米ハーバード教育大学院の研究者が分析している。『明確な目標を設定し、懸命に取り組み、目的地に到達するまでコースから外れるな』という従来の成功法則は、例えば、医者になりたいなら医学部へといったものだが、この時代に合いにくくなっているかもしれない。
というのもダークホースたちの多くは途中で学業やキャリアを脱線し、型破りなルートをたどった後に成功しているからだ。YouTuberなどを思い浮かべるとよいかもしれない。自身の充足感、好きなことを追求していく姿がそこにはある。従来型の成功法則にとらわれがちな教師や保護者、また高校生、大学生らに読んでほしい。進路指導と呼ばれるものもアップデートが必要だと思う」
9. 『ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則』(著:ミッチェル・レズニックほか)
なぜ、興味を追求するような探究型の学びが重要になるのか――。AIやロボットなどデジタル技術が進化するにつれて、人間は従来とは異なる役割を担わなければならなくなるからだ。知識やスキルに長けたAIやロボットに支えられ、協力し合いながら生きる世界を子どもたちは歩んでいく。
「創造的な思考と学びの大切さが認識されつつあるにもかかわらず、いまだ多くの学校が講義を通して教え、テストによって成功を測っている」
現在も多くの学校で行われているこうした教育環境に、デジタルガレージ取締役の伊藤穰一氏は警鐘を鳴らす。そんな伊藤氏が推薦するのは、『ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則』(著:ミッチェル・レズニックほか/日経BP)だ。
「本書は、プログラミング言語『Scratch(スクラッチ)』の開発者であるミッチェル・レズニックが、探究し、実験し、自らを表現する機会を子どもたちに提供し、創造的な思考の持ち主(創造的思考者)として成長してもらうために、創造的な学び(Creative Learning)という考え方をどのように進化させ、深めていこうとしているかを知ることができる。『急速に変貌する世界で生き残るためのコンパス』ともいえるこの書籍を、ぜひ保護者、教育者など多くの人たちに手に取ってほしい」
つねに変わり続ける世界を生き抜くことができるよう、子どもたちを創造的思考者に育てるために大人はどうしたらよいのか、どう振る舞えばよいのか。「子どもたちは、自ら進んで自分にとって大事なものを創っているときに最もよく学ぶ」というミッチェル氏の師匠の理論を進化させた一冊である。
10. 『中学校・高等学校 授業が変わる学習評価深化論』(著:石井英真)
2020年に小学校、21年に中学校、22年に高等学校でスタートした新学習指導要領。「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力、人間性等」という育成を目指す資質・能力の3つの柱に合わせて、新たな評価の「3観点」として「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」が設けられた。
だが、適切な評価をどう行ったらよいか。頭を悩ませる教員は多い。最後はこの観点別評価をテーマに、京都大学大学院教育学研究科教授の西岡加名恵氏に選んでもらった。西岡氏が選んだのは、『中学校・高等学校 授業が変わる学習評価深化論』(著:石井英真/図書文化社)だ。
「観点別評価は、目標観や指導観の転換、多彩な評価方法についての理解なしに取り組むと、単に煩わしい事務作業となってしまいます。本書では、『児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ』の委員を務めた著者が、なぜ観点別評価が求められているのかについて、丁寧に解説しています。さらに、各地の学校で取り組まれた豊かな実践例を紹介しつつ、具体的な単元計画の立て方、すなわちパフォーマンス評価の考え方を生かした課題や評価基準の開発、指導の展開までを提案しています。
とくに、『学力の三層構造』を踏まえつつ『学びの舞台』をつくる、そこに向けて生徒を育てるという提案は魅力的です。Q&A形式で作られていますが、これまでの研究や実践の厚い蓄積がぎっしりと詰め込まれた一冊です。タイトルには『中学校・高等学校』とありますが、すべての学校段階の先生方のご参考になることと思います」
(注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)