1人1台のiPadを活用して基礎学力の定着に挑む

墨田区では2021年1月から「すみだGIGAスクール構想」として、墨田区立の小・中学校に1人1台のiPadを整備している。

21年度と22年度に東京都の情報教育研究校に指定された墨田区・錦糸中学校では、「以前から課題として生徒の基礎学力向上があり、書き取りや小テストなどのさまざまな取り組みをしていたものの期待どおりの成果が出ていなかった」と、副校長の本多泰介氏は話す。そこで、同校ではiPadを活用して基礎学力の定着を図るため、昨年夏以降、学習アプリ「Monoxer(モノグサ)」の実証事業に取り組んでいる。

「モノグサ」は、英単語や漢字の学習など、さまざまな教科や学年に合わせた問題を生徒の端末に配信することができる。問題は、教員がオリジナルで作成できるほか、あらかじめ用意された問題を使うことも可能だ。教員は各生徒の学習履歴が把握できるのはもちろん、AIによって記憶度、定着度も可視化されるため、個別具体的な指導ができる。一方、生徒も自分の達成度を確認したり、自分のペースに合わせて繰り返し学習できるのが特徴だ。

錦糸中学校では、まず国語と英語の2教科で「モノグサ」を取り入れた。国語科 教諭の磯﨑健太氏によると、「小学校で習う漢字が身に付いていない生徒や、ノートに漢字を書く学習に取り組まない生徒がいるなど課題を感じていた」という。

磯﨑健太(いそざき・けんた)
錦糸中学校 国語科 教諭
(撮影:尾形文繁)

そこで21年9月から45日間のスケジュールで、1年生に対して小学6年生の漢字の学習をスタートした。当初は授業の最初の10分間で「モノグサ」に取り組み、慣れてきたところで朝学習や休み時間、家庭学習など、生徒のペースで学べるようにしていった。

「『モノグサ』を始めてからは、ほぼ全員が漢字の学習に取り組むようになり、『きちんとやれば点数が取れる』ことがだんだん浸透してきた。漢字テストで点数を取れなかった生徒に辛抱強く声がけをして『モノグサ』に取り組ませたところ、なんと30問のうち15問を回答して14点を取ることができ、その生徒にとっての大きな成功体験になった」と、磯﨑氏は話す。さらに、漢字をきちんと書かないとアプリでは不正解になるため、生徒たちの字が上手になるという思いがけないメリットもあった。

また教員側の負担減も大きく、「以前はプリントの作成に加えて、テストを自作して採点するため、かなりの負担になっていたが、現在は『モノグサ』の漢字ドリル機能を使い、定期テスト前などに教科書の漢字を作成して配信すればよいので手間も大幅に減った」という。

20日間の英単語学習で、平均点が約3.6倍に向上した

英語における英単語学習でも効果が出ている。英語科 教諭の河内勇人氏が当初感じていた課題は、小学校ではほとんど行わない「英語を書く活動」にあった。

河内勇人(かわうち・はやと)
錦糸中学校 英語科 教諭
(撮影:尾形文繁)

それまではスペリングコンテストとして、授業時間内に毎日10個ほどの英単語を紙のプリントに書き小テストを行うことに取り組んでいたが、「書くことに抵抗感がある子は多い。早く終わる生徒がいる一方で、なぞり書きが苦手な子も多く、時間内に終わらない生徒もいるなど差が大きく苦労していた」という。

英語では、12月1日から20日間にわたり、各学年でそれぞれ約250問の英単語を「モノグサ」で学習した。「各自自分がどれだけやったかすぐわかる、空き時間に自分のペースで数をこなすことができるという2点から、抵抗感なく取り組むことができた生徒が多かった」と、河内氏は話す。その結果、50点満点のテストで、全体の平均点は6.8点から24.9点と約3.6倍に向上した。

また、生徒同士で「今日どこまでいった」「何日目までやった」「全部正解した」といった会話が生まれやすくなり、「みんながやっているならやろうかな」と休み時間も取り組む姿が見られるようになった。中には、学習回数が500回を超えた生徒もいた。「問題数としては1万以上。それだけ学習したということで本人も自信になり、家族からも『勉強してるね』と褒められ、自己肯定感も高まった」(河内氏)ことで、これまで苦手だった英単語のテストでも自己最高点を取り、とても喜んでいたという。

職員室の会話から教員のICT活用が広がっていく

錦糸中学校では、こうした校内の取り組みの成果によって、「モノグサ」を英検対策や社会科でも使い始めるなど、ほかの教員や教科にも活用が広がっているという。

「当校は生徒数194人の規模の小さな学校ということもあり、職員室でも教員同士が気軽に話す環境のため、『モノグサ』のようなアプリの話題も自然に出てくる。不思議なもので、1人1台の端末によって個々が分断されるようなイメージがあるが、結局そういった横のつながりがとても重要で、活用が広がった大きな理由だと思う」と、本多氏は話す。

さらに今後の展望について、「ICT活用によって生徒が選択する幅を広げたい」と話すのは、英語科の河内氏だ。「英語では、iPadの録画機能も有効。スピーチでは4人1組でチームを組んで、撮る人、評価する人、話す人に分かれて各自で行うことに、生徒たちも積極的に取り組んでいる」という。

以前、スピーチは全員で行っており、教員は発表を聞きながら評価もしなければならなかった。今は、生徒が何度も練習を重ねてベストだと判断した動画の録画を繰り返し見ることで、正確な評価を行うことができるというメリットも大きい。「デジタル教科書なども活用することで、生徒が『モノグサをやる時間』『教科書に取り組む時間』など選択できる幅を広げて、学習に役立てていってほしい」と、河内氏は話す。

また、国語については「国語という教科の特性上『書く』ことは大事だが、漢字などの覚える学習においては、ICTの活用が有効」と磯﨑氏は話す。「今後は生徒の語彙を増やす活動にも『モノグサ』を活用したい。生徒は、文中の言葉が難しいとそこで引いてしまうため、言葉の数を増やす重要性を感じている」という。

今回の実証事業において、英語と国語の2教科でそれぞれ大きな成果をもたらしたのは、河内氏や磯﨑氏が各教科の課題を的確に把握し、効果的にICTツールを取り入れたことが大きい。

錦糸中学校の取り組みではアプリ頼みにするのではなく、「モノグサ」のスタンプ機能で毎週生徒たちの活用状況に合わせて笑顔などのリアクションを個別に送ったほか、教員が協力して朝の会や授業中に声がけするなどの工夫も行った。「アプリと対面の両方で生徒たちの頑張りを見ているよと毎日伝え続けたことも、学習の継続につながった」と、磯﨑氏は話す。

読み、書き、計算といた基礎学力をつけるには、紙のノートを使うにしてもICTを活用するにしても継続することが欠かせない。一度つまずくと、その後の学習への影響が大きく、苦労している子どもは実際に多いことから、こうしたアナログの声がけは学校現場だからこそできることであり、ICT端末やツールを効果的に生かす秘訣なのかもしれない。

では、こうした公立学校での学習アプリの活用は、どのくらい進んでいるのだろうか。「モノグサ」では、公立高等学校での導入実績はあるものの、公立の小・中学校においてはまだ複数の自治体と実証事業の段階にあるという。

今後も、公立学校で活用が広がるには「ICTが、学力向上にも寄与できると示すことが重要と考えている」とモノグサ代表取締役の竹内孝太朗氏は話す。実際、「モノグサ」の活用で成績が伸びている学校では、「自己肯定感の欠如や学習習慣形成の難しさなどの課題が、学力向上で根本的に解決できると実感してもらっている」(竹内氏)という。

まだ公立では、端末の活用もままならない学校があり、一気にこうした学習アプリが広がっていくことは考えにくい。だが、紙と鉛筆ではなかなか勉強に取り組めなかった子が、ICTならばできたという事例は各所から聞こえてくる。子どもたちが自分の興味や特性に応じて学び方を選べる環境が整うことを願うばかりである。

(文:相川いずみ、注記のない写真:錦糸中学校提供)