全日本吹奏楽連盟、学校と「完全に切る方向は納得しがたい」
2022年に文化庁およびスポーツ庁が発した「部活動地域移行化」(2024年末からは「地域展開」)の大号令が、学校の部活動を根幹から揺るがしている。これは、少子化が進む中で、これまで中高生の文化的活動の中心だった部活動を学校から解放して地域に移し、彼らの活動場所を担保しようという施策だ。

東京藝術大学卒業後、メリーランド大学大学院にて音楽修士号取得。イーストマン音楽院博士課程進学。デンマーク政府奨学生として王立音楽アカデミーに留学。レオナルド・ファルコーニ・ユーフォニアム・コンクール第1位受賞。ヤマハ吹奏楽団常任指揮者を経て現在北海道教育大学准教授。前日本管楽芸術学会副会長
(写真は本人提供)
日本国内の人口は、都市部こそ2040年までは増加が見込まれているが、地方はすでに人口減少の波にのまれ、青息吐息の様相だ。この社会的危機を前に、文科省は将来の社会発展を期して部活動改革に乗り出した。そのこと自体は評価に値するが、同時に私は驚きも感じていた。というのも、これまで文科省は、学習指導要領をはじめ部活動についてほぼ言及してこなかったにもかかわらず、このたび突如、「部活動を改革することが、若者たちの持続可能な文化活動を再構築する肝である」と認めた形になるからだ。
しかし、この部活動地域移行・展開には反発の声も上がっている。全日本吹奏楽連盟は、昨年から開催された「地域文化芸術活動ワーキンググループ」において、「学校から切り離すとなれば、音楽活動は成立しない。完全に切る方向は納得しがたい」と強い懸念を表明した。ここに、来る現実と目下の現場との相克がある。
だが、全日本吹奏楽連盟が上記の姿勢をとるのも無理はない。というのも、わが国の吹奏楽の歴史は学校吹奏楽部の発展そのものだからだ。とくに吹奏楽コンクールにおける中高生の技術は、課題曲で多様かつ高難易度な楽曲を扱うようになった1970年代頃から驚異的な躍進を見せ、これが現代日本の管楽器界の礎を築いたと言っても過言ではない。
吹奏楽部員数は、中高生全体の人口とほぼ同じ推移で減少
国内人口がピーク期を迎える2000年ごろは、吹奏楽部でも100人以上の部員を抱えるところが散見された。たしかな資料は存在しないが、全校生徒の1割超が吹奏楽部という学校も珍しくなく、まさに吹奏楽部が栄耀栄華を誇っていた時代だと言える。
入学式などの主要なイベントで演奏を任され、文化祭では花形、定期演奏会にも大勢の聴衆が押し寄せたことを考えれば、顧問も部員も、学校における吹奏楽部の特別感を無意識ながら自負していたことは想像にかたくない。2004年には日本テレビ系で『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』で『吹奏楽の旅』が始まり、吹奏楽部への関心はさらなる高まりを見せていた。
そこから20年の時が流れた。吹奏楽部は今なお人気の部活動でありながら、いつしか「ブラック部活動」として批判の的にされる場面も増えた。そのうえ、今回の地域移行・展開で学校から切り離されるとなれば、危機感を募らせた全日本吹奏楽連盟が「納得しがたい」と強い発言に至るのも、理解できなくはない。
しかし、来る現実にも目を向けなければならない。以下は、ヤマハミュージックジャパンによる調査資料からの抜粋だ。

・2017年50万人強より14万人減(対2017年72%)と減少傾向止まらず
<変化の要因>
・教員の働き方改革による活動抑制
・ブラック部活などによる吹奏楽部敬遠
・コロナ禍の活動制限からそのまま離脱
・休日部活動の地域移行
・多種多様な選択肢(帰宅部を含め、他部活動や校外活動との競合など)
(出所:上グラフに同じ)
これは、総務省が発表している国内の中学生・高校生の人数と、国内の吹奏楽部およそ3000団体あまりの部員数をもとに、サンプル調査を拡大する形で類推された推計である。グラフからわかるように、吹奏楽部員数は、中高生全体の人口と似た推移で減少している(2021年に関しては、コロナ関連で揺り戻しがあったと見られる)。
このまま中高生全体の人口が減少すると仮定すれば、当然、吹奏楽部員も減少していくことは明らかだ。この先、部活動の持続可能性を高める施策を検討するにしても、人口減少の問題は念頭に置いて議論する必要があるだろう。
少子化に適応する1つの考え方としては、吹奏楽部を学校外に出し、少人数の室内楽的な団体に転換するという道がある。一方で多くの吹奏楽関係者は、「やはり吹奏楽には一定の規模が必要だ」と感じているようだ。歴史的にも、音楽史上初めて民間で大きな成功を収めたマーチ王スーザのプロ吹奏楽団は50~60人のメンバーを擁していた。
また、現在の吹奏楽のあり方や芸術的意義を定義づけたとされるアメリカのイーストマン音楽院の吹奏楽団Eastman Wind Ensembleも、教育的価値を保つため人数を最小限に絞りつつも、少なくとも40人前後のメンバーを必要としていた。ところが、今の吹奏楽部は部員数が10人前後というところも少なくない。
この実情を踏まえると、これまでの歴史的背景の重要性も、また再考されなければいけないのではなかろうか。
顧問や指導者は、自己保身を優先してはならない
では、いったいこの問題の当事者は誰なのか。それは、部員の生徒たちだけではなく、吹奏楽部の運営に関わる大人たちも含まれる。顧問の教員はもちろん、現在学校で部活動を維持している管理職を含めたすべての教員、部員の保護者、指導者など、今後も子どもたちと吹奏楽を続けたいと思う大人たちだ。彼らには、「学校に吹奏楽部を残せ」とただ主張するのではなく、子どもたちの持続可能な活動を実現する体制を考えることが期待される。
吹奏楽部に関わる方はすでに実感しているだろうが、吹奏楽部員の子どもたちは純真なまでに指導者を信じ、教えを受けようとする。毎年新入生の初々しさに触れ、卒業生との別れに涙することを教員の本分と感じ、そこに充実感をも見いだしてきたような教員からすれば、今回の部活動改革はさながら教員改革だとも捉えられよう。
ここで最も避けるべきは、現職の顧問や指導者たちが、自分の充実感やテリトリーを守るために、吹奏楽部にとっての学校活動の必要性を主張することだ。とくに吹奏楽部の顧問は、楽団の主たる指導者・指揮者として、子どもたちの熱い眼差しを一身に浴びることができる極めて特別な立場にある。しかし、本当に重要なのは、「この立場を守りたい」という大人側の希望ではない。これまで子どもたちとともに積み上げてきた、質の高い若者の吹奏楽文化を、いかに再構築するかである。
先述の統計やこれからの人口減少推移を見れば、吹奏楽部員数のV字回復は向こう20年間は“ない”だろう。それでも子どもたちと一緒に吹奏楽を通じた時間を過ごしたいのであれば、少子化を見据えた新たな吹奏楽部のあり方に向け、当事者たる大人一人ひとりが声を上げていくほかないはずだ。
吹奏楽の「新たな団体の形」を作ることが最優先
吹奏楽は多種多彩な楽器の色彩の融合体として、クラシックもポップもコンテンポラリーもカバーできる非常に魅力あふれた演奏媒体だと私は思う。若者の吹奏楽文化は、まさにこの多様性を支える大切な基盤であり、この基盤を瞬時に改革できるようなソリューションは“おそらくない”というのが私の考えだ。各団体の環境や状況を鑑みながら、時間をかけて育て直すしかない。ただ、いずれにしても、まずは新たな団体の形を作ることが最優先となることは間違いないだろう。
新たな団体のフォーマット例としては、以下が考えられる。
② 少人数の室内楽として、1校のみで活動する
③ 同自治体内、もしくは複数の自治体から複数校が集まって活動する
④ 既存の地域の一般団体と合同で活動する
⑤ 新たに地域で団体を立ち上げて活動する
⑥ 小中高の垣根を超えた、ティーンエイジャーの合同団体を立ち上げて活動する
そこには以下のような、中心となる運営団体とスポンサーが必要だ。
② 私立学校
③ 参加者の保護者や父母会
④ 地元企業やステークホルダーからの出資援助
少子化が進む自治体では、公立校と私立校が共同で学校を創設するという検討がなされている。また、公民館と学校が複合化して施設や設備を共有する事例もあると聞く。実際、京都市立京都御池中学校や埼玉県志木市立志木小学校のような学校と公民館等の施設の複合施設も全国にはすでに一定数存在している。
こうした施策が進むと、新しい文化が展開する可能性もあるだろう。例えば、吹奏楽に合唱や弦楽を含んだ複合型の音楽団体が誕生するかもしれないし、スポーツ系と文化系をハイブリッドさせた地域部活動にうまく組み込めるかもしれない。
故事成語にも「まず隗より始めよ」とあるが、今まで吹奏楽人のわれわれ大人に喜びを分け与えてくれた子どもたちのためにも、心ある誰かが「隗」にならなければならない。これまでの価値観から脱し、これまでになかった吹奏楽の価値を創出する、まったく新しい文化展開を考えるべき時代が、今、到来したのではないだろうか。
(注記のない写真:⭐JUN⭐ / PIXTA)