奈良県奈良市は2020年9月末、市内のすべての小中学校でChromebookなどによる「1人1台端末」の体制を整えた。その後の様子が次の動画にまとめられているので、ぜひ見てほしい。

奈良市が制作した動画「奈良市版GIGAスクール構想 新しい教室の風景」
(提供:奈良市教育委員会)

小学校低学年でも自分でログインや検索を行っている。調べ学習やGoogleの「Jamboard」を利用した話し合い、授業支援システムの「ロイロノート・スクール」による課題のやり取りをはじめ、家庭科や音楽、体育の授業などでも端末が使われており、中には海外とオンライン交流を実施する学校も。これが、端末を配付してからわずか1カ月後の風景である。

校外学習(左)。小学5年生の書写の時間(右)

「各学校へのヒアリングでは、端末を配付した2週間後には、こうした実践が始まっていました。最近では市や県のつながりを超えて『北海道の先生と知り合う機会があり、遠隔で朝の会を一緒にやるようになった』という先生も。皆さん楽しんでいる様子で、ここまで活用が広がっていることに驚いています」

音楽の授業にも変化が。鍵盤ハーモニカの代わりに端末で練習(左)。端末を使ってみんなで作曲(右)

そう話すのは、同市教育委員会事務局で学校ICTを担当する谷正友氏だ。このスピード感の裏側を、次のように語る。

「例えば、端末を配付したら3日以内に教室で使い始めること、そして2週間以内に『自分の宝物をおうちで撮影してロイロノート・スクールで先生に送ってみてね』といった課題を出すなど工夫して、各家庭でネットワークへの接続確認を完了させることを学校にお願いしていました」

また、実際に円滑に各学校が取り組めたのは、事前にコンセンサスを得ていたからだ。「GIGAスクール構想は大きな変化なので、伝達法を変えました」と、谷氏。通常、毎月開かれる校長会で各種伝達を一斉に行っているが、この件に関しては、20年8月から順次、5~10校を対象としたオンラインでのグループ説明会も実施した。GIGAスクール構想は夢のあるものだという意義から丁寧に説明し、質疑応答も質問が出なくなるまで行ったという。

同市はコロナ禍による臨時休業中、各家庭の端末や貸し出し用の端末を利用し、オンラインによる学習支援に挑戦したが、このときの経験もよい方向に働いた。

臨時休業中、教員たちはオンラインによる学習支援に挑戦した

「当初は保護者の方から『ブラウザーって何ですか』などの問い合わせが学校と教育委員会に殺到しました。でも、ここで大変な思いをしたおかげで、各学校は『今回はみんな同じ端末だから、2週間以内の接続確認も大丈夫』という気持ちで取り組めたのだと思います」

約200回の研修が実現した訳

20年9月から年末までに約200回開催した「先生応援プログラム」という県主催のオンライン研修も端末の活用を後押しした。「端末は、県と県内のほぼすべての市町村で共同調達したのですが、研修も協力し合って共催したのです」と、谷氏は説明する。

今回、県の共同調達により9割の学校がChromebookを選んだため、Googleの自治体向け無償プログラム枠を多く使えることになった。この枠を活用してレベル別の研修を組み立てたほか、「Adobe Spark」やロイロノート・スクールといった導入ソフト会社の協力も得て入門講座を設けたり、指導主事による「セキュリティーポリシー」「他校の取り組み」などの講座も作ったりして内容の充実を図ったという。

これらの研修への参加は任意だが、県内の教員が全員受講できるよう、すべてオンラインで実施。教員の勤務スタイルに配慮して夕方から1時間ほどの講座にし、一部はオンデマンド配信も行っている。

「人気講座は100人以上集まります。従来の集合研修よりも圧倒的に参加者は多く、若手もベテランも負担なく受講できると好評です。奈良県立教育研究所に事務局を担ってもらったり、文部科学省のICT活用教育アドバイザー派遣事業を通じて講師に来てもらったり、『合わせ技』で取り組んでいますが、県内の連携による珍しい取り組みだからこそ、いろいろな人が興味を持って支えてくださっているのかなと思います。今後は他県との合同研修も検討しています」

1日300件の「パスワード失念」を乗り越えて

2月末、筆者は東京都のある自治体に住む保護者からこんな話を聞いた。

「隣の小学校では『授業で使うまで保管しておいて』と各家庭に端末が配られましたが、子どもは家でYouTube見放題とのこと。うちの子の学校も間もなく端末の持ち帰りが始まりますが、ルールや故障時の対応などの説明がなく不安しかありません」

こうした類の混乱は今、各地で起き始めているようだ。奈良市も基本的に毎日端末を持ち帰る運用にしているというが、保護者への説明はどのように行ったのか。

「まずは学び方が変わっていくというGIGAスクール構想の意義を説明した資料を作り、学校を通じて配りました。持ち帰りに関しては、AIドリルの『Qubena』など何らかの課題を出すような運用にしましたが、各学校の校長先生ご自身の言葉でどう取り組むのかを保護者に説明するようお願いしました。『とりあえず持ち帰らせる』のではなく、学校が方針をしっかり伝えたうえで早めに授業で活用を始めれば、保護者も不安は感じにくいと思います」

毎日端末を持ち帰り、家庭学習に活用

利用ルールは緩い。「大事に使うこと。有害サイトやSNSを制限するフィルタリングは解除しないこと」を基本とし、ルールの追加は各学校に任せている。

「ただし、端末が日常使いの文房具になるというゴールは意識してほしいと学校にお話ししています。メジャーなサービスには慣れたほうが安全だと思うのですが、学校や保護者の方が懸念されることもあると考えます。SNSの活用も含め、今後議論を進めていきたいです」

こうした方針から、パスワードも小学1年生から自分で管理させており、忘れた場合は教育委員会で初期化する運用にしている。当初は多い日で1日300件ほど連絡がきて青ざめたそうだが、毎朝ログインするなどの工夫を奨励した結果、ほとんど問い合わせがなくなったという。「学校はパスワードを集めて管理したいと思うかもしれませんが、それは家の鍵を集めるのと同じ。大人が勝手に子どもの限界を決めず、まずはやらせてみるということも大切ではないかと思います」と、谷氏は話す。

小学校低学年も中学生も、パスワードは自身で管理

結果的に、同市では「動画ばかり見て困る」といった不満は数件で、その数件の保護者も主旨を話せば理解を示すという。また、「外部のプログラミング講座に参加するときに端末を使っていいか」といったポジティブな問い合わせが多く、端末操作などの問い合わせ対応を担うNECのヘルプデスクでも今のところ大きなトラブルはないという。

教育データ活用にも期待

谷正友(たに・まさとも)
大手SIerを経て、2013年より奈良市役所勤務。現在、奈良市教育委員会事務局 教育部学校教育課 情報教育係 係長。奈良県域GIGAスクール構想推進協議会調整部会会長。20年より奈良市教育情報セキュリティーアドバイザー、文部科学省ICT活用教育アドバイザー委員

奈良県は、全国でも珍しく、以前から統合型校務支援システムを県域で共同運用をしているが、GIGAスクール構想を機に「Google Workspace」の県域共同運用も開始した。これにより、教員は異動しても新たなツールに慣れる手間がなくなったほか、「県内の教員同士で授業づくりの相談がしやすくなった」という声もよく聞かれるようになったという。

また、文部科学省と総務省の「スマートスクール・プラットフォーム実証事業」のモデル地域である同市は、教員による学習指導や生徒指導等の質の向上などを図るため、17年度から校務データや学習データ、児童アンケートなどの投稿・分析に取り組んでおり、学び残しの予防や課題の早期発見、教員同士の学び合いの促進といった成果を上げてきた。

今後は、Google Workspaceの県域共同運用も加わったことで、より広い教育データ活用が期待できる。「個人情報保護やセキュリティー上の対策、学校・児童生徒・保護者の理解は必要ですが、今後は傾向分析にとどまらず、今まで以上に児童生徒1人ひとりに最適な対応ができるようになる可能性が高いと考えています」と、谷氏は話す。

「ICTに苦手意識を持つ先生は多く、奈良市にもきっとまだ不安のある先生はいるでしょう。でも、子どもたちが生き生きと端末を活用する姿を見て、挑戦しようというマインドになってくれるのではという期待もあります。そんな流れができてくると、子どもの自律的な学びが加速していくはず。GIGAスクール構想は一斉に取り組んでいるわけですから、まずは各学校が走りながら考え、困ったことがあったら互いにシェアして進んでいくことが大切だと思います」

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、写真はすべて奈良市教育委員会提供)