7割が外国籍、変化する生徒層

7月上旬、午後5時過ぎ。映画『学校』のモデルになった荒川区立第九中学校では、夜間学級の生徒たちが登校し始めていた。

映画『学校』のモデルになった荒川区立第九中学校

同校の夜間学級には34人の生徒が在籍(7月1日現在)し、午後5時30分から9時10分まで、週5日の義務教育が行われている。教科は英語、国語、数学、理科、社会だけでなく音楽や美術、体育などもあり、授業時数がやや少ないだけで通常学級と変わらない。異なるのは、生徒の年齢が10代から70代までと幅広く、その多くが外国籍であることだけだ。

同校の校長・奥秋直人氏は「映画で田中邦衛さんが演じたような、貧困や戦争の混乱で学校に通えなかった生徒は、現在は非常に少なくなっています。近年は外国で生まれ育ち、日本で働く親に呼び寄せられた外国籍の生徒や、不登校などの理由による学び直しの日本人生徒が増えています。今はイメージ的には少人数のインターナショナルスクールに近いかもしれません」と生徒層に変化が起きていると明かす。

奥秋直人(おくあき・なおと)
荒川区立第九中学校 校長

文部科学省の「令和4年度(2022年度)夜間中学等に関する実態調査」によると、夜間中学に通う全生徒数は1558人、そのうち日本国籍を有しない生徒数は1039人。外国籍の生徒が66.6%を占めている。国・地域別の上位は中国344人(33.1%)、ネパール233人(22.4%)、韓国・朝鮮121人(11.6%)、フィリピン113人(10.9%)、ベトナム52人(5.0%)で、パキスタンやアフガニスタン、シリアなどイスラム教国の生徒も珍しくない。

映画『学校』が公開された時には、すでに外国籍の生徒は一定数在籍し、当時は在日韓国・朝鮮人や中国残留邦人の家族、インドシナ難民などが多かったとみられる。しかし、現在は国籍の多様化が著しく、とくに都市部ではネパール人生徒が急増しているという。同校でも数年前からネパール人生徒が半数を超え、都内の他の夜間中学でもマジョリティーになっている。

禁忌食にも対応、夜間中学のグローバル化

急速に進むグローバル化の波に、夜間中学もさまざまな対応をしている。同校では日本語の習熟度でクラスを展開し、各教科の教員は英語やスマホの翻訳機能などを使って補助説明をしたり、プリントはひらがなのルビに加えて各言語を併記する場合もある。

近年は外国籍の生徒や、不登校などの理由による学び直しの日本人生徒が増えている
給食も学びの一環になっているという

また給食は、民族や宗教によっては禁忌食があるため、肉類は牛や豚をいっさい使わず、鶏肉のみを使用。ベジタリアンには肉類を外すなど特別な対応もしている。取材に訪れた日の給食は、鶏肉を使った夏野菜たっぷりのスパゲッティーミートソースだった。

同校の副校長・髙橋勝彦氏は「昨年は栄養士さんと調理師さんにも道徳の授業に加わってもらい、食事は残さずに食べる、作ってくれた人に感謝する日本のマナーを学習しました」と給食も学びの一環になっていると明かす。

一方で、国が違えば、文化も異なる。同校では過去に、陽気な国民性の男子生徒の言動が、男女の接触に厳しい国の女子生徒に不快感を与えてしまったトラブルもあった。

「日本のように指をさされるのを嫌がる文化の国もありますし、そうではない国もある。だから、夕礼(通常学級の朝礼に該当)や学活の場で『お互いに違う文化なのだから、やってはいけないこともある。仲良くするために、お互いの文化を尊重しよう。同じように日本でもやってはいけないマナーがあります』と常日頃から伝えています」(髙橋氏)

勉強したい生徒だけが集まっているのが夜間中学

しかし、30年前から揺るがない部分もある。「生徒層が変わっただけで、ある意味では何も変わっていません。生徒の目を見てもらえばわかりますよ」(奥秋氏)。

授業を見学させてもらうと、その意味がすぐにわかった。通常学級では、授業を聞かずに机に伏せている生徒は何人かいるものだが、夜間学級には一人もいない。授業中は質問が飛び交い、笑い声もたくさん上がる。習うのではなく、自ら学ぼうとする姿勢にあふれていた。

授業の合間に20代のネパール人生徒(3年生)に話を聞くと、「めっちゃ楽しいです。移動教室や修学旅行などのイベントもあるし、先生が授業中に面白いことを言ってくれるから、気持ちがリフレッシュして楽しく勉強できます。ネパールでは授業ばかりで、ミスをすると先生に強く叱られるので怖かった。今はレストランで働きながら通っていますが、ネパールの時より全然疲れない。卒業したら高校、大学に進学して、日本で就職したい」と学ぶ喜び、将来の夢を語ってくれた。

そんな姿に70代の日本人生徒(1年生)も目を細める。「みんながわいわいしているのが、すごく心地よいです。一生懸命学んでいて、ダイヤモンドの原石のよう。私もこの学校に来て、心の奥底に蓋をしていた『本当は勉強したかった』という思いが一気に開きました」。

奥秋氏は「みんな目がキラキラしているでしょう。勉強したい生徒だけが集まっているからです。これが夜間学級です」と胸を張ると同時に、「夜間学級は教育の原点だと思います。目の前の生徒の成長のために、何ができるか。できる限りの最高の教育と体験を与えてあげることが使命だと思っています。それは日本人だろうが外国人だろうが同じです。だからこそ、われわれ教員の力量が大きく問われている」と気を引き締める。

夜間学級は自ら学ぼうとする姿勢にあふれる

かつて夜間学級は法的根拠が不明確で「あってはならない学校だが、なくてはならない学校」と言われることもあった。一時期は全国31校まで減少したが、教育機会確保法の施行によって2019年以降は増加に転じ、2024年4月現在は31都道府県・指定都市に53校ある。

「今は間違いなく、あったほうがいい学校だと思います。国も不登校対策に本腰を入れ始めたので、これから学び直しの日本人もどんどん来るようになるでしょう。新たな波が来ているように感じます」(奥秋氏)

中野 龍(なかの・りょう)
フリーランスライター・ジャーナリスト
1980年生まれ。東京都出身。毎日新聞学生記者、化学工業日報記者などを経て、2012年からフリーランス。新聞や週刊誌で著名人インタビューを担当するほか、社会、ビジネスなど多分野の記事を執筆。公立高校・中学校で1年2カ月間、社会科教諭(臨時的任用教員)・講師として勤務した経験を持つ

 

(写真:中野氏撮影)