アクティブラーニング専用教室「iRoom」で見たもの

通常の教室の2.5倍はあるであろう広い空間に、大型モニターとプロジェクター。そこにランダムに置かれた勾玉形のテーブルを取り囲むようにして、生徒たちは数人ずつのグループに分かれて座っている。前方にあるモニターの脇では、タブレットを操作しながらプレゼンテーションの準備を行っているグループがいた。

「江戸東京散策」というスライドが映し出された後、彼らが訪れた施設の概要説明や当日の様子、感想が画像を交えながら語られていく。時々、ほかの生徒たちからツッコミも入り、和気あいあいとした雰囲気だ。だが、発表が終わると一転、全員が真剣なまなざしでiPadに向かい、プレゼンテーションに対するフィードバックを書き込み始めた……。

Googleフォームを使って、プレゼンテーションに対する評価をフィードバックする

これは城北のアクティブラーニング専用教室「iRoom」で、中学3年生が取り組んでいる総合学習の授業「江戸東京フィールドワーク」クラス報告会の1コマだ。「江戸東京フィールドワーク」では、グループごとに選んだテーマに従って、見学する場所を事前に調べて、実際に訪れた後、その概要や特徴、感想をまとめて報告を行う。

こうした過程で、生徒一人ひとりが主体的に物事に取り組みながら思考力、判断力、表現力、発信力を伸ばすとともに、他者とディスカッションを通じて意見を交換、共通点や相違点を見いだしたり、協力することの大切さを学んでいくという。

昨年から、小学校を皮切りに適用が始まっている新学習指導要領では、子どもたちが主体的に考え、対話しながら深い学びを得るいわゆるアクティブラーニングで、学校で学んだ知識を活用し、自ら道を切り開いていく力を養うことを目指している。このアクティブラーニングを進めるうえで、強力なツールになるといわれているのがICTだ。多様な子どもたち一人ひとりが主体的に物事に取り組み、他者と協力しながら、それぞれに合った学びを実現するのに有効だからである。

アクティブラーニングを進めるうえで、強力なツールになるといわれているのがICTだ

城北では、アクティブラーニングの必要性と、生徒たちの深い学び、広がりのある学びをサポートしたいという思いから、2016年という早期に3カ年計画でICT環境の整備に着手した。

ICT化でアクセスポイント100カ所、iPad500台を整備

東京・板橋区にある城北は、今年創立80周年を迎える伝統のある進学校だ。人間形成と大学進学を教育目標に掲げる男子校で、東大をはじめ難関大学への高い合格実績があり、早くから未来を見据えた先進的な教育を実践してきた。

「16年以前は、教職員が職員室でインターネットを使って教材を研究するくらいしか、ICTを使っていませんでした。それを3年間で、教室だけではなく講堂やプールに至るまで、校内全域でインターネットに接続できる環境をつくり、生徒全員がICTを活用できるよう端末も用意するという計画を立てたのです」と話すのは、同校のICT活用を主導する清水団氏だ。

城北中学校・高等学校 ICT委員長 清水団

16年にはWi-Fiのアクセスポイントを校内に100カ所以上設置。通信障害でWi-Fiがつながらない事態に備え、携帯電話の回線に対応しているLTE端末を導入した。デバイス(iPad、Apple Pencil、Smart Keyboard)も360セット購入、現在の保有数は500セットに達している。さらに精緻な作業ができるようMacBookも50台追加。また、中学・高校合わせた全50教室に大型モニターとApple TV、AVシステムなどをセットにした「ICTユニット」も配置した。17年4月には前述のiRoomが完成するなど、設備は充実している。

こうしたハードウェアを使って、どのような教育を行っているのか。

「まず、中学1年から3年生の間は総合学習の時間を使い『情報』の授業を行います。タイピングやプライバシー、セキュリティーにおける注意事項のほか、印象操作などの情報リテラシーを身に付けてもらい、その後、動画作成やプログラミング、プレゼンテーションの仕方、課題解決型学習へと発展させていきます。ソフトバンクのロボット『Pepper』にコーディングして、自分たちに代わってプレゼンテーションさせることも行っています」

重要なのは、ICTスキルを磨くための授業ではないことだという。

「これは私自身が今後の教育について悩みを抱えていたときに、海外研修で出合った『スクラッチ』というプログラミング言語の開発に携わったマサチューセッツ工科大学メディアラボのミッチェル・レズニック先生の言葉でもあるのですが」と前置きしながら、清水氏は城北のICT教育の理念を次のように語る。

「何かを探究したい、問題を解決したいといった内発的な動機、クリエーティビティーが学ぶうえで非常に大切です。そのチャレンジを成功に導くポイントが4つのPです。情熱(Passion)を持って、仲間(Peers)と共に、リスクを取って新しい課題(Projects)に向けて、協働(Play)していくこと。これがこれからの時代に欠かせません。そして、この4つのPの前に立ちはだかる壁を乗り越えるために必要なのが、ICTだと考えています」

「できない」を「できる」に変えるワクワク感を生徒たちに

例えば、これまでなら自分たちには力がない、無理だと諦めていたことも、今の時代ならパソコンが1台あることで、あるいはプログラミングができたり、AIを使ったりすることで「できない」が「できる」に変えられることがある。

「ICTを使えば自分にもできるかもしれないという生徒たちの気持ちを、私たちは支えたいのです。だから、ハードウェアもソフトウェア(アプリケーション)も、生徒たちの思いに応える機能を備えた魅力的なものを導入したいし、あれもダメ、これもダメという規制を設けたり、こういう使い方をしなさいといった指導をしないようにしています」

基本的にタブレットやパソコン、ICTユニットをどう使うかは、授業を担当する教員に一任されている。清水氏は数学が担当科目だが、授業ではGoogleのClassroomを使用し、手元にあるiPadに数式やグラフを書いて大型モニターに映し出し、生徒はそれを見るか、自分たちのiPadで見る仕組みにしている。

「これだと板書が見にくいという問題も解決されるし、書いたものは保存できるので、生徒たちの復習にも便利です。昨年の学校一斉休業の際には、課題の配信や提出、授業の動画配信もこのツールで行いました」

ほかにも清水氏は、Twitter、LINEといったSNSを利用して、数学に関する情報発信や生徒とのコミュニケーションも行っている。日々忙しく働く中で、なぜそのようなことをしているのか。

「理由は3つあります。1つ目は、こんな使い方もICTでできるという事例を、ほかの先生や生徒たちに提案したいと思ったことです。2つ目は、自分自身の働き方改革。共働きなので、私も家事、育児を担っており、生徒からの質問や相談の窓口を学校以外の場に開くことで効率的な働き方を目指しました。3つ目は、これからの時代、教員の役割は生徒の自発的行動を促すコーチとかファシリテーターといわれていることに、違和感を持ったこと。自分でどういう役割がいいかと考えたときに、私は学びの中に入っていきたいと思ったのです。自分が中学・高校の数学の中で面白いと思ったことや感じたことを発信することで、私自身が学んでいく姿を生徒たちに見てもらい、それを通じて数学の面白さ、学びの楽しさを感じ取ってもらえればいいなと思っています」

実際に、こんな例がある。学校の試験に出した問題に対して、ユニークな解法で答えを導き出した生徒がいた。本人の了承を得てTwitterで紹介したところ、今まで獲得したこともない6000近い「いいね」を集め、多くのリツイートと、リプライがあったという。

「学校でこれからの時代に必要になるコアな学びを授業で習得したり、仲間をつくったりすることは大事ですが、学校の外にもコミュニティーを広げて学んだり、自らの考えを発信していくことも大事です。それにはICTが欠かせないツールであることは間違いないでしょう」

最近では、教員からの相談、提案も増えてきている。例えば、セブ島の語学学校とオンラインでつないで、生徒とネイティブスピーカーを1対1で会話させたいという構想を実現させたこともある。「これからは5教科以外の体育や芸術などの授業も、ICTの導入でドラスティックに変えていくことが可能だと思います」と清水氏は先を見通す。

いよいよ今年度からは、中学2・3年生と高校1年生でBYODによる端末整備が始まる。清水氏は「そこがうまく回っていくかが、当面の課題です」と言うが、そこは4年にわたる経験とコロナ禍において急きょオンライン対応をすることができた経験が、大きな支えとなってくれそうだ。

(撮影:尾形文繁)