子ども時代からの「お金教育」の大切さを痛感し、団体を立ち上げ

――「キッズ・マネー・ステーション」を立ち上げた経緯と現況について教えてください。

八木陽子(やぎ・ようこ)
キッズ・マネー・ステーション 代表、ファイナンシャルプランナー
上智大学外国語学部卒業後、編集者を経て2001年ファイナンシャルプランナーの資格を取得。海外でファイナンシャルリテラシー教育を視察した経験を活かし、子ども向けマネー教育の普及に努め、2005年「キッズ・マネー・ステーション」を設立。約300名の講師が所属し、全国の小・中・高等学校にて授業や講演など多数開催中。2017年度から2021年度に使用された文部科学省検定の高等学校家庭科の教科書に、日本のファイナンシャルプランナーとして掲載される。著書に『10歳から知っておきたいお金の心得』、『今から身につける投資の心得』(ともにえほんの杜)『6歳からのお金入門』(ダイヤモンド社)などがある

2001年にファイナンシャルプランナーの資格を取得し活動する中、知人を通じ、オーストラリアでは小学校から金融教育が取り入れられていることを知り、当時5歳だった息子を連れて視察に行きました。

ビクトリア州の小学校でファイナンシャルリテラシーの授業を見せてもらったのですが、低学年から社会科の授業で2週間に1度取り入れられており、先生手作りの紙幣を使ってお金のやりとりを学んだり、教室で架空の購買体験をしたりなど、子どもたちが社会の仕組みを楽しく学ぶ姿に衝撃を受けました。

グローバル化に加え、現金をさわらずとも物が買える電子マネーが普及する中、子どもの頃からお金の扱い方や価値を知り、お金を通して社会や経済に興味を持ち「自立する力」を持った子に育ってほしいと “お金教育”の必要性を痛感。2005年、子どもたちにモノやお金の大切さを教える団体「キッズ・マネー・ステーション」を立ち上げました。子育てサークルやPTAで親子向けマネー講座を行ううちに需要が増え、認定講師の養成も始めました。現在は、全国に約300名在籍する認定講師と共に、幼児から高校生向け講座やイベントの実施、オリジナル教材の企画・制作、金融教育のコンテンツ執筆・監修などの事業を行っています。

――お金教育の講座やイベントはどのような内容ですか? 開催する際に大切にしていることは、どんなことでしょう。

「モノやお金を大切にする」「一消費者として、ネットゲームでの課金などさまざまなトラブルから身を守り、お金の知恵をつける」「お金は働くことによって手に入るものであることを知り、長期的な視野で暮らす大切さや仕事・経済の本質を学ぶ」、この3つを柱に12のプログラムを用意しています。

中でも、小学生向けで、おこづかいのもらい方、使い方、貯め方、管理の方法を学ぶ「おこづかい講座」、年齢に応じて社会保険、税金、家賃、食費、光熱費、教育費など生活にかかるお金について学ぶことができる「生活にかかるお金講座」が人気です。夏休みは、「円高・円安になったらハンバーガーはどうなる?」など、海外に目を向けお金が世界とつながっていることを学ぶ「日本のお金・世界のお金講座」も注目を集めています。

銀行や保険、株式の仕組みや金融商品について触れることももちろんありますが、「広く公正な視野でお金の知識を身に付けてほしい」という思いから、特定の金融商品の紹介に偏ることなくフラットで中立な視点でお話しすることを大切にしています。

2022年度から高校で投資教育が必修化、外部リソースとの連携を

――2020年度より、新学習指導要領に基づき小・中学校、高等学校で金融教育が拡充されています。2022年度からは、高校で投資教育が必修化されました。「キッズ・マネー・ステーション」では、金融教育とどのように関わっているのでしょうか。

全国の小・中学校、高校で出張授業(出前授業)という形で講師を派遣し金融教育を行っている

全国の小・中学校、高校や自治体、教育委員会から声をかけていただき、それぞれのニーズに合う講座を出張授業(出前授業)という形で講師を派遣し金融教育を行っています。

小学校では中学年以上の児童対象の授業が多く、その際は、特別活動やPTAなどの時間に「おこづかい講座」「生活にかかるお金講座」を行うケースが多いです。授業時数が多くコマ数が限られ、「年に一度、単発」で出向くことが多いですが、児童の反応などから「次年度も」と継続的に声をかけていただくこともあります。中学校は、3年という期間の短さや高校受験の準備などから外部講師を呼んで金融教育を行う時間的余裕がないのか、小学校と比較すると需要が少ないのが現状です。

高校については、2022年4月から金融教育が拡充されたこともあり、金融教育を担当する家庭科の先生に向けた研修・勉強会の講師としてお話ししたり、特別授業の枠で、卒業後就職する生徒向けに「社会人になる前に知っておきたいお金」をテーマにお話ししたりしています。

――学習指導要領改訂では、高校の家庭科において、家計全体の管理の仕方や生涯を見通した資産形成、貯蓄や投資の基本について盛り込まれています。現場の教員の方々の反応はいかがですか?

高校の家庭科の先生に向けた研修・勉強会では、「生徒にどのように教えたらよいのかわからない」などと不安を抱く先生が一定数いらっしゃいます。これまで衣・食・住を中心に教えてきた家庭科の先生が、ご自身が学生時代に学んでこなかった投資や資産形成などについての知識を蓄える必要があるため、不安を抱くのはごく自然なことだと思います。

また、金融教育の拡充、投資教育の必修化スタートということで、学校や先生宛てにさまざまな団体からさまざまな専門教材の案内が届くものの、「どのような視点でどの教材を選んだらよいのかがわからない」という声も聞こえてきます。金融庁のホームページには、金融広報中央委員会により、学校における金融教育に関する実践プログラム、教材、各種コンクール、公開授業、セミナーなどの情報が掲載されていますので、これらを調べることも選択肢の1つとしてお伝えしています。

――金融教育は、学校内部のリソースだけで展開していくのは困難なのでしょうか。

東京都では2023年5月から「金融経済教育に関する講師派遣事業」をスタートしました(事業期間~2025年3月31日)。学校などから依頼を受け、連携する金融機関や団体・金融経済教育関係者などを講師として派遣する事業で、講師の謝金・交通費は東京都が負担するため専門家の授業を無料で受けられる仕組みとなっています。

登録団体は、金融庁、全国銀行協会、日本証券業協会、ファイナンシャル・アドバイザー協会などで、「キッズ・マネー・ステーション」も講師団体の1つとして登録されています。専門的な知識な必要な金融教育は、可能な範囲で外部リソースとうまく連携しながら学びの場を展開していくことが、子どもたちの金融リテラシーを高めていくことにつながるのではないでしょうか。

学校教育に取り入れられたのは大きな一歩、長期的な視野で

――日本の金融教育の現状と課題についてお感じになることについてお聞かせください。

「高校で金融教育必修化がスタート」とニュースなどで取り上げられ話題になりましたが、実際に高校の家庭科の教科書を見ると、「長期的なライフプランの中で金銭計画は大切」という点は説明されているものの、金融商品についての具体的な記載はないなどその内容は断片的で、真の意味で金融リテラシーを身に付けるには正直なところ手薄に感じます。

専門家の立場からすると、「コマ数を増やし単元として充実させてほしい」という思いもありますが、日本の教育全体が過渡期を迎えている今、ほかの金融教育先進国と同様のカリキュラムを求めるのは困難でしょう。

ただ、長らく日本人の間では、「人前でお金のことを話すのはタブー」という風潮がありましたが、ようやく金融教育の遅れが指摘されるようになり、学校教育に取り入れられるようになったのは大きな一歩だと思います。今後は先ほど申し上げたように、学校と外部リソースの連携に加え、民間が開発する金融教育カリキュラムを活用しながら学びを深め、長期的な視野で金融リテラシーを高めていく流れになるのではないでしょうか。

――「キッズ・マネー・ステーション」では、2023年夏に東京・大阪・福岡で「金融教育サミット2023」を開催されました。内容について教えてください。

金融教育についての興味・関心が高まる中、参加者が金融教育の現状や課題、どのように子どもに伝えていけばよいのかなどについて知ることを目的に、パネルディスカッション、学習指導要領と教科書研究、世界の金融教育についての研究発表展示、「子供たちの金銭感覚 事件レポート100」の展示などを行いました。

「金融教育サミット2023」で展示した「子供たちの金銭感覚 事件レポート100」

経済アナリストの森永康平氏、東京都スタートアップ・国際金融都市戦略室戦略推進部 国際金融都市担当課長の中村香織氏、学生投資連合USIC顧問で慶應義塾大学法学部3年の八田潤一郎氏をまじえて「金融教育の最前線」をテーマに行ったパネルディスカッションでは、「学校の先生だけで金融教育を担うのは難しい現状があるため外部リソースを使いながら長期的な視点で取り組んでいくことが大切」「投資や資産運用の教育以前にいちばん大切なのは家計管理。まずはここをおさえてから」などの意見があがりました。教育関係者、教職員、金融関係勤務の方、保護者の方など4日間で約120名の来場がありました。

「金融教育サミット2023」では経済アナリストの森永氏、東京都スタートアップ・国際金融都市戦略室戦略推進部 国際金融都市担当課長の中村氏、学生投資連合USIC顧問で慶應義塾大学法学部3年の八田氏と「金融教育の最前線」をテーマに行ったパネルディスカッションも行った

――金融教育の基本は家庭にあると思いますが、家庭で子どもの金融リテラシーを高めるにはどうしたらよいのでしょうか。

保護者の方から「自分に専門的な知識がない」「自身の金融リテラシーがあまり高くないから子どもに教えられない」などの声をよく聞きますが、難しく考える必要はないと思います。「今日はこんな買い物をしたけど、買うときに○△○△について悩んでどちらを買うか迷った」「ネットで○○を買ったら、思ったより手数料を取られた」など、お金について日常的にオープンに話す機会をつくることを意識していただくだけでも、親子のコミュニケーションが深まりますし、この積み重ねが金融リテラシーの向上につながると思います。

「『お店でお買い物するとお金(現金)が減っちゃうけど、ネットで買えばお金が減らない』と思っているお子さんもいる」という、ある意味衝撃的な話も聞こえてきます。電子マネーやネットショッピングが日常的になった今、大人にとっては当たり前の概念を子どもは理解していないことも少なくありません。

しかし、お金についてのコミュニケーションを意識することで、これらに気づくこともできます。ゲームの課金トラブルが起きても、ただ叱るだけではなく、「なぜトラブルが起きたのか」「これからどうすればトラブルが防げるのか」についてしっかり話し合うことが大切です。「子どもより先にお金の知識を得て教えよう」というよりは、「子どもと一緒に学ぶ」というスタンスで向き合っていただきたいですね。

(企画・文:長島ともこ、写真:すべて八木氏提供)