大学も高校の歴史総合に「期待」、知識よりも面白さを重要視
高校の新必履修科目である「歴史総合」では現在、生徒らは19世紀以降の歴史を「近代化」「国際秩序の変容と大衆化」「グローバル化」の3軸で捉えて学んでいる。教授内容重視(コンテンツベース)から転換して資質・能力重視(コンピテンシーベース)、つまり従来の知識詰め込み型から思考力を重視した歴史教育へ移行し始めたわけだが、大学側はこれをどう受け止めているのだろうか。一橋大学大学院社会学研究科教授の若尾政希氏はこう語る。
「歴史で重要なのは知識ではなく、しかるべき情報から何を考えるかです。私は大学で、高校での知識詰め込み型の歴史教育と、大学での歴史学習とは大きく異なることを常々伝えてきましたが、まさに高校から歴史的思考力が重視されることは歓迎すべきことだと捉えています」
東京外国語大学名誉教授で現在、名古屋外国語大学教授を務める鈴木茂氏も、知識詰め込み型の教育には懸念を抱いてきた。
「高校生には歴史は暗記ものだという固定観念があります。しかし、歴史は考えるための素材であり、覚えるものではありません。歴史総合で学ぶ近現代は、世界の中に日本を位置づけられる時代ですから、大学教育にとっても非常にありがたいです」
大阪大学名誉教授で現在、ベトナム国家大学日越大学教員を務める桃木至朗氏は歴史総合への期待をこう述べる。
「ベトナムでも歴史教育については日本と似た状況にあります。私は日本学を教えていますが、単に日本史を教えるのではなく、学生たちが世界の中で日本とベトナムを捉えたり、学んだことをベトナムにどう生かすかを考えたりできるよう多角的な視点を重視しています。日本でも若者が世界に出る前に歴史総合で多角的な視点を得られることには意義があるでしょう」
これまで暗記重視の教育が行われてきたことで、歴史を学ぶ学生の質が低下しているのではという見方もあるが、大学側はどう感じているのだろうか。
「多くの私立大学では典型的な暗記型入試が続く一方で、入試がない総合選抜型も増加しており、学生の世界史の知識レベルは本当にバラバラです。ただ、大学の歴史が資料を読み取って考えるような授業だと知って、目を開かれた思いをする学生も多い。歴史は面白い学問なのだと再発見してくれる学生もいるのです」(鈴木氏)
「私は、必ずしも今の学生の学力が低下しているとは思いません。大学で歴史を学ぶときに無駄な知識はないほうがいいこともある。例えば文化人類学や社会学は、高校ではなく大学で無駄のない面白い授業を展開してきたことで学問として魅力発信に成功しました。その意味で、高校も知識にとらわれすぎず、多様な授業を行ってほしいです」(桃木氏)
歴史教育が政治的良識を養う、一方で教科書の過積載は課題
では実際に、大学側は高校での歴史総合において具体的にどのような授業を期待しているのだろうか。
「資料やデータなど根拠に基づいて考える力を身に付けてほしい。同じ資料を見ているのに異なる意見が出る場面を体験して議論したり、そもそもの資料やデータすら批判的に見ていく。こうした歴史を学ぶ『姿勢』を身に付けることが何より大事なことだと思います。同時に、考えたことを書く能力も必要でしょう。私の授業では、毎回リアクションペーパーを提出させています。最初は2~3行しか書けなかった学生も、回数を重ねると何十行も書けるようになります。高校の授業でも実践してみてはいかがでしょうか」(若尾氏)
「先生の中には『知識がなければ歴史を学ぶことができない』と言う方もいます。ただ、歴史に1つの正解があるという考え方は、独裁政治を正当化することにつながらないでしょうか。歴史教育は政治的な良識を養う側面もあります。高校生も18歳になれば選挙権がありますね。極端ですが一党独裁に向かわせることがないよう、その知識を学ぶ意味や意図についても考える必要があるでしょう。また、歴史を自分事として捉えることも欠かせません。私たちは、歴史の結果としての今を生きています。いやが応でも、歴史は私たちの人生に関わってきますから、『歴史実践』の感覚は持つべきものなのです」(桃木氏)
期待が高まるゆえに、教科書には従来以上に知識が詰め込まれ過積載だという指摘もある。この点、大学側はどう考えているのか。桃木氏が続ける。
「実は2017年にも高大連携で歴史用語の精選を試みる動きがあったのですが、大変難航し断念されました。実際、すべての教科書が載せている用語に絞ってもすでにパンク状態ですので、さらに制限するのは非常に難しい作業です」
「例えば欧米の歴史教科書も非常に分厚いのですが、何もすべてを授業で扱うわけではないのです。ただ大学入試の範囲を考えると、未学習分があると生徒や保護者が不安になるのも当然でしょう。実態に即して高校と大学で考え直す必要があるかもしれません」(鈴木氏)
大学入試の議論も開始、採点はルーブリックなど工夫を
歴史総合を反映させた大学入試は2025年度から始まる。鈴木氏と若尾氏が続ける。
「今後、少子化が進む中で従来のペーパーテスト式の一般入試による入学者は減少するでしょう。受験対策の内容も変わっていくはずです。歴史総合の入試問題もこの流れの中で考える必要があります」(鈴木氏)
「すでに25年度からの問題に関する議論は始まっています。知識を問うだけの問題は控える配慮が必要なこと、資料やデータを読み込むプロセスを評価する問題を入れることなどが話し合われています」(若尾氏)
とはいえ、思考型や自由記述型の問題は採点の面で大学側にも大きな負担がある。実際どうなのだろうか。桃木氏が語る。
「確かに過去にも、論述問題で大学側が期待した回答が出ず、平均点が下がったという話があります。よい答案がなかったため、結局は多く知識を並べたほうが高得点という本末転倒な事例も発生していました。そうした反省を踏まえ歴史総合では、すべてを論述にするなどの単純な改革ではなく、まず基礎的な知識問題を出したうえで、それらをヒントに関連する論述問題で思考力を問うといった形式がよいのではと考えています。採点方法も単純な点数加算減算方式ではなく、例えば安定的な採点ができるルーブリック(評価基準)などを設ける必要があるでしょう」
現在も試行錯誤が続くが、歴史総合の入試問題については高校と大学が議論する場の必要性も指摘されてきた。実際に、23年8月5日に高大連携歴史教育研究会が開催され、高校と大学の教員が参加して議論が行われたばかり。入試部会の責任者を務めた鈴木氏が言う。
「これまでは歴史総合をいかに科目化、入試化するかを考えてきましたが、今年は入試内容にとくに大きな影響を与える大手私立大学の歴史総合の対応も議論したいと思っていました。実は、大学の歴史研究者で歴史教育に詳しい者はそう多くいません。だからこそ、志を持った高校と大学の教員が自主的に集まり、議論する場を持つことが非常に重要なのです」
始まったばかりの歴史総合だが、生徒の「歴史実践」はもちろん、高校教育や大学入試の改革に大きな可能性を秘めているのは確かだ。最後に改めて、これからの歴史総合に期待するものを3氏それぞれに語ってもらった。
「日本の歴史教育はこれまで『the history』でした。同じ歴史でも人によって捉え方や見方は異なります。私たちが学ぶ歴史はそのうちの1つ『a history』にすぎないのです。物事には唯一絶対の正解があるわけではない。その中で、私たちは良識を持って人生や社会をつくっている。この感覚を伝えられる歴史総合になってほしいですね」(桃木氏)
「歴史総合の目標は知識の暗記ではありませんから、ぜひ歴史の面白さに気づく科目にしたいですね。一部の高校の先生方はすでに実践されていますが、生徒自身の『知りたい、学びたい』という意欲をかき立てる授業をしてほしい。大学側もそうした思いを引き取って、今後の入試に反映させていこうと思います」(鈴木氏)
「歴史を学ぶことは、私たちが生きていくうえで必要不可欠です。自分がどう生きればよいのか、そして、社会や国のあり方をも見えてきます。世界の中の日本についてしっかり理解するためにも、歴史総合が生徒たちに歴史の面白さと大切さを伝える科目になればと願っています」(若尾氏)
(文:國貞 文隆、注記のない写真:tetu / PIXTA)