学校現場を苦しめる講師不足の原因とは?

かつて東京都の公立小学校教員として14年間勤務していた田中光夫氏。2016年春に退職し、この5年間、「フリーランスティーチャー」として公立・私立合わせて延べ11校で「担任代替」を務めてきた。田中氏は、この道を選んだきっかけについてこう話す。

「公立小学校にいた頃、病気休職の教員が増えていることを目の当たりにしてきました。休職者が出ると、管理職の教員は東京都が作成している講師登録者名簿の該当者に連絡して代替講師を探しますが、なかなか見つからない。しかも毎年7月ごろには依頼可能な代替講師は底を尽いてしまいます」

講師不足の要因の1つは、教員採用試験の倍率低下だという。不合格者が減っているため、講師として登録する人も減っているのだ。問題はそれだけではない。

「名簿登録する講師は、教員経験がない方や現場を離れて久しい方が多い。代替とはいえ、学級担任は、困難学級や特別な配慮が必要な児童、悩みを抱えた保護者などのケアも求められる。経験や技量によっては対応できず、すぐにリタイアしてしまう講師も多いのです」

その結果、ほかの常勤教員や副校長が穴を埋めることになり、現場の残業が増える。この状況が数カ月間続くこともざらで、1校で2〜3人の病気休職者が出ることも珍しくない。しだいに学校全体が疲弊していく。

若い教員のクラスが困難学級になる、経験不足の講師がリタイアする――そんな事例をいくつも見てきた田中氏は、若い教員を助けたいとOJT担当に立候補。毎日15分フォローする時間をつくるなどしたが、自身も担任を持っているので限界があった。もっと何かできることはないだろうかと思っていた矢先、異動の時期を迎える。

「そのとき、もし自分が公務員を辞めてフリーになれば、困っている学校や先生をすぐに助けに行けるのではと思ったのです」

こうした経緯で退職して以来、SNSで情報発信し、それを見た学校からのオファーを受ける形でフリーの講師を続けてきた。

田中光夫(たなか・みつお)
1978年生まれ、北海道出身。東京都の公立小学校教員として14年間勤務した後、フリーランスティーチャーとなる。これまで公立・私立合わせて延べ11校で講師を務める。NPO法人「Growmate」理事としてマーシャル諸島で私設図書館建設にも携わる。近著に『マンガでわかる!小学校の学級経営 クラスにわくわくがあふれるアイデア60』(明治図書)

児童と一緒に考え、困難学級を立て直す 

しかし、通常の非常勤講師と何が違うのか。イメージに近いのは、「私、失敗しないので」の決めぜりふで有名なテレビドラマ「ドクターX」の主人公である、フリーランスの女性医師だという。経験やスキルを駆使し、困っている場所に駆けつけて多くの人を救う彼女のように、困難を抱える学校を専門に支えるプロ。それが田中氏の考える「フリーランスティーチャー」だ。

実際に、依頼は学級崩壊に陥っているような困難学級の立て直しが多い。田中氏はその解決に向け、大切にしていることがある。

「児童と関われるのは数カ月から長くても1年。ずっと一緒にいられないからこそ、私の次にどんな教員が来てもいいように、児童が力を合わせてクラスづくりに取り組むような風土形成を目指します」

具体的には、どのようなことをするのか。

自作の掲示物が並ぶ教室。田中氏は、「学ぶ権利」「安心して生活する権利」「周りの人から大切にされる権利」の大切さを児童に考えさせることを大切にする

「まずはルールの見直し。主観ですが、困難学級ほど『色ペンは持参不可』『ノートは絶対これ』といったルールにガチガチに縛られている。特別な配慮が必要な児童などは、ルールで縛ろうとしてもはみ出してしまう。そういった子に先生が振り回されていると、一生懸命ルールを守る子がバカらしいと感じるようになり、学級が崩れるケースが多い。でも、『一緒にルールを見直して、クラスをつくり直してみないか?』と問いかけると、児童は素直に耳を傾けてくれます。大切なのは児童が納得できるまで話し合うことです」

これはまさに、新学習指導要領で求められている主体的な学びに通じる。こうした考え方は、田中氏のICT教育の実践にも反映されている。

「ICTで重要なのは『C』の部分、コミュニケーションです。コロナ禍でも、Zoomでホームルームを開き、保護者にメールで学級通信を毎日配付するなど、ICTをコミュニケーションのツールとして活用してきました。

プログラミングの授業も、基本的に子どもたちに任せています。わからない子がいたら、子どもたちに投げかけてみる。すると、『教えてあげる』と手を挙げる子が出てきて学び合いが広がります。『C』を取り入れたICT教育は主体的な学びにつながるので、早く『1人1台端末』が当たり前になるといいですね」

毎日配付する学級通信には、得意のイラストを挿入(イラスト:田中光夫氏)

フリーランスで働くメリットとデメリット

2020年度は私立小学校でのフルタイム講師のほか、不定期で東京都調布市と埼玉県戸田市で校内研究の講師なども務める田中氏。フリーランスティーチャーという働き方の魅力についてこう語る。

「メリットは、自身の教員経験を『求められている現場』で発揮できることや、働き方を自分で選べること。私は仕事を入れない期間をつくって、農作業や海外のボランティア活動などに取り組んでいます。また、SNSなどでの情報発信を規制されない点もいいですね」

マーシャル諸島で建設に携わった私設図書館(左上・左下)。建設ではDIYスキルを生かし設計から施工まで担当(右上)。建設中に現地と三重県の学校をオンラインでつなぎ、ゲスト講師として社会科の授業も実施(右下)

一方で、デメリットもある。

「学級経営はできますが、学校運営に関わりづらい。また、安定や保障はない。私はある程度教員経験があることで、公立校であれば時給約2500円で働けるため基本給は確保できますが、主任手当などの各種手当はありません。

定期的に講座を開き、教員の働き方について教員たちと学び合う

ただ、20年度から法令が変わり、講師は『会計年度任用職員』となりました。同一労働同一賃金化に向け、時間講師にも期末手当が与えられるなど、制度面での改革が進みつつあります。こうした講師の状況変化はあまり認知されていないので、今後も啓発していかなければと思っています」

「教員の働き方を変えたい」という思いには、過去の経験も影響している。

「教員になりたての頃、50代の先輩教員が遅くまで残業しているのを見て、30年も残業し続けなければならない仕事なのかと衝撃を受けました。また、大失敗してノイローゼ気味になったことがあり、病気休職は誰にでも起こりうることだと深く理解しています」

不登校のような苦しい気持ちを抱えていた時期、休職には至らなかったものの、「オンラインゲームを10時間も続け、朝になったら学校に行くという生活を続けていました」と、打ち明ける。

幸い、その時間は無駄にはならなかった。ゲームを通じて人脈や視野が広がり、それが落ち込みから立ち直る契機になったほか、学級運営に「ゲーミフィケーション」の要素を取り入れられるようになるなど、教員としての収穫もあったという。

即戦力となる「講師集団」をつくる

それだけではない。ゲームにハマったことで、自身の働き方改革が進んだ。

「1秒でも早くログインしたかったので、定時で帰るようになりました。しかし、周りに迷惑をかけてはいけないので、徹底的に効率よく仕事を進めることにしたのです」

例えばテストの採点。テスト中に丸をつけていけば、後は点数を転記するだけで済む。児童にとっても、正解はすぐに評価され、不正解ならその場で再考できるというメリットもある。当時、生活指導主任だったので、学年会などは「勤務時間内に終わらせましょう」と同僚と合意形成する形で根回しするなどスムーズな運営を図った。

「これまで教員の仕事は足し算で増え続けてきました。今年は新学習指導要領への移行とコロナ禍が重なり現場の教員の負担はさらに増えていますが、そんな今こそ『引き算』で仕事を見直すべき。コロナ禍で運動会を簡略化して『これでもうまくいくじゃないか』と皆思ったはずです。実は文部科学省も、仕事を外部に委託することを認めているので、やろうと思えば『引き算』はもっとできます」

しかし、文科省や教育委員会から下りてくる働き方改革の指針を現場で実現するには、それぞれの学校が長年培ってきた伝統や文化を変えることが求められるため、なかなか思うように進んでいない。

こうした中、田中氏はボトムアップでの変革を推し進めるべく、また1つ新たな挑戦を考えている。

「即戦力となる教員のコミュニティーを立ち上げ、適材適所により担任不在で困っている学級の子どもたちや教員を助けたい。プロボクサーや一級建築士など専門職と並行する講師や、育児を大事にするため時間講師になった男性など、すでに12人くらいフリーランサーの教員仲間がいます。講師と学校側との交渉に私が同席し、働きやすい条件を引き出すことも考えています。

また、教員志望の学生が減少傾向にある今、改めて教員という仕事の魅力を学生に伝え、志望者を増やしていきながら同時にサポートできる体制もつくっていきたいですね」

教員が働きやすい環境でパフォーマンスを発揮すれば、それは必ず児童たちにプラスに働く。田中氏をはじめとしたフリーランスティーチャーの存在に、今後さらに期待が集まりそうだ。

(写真はすべて田中光夫氏提供)