誰もが持つ「アンコンシャスバイアス」とは?
2021年10月下旬、神戸市立美賀多台小学校では、4~6年生を対象にオンラインによる道徳の授業が行われた。各教室に設置されたモニターには、「ある人の予定」が映し出されている。「みんなはこの予定を見て、どんな人を思い浮かべますか?」と、講師の守屋智敬氏が遠隔で呼びかけると、「あんな人」「こんな人」と元気な声が返ってきた。
守屋氏が「実はこの人は……」と誰のことかを明かすと、子どもたちからは「えー!」と驚きの声が広がった。「このように無意識の思い込みは誰にでもあります。これこそが誰もが持っている『アンコンシャスバイアス』(以下、アンコン)です」と説明すると、子どもたちは一様になるほどという表情を浮かべていた。
クイズと2〜3人の小グループによるディスカッションを挟んで、アンコンの授業は進んでいく。この日、子どもたちが学んだアンコンは、次の5つ。
・正常性バイアス:「私は大丈夫だ」と思い込むこと
・確証バイアス:「〇〇に違いない」と思い込むこと
・集団同調性バイアス:周りに合わせてしまうこと
・無理バイアス(インポスター症候群):「私なんかどうせ無理」と思い込むこと
このほかにも心理学の研究では200種類以上の認知バイアスが確認されているというから驚きだ。
授業では、「自分のアンコン」について考えるほか、アンコンに気づくとどんなことが起こるかについても、グループで話し合い発表した。例えば、アンコンに気づくメリットとしては、友達が増える、差別やいじめがなくなる、みんな仲良くなれるといった声が上がった。逆にアンコンに気づかないデメリットは、いじめや差別、けんかが増える、誤解を招くなどの意見が多く出た。
新たな価値を創造し、持続可能な社会を実現するカギ
守屋氏は、リーダーシップやキャリアデザインなどの研修や講演を行うコンサルティング会社の代表取締役だ。高校生の頃から心理学、とくに「無意識」に興味があったという。コンサルティングでも無意識の影響について扱ってはいたが、アンコンに深く興味を持ったきっかけは、プライベートの体験にある。
「私の母は乳がんを患い、25年以上にわたりがんの消失・再発を繰り返していました。抗がん剤治療を受けながら変わらず仕事に情熱を注ぎ続けていたのですが、当時、その姿を見て私は悲しい顔をしたり、『仕事なんてしないで』というような言い方をしたりしていました。しかし、大好きな仕事をがんだから休めと家族に言われることが母にはとてもつらかったらしいのです。考えてみれば、がんだからといって仕事ができないわけではありません。これは完全に私のがんに対するアンコンでした」
母親が他界した翌年の2018年、あるイベントで「がんのアンコンシャスバイアスに気づく」と題したワークショップを依頼されたことを機に、一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所を設立。以来、アンコンの認知を広める活動を続けている。
守屋氏は、これからの時代において多様な個性を互いに認め生かし合いながら、新たな価値を創造し持続可能な社会を実現していくカギが、アンコンだと捉えている。
「多様性が生かされる社会の根底には、1人ひとりが生き生きと活躍できることが大前提です。しかし、現状では、それを頭ではわかっていても、各自の無意識の思い込みによって多様性が生かされない状況が生まれています。このアンコンに気づき対処していくことで、SDGsで掲げられているような社会が実現すると思っています」
学校で授業を始めたのは、アンコンのセミナー参加者の中に小学校の教員がいて、「子ども向けに授業をしてほしい」と頼まれたことがきっかけだ。当初は「子どもに伝わるかな」と少し不安だったが、実際に授業をやってみると子どもたちは大いに興味を持った。中にはオンライン開催により、不登校の子が参加できた例もあった。
授業から1週間ほど経ってからのアンケートによると、身近にアンコンがあることに気づくだけでなく、友達と仲直りできた子、授業で挙手できるようになった子、「諦めていた夢をやはり頑張りたい」と親と話し合えた子などもいるそうで、「僕自身が勇気をもらえる」と守屋氏は言う。
また、興味深いことに「アンコンに気づかないことで戦争や冤罪(えんざい)が起こる」「これってSDGsの5番のジェンダー平等に関わる話ですよね」といった社会への関心の高さがうかがえる意見も出てくるという。
アンコンを「無意識の偏見」と伝えるメディアも少なくないが、子どもたちがアンコンを「あってはいけないものだ」と捉えることがないよう、ネガティブなイメージを含む「偏見」という言葉はあえて使わずに「思い込み」と表現している。アンコンは誰にでもあること、そして「自分を含めた1人ひとりを大切にしよう」というメッセージも強調するようにしているという。
「学校教育でアンコンを子どもたちが学べば、1人ひとりが違っていいということが理解でき、いじめや差別がなくなって友達と仲良くなれるチャンスが広がったり、将来の進路選択において自分の可能性を広げたりする素地がつくられるのではないかと思います」
21年度中はアンコン授業を無償で実施
守屋氏が学校での活動を本格的にスタートしたのは21年7月だ。全国の小中学校の子どもたちを対象としたアンコン授業のプログラムを開発し、先着20校に限り無償で出張授業を提供することにした。すると、20校の枠はすぐに埋まってしまったという。
しかし、現在も問い合わせが寄せられているため、21年度中はスケジュールが許す限り、依頼があった小中学校で無償授業を実施することにしている。「母は生前、学校法人ザベリオ学園の理事長兼学園長を務めていたのですが、よく『子どもは未来からの留学生』と言っていました。一人でも多くの子どもにアンコンを知ってもらえたら」と守屋氏は言う。
授業を実施した学校での評価も上々だ。先に紹介した美賀多台小学校6年1組の担任である前田崇博氏は、「今後D&Iが大切にされる社会の担い手である子どもたちに必要な概念だと感じて道徳の授業に取り入れましたが、私自身も非常によい学びの機会となりました」と語る。
6年生には「人権や多様性を大切にした社会は理想だけれども、社会には矛盾がいろいろある。それでも、やはり理想を大切にしていきたいよね」という話を授業後にしたところ、とても真剣な表情で聞いてくれたという。
「ある子は、いつも自分を卑下していたことについて『自分の性格のせいだと思っていたけど、無意識の思い込みだとわかった』と授業後の感想に書きましたが、こうした変化は大きいことだと思います。子どもたちは周囲の影響を受けていて、無意識に『女性は〇〇だ』『自分には無理』と思い込んでいる子がいます。こうした子どもたちにとって、アンコンが生きやすくなるヒントになってほしいですし、子どもたちの柔軟な思考での学びが家庭に広がり、大人たちにも波及するといいですね」
保護者も教員も学ぶことで子どもの可能性をひらく
文科省は19年度から「次世代のライフプランニング教育推進事業」を実施している。その中で、子どもたちが固定的な性別役割分担意識にとらわれず主体的に進路選択できるようにするため、指導的立場にある教員自身のアンコンの気づきを促し、教育活動や学校運営などを男女共同参画の視点から捉え直す必要性を指摘している。こうした流れもあってか、守屋氏には教員向けの研修や講座の依頼もあり、随時対応しているという。
「ゆくゆくは、先生方が子どもたちにアンコンを教えられるようになってほしい。そのために、先生方を対象に教材やトレーニングを提供する『子どもたちへのアンコンシャスバイアス授業の実施支援講座』も始めたいです」と、守屋氏は言う。
守屋氏が研修を行うある企業では今年、社員の子どもたちに向けたアンコンのワークショップをオンラインで開催した。中には親子で参加する姿もあったそうだ。
「普段はD&I推進とかイノベーション、リーダーシップという文脈でアンコンを学ぶ大人が、子どもと一緒に学ぶことで『自分の発言がわが子の可能性を狭めている』と感じたそうです。アンコンは保護者にも、先生にも、子どもにも、誰にでもあります。だからこそ共通言語として話すことができます。垣根なく共にアンコンに気づくことでよりよい関係を築いて自身の可能性にチャレンジし、誰もが生き生きと過ごしていける社会になっていくことを願っています」
(文:田中弘美、注記のない写真は一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所提供)