「性教育」と「ライフプラン」
主に中高生に向けたYouTubeでの動画配信や、講演活動、そして書籍出版などで精力的に性教育について発信しているシオリーヌこと大貫詩織さん。性教育に関心を持ったきっかけは、新卒から助産師として働いていた産婦人科での経験が大きいと言う。
「出産を終えたお母さんたちに、避妊についてお話ししたところ、避妊のことを習うのは初めてとびっくりされたことがあり、とても驚きました。本来であれば、こうした情報を得たうえでライフプランを描くことが大切だと思いますが、正しい情報が不足している現状に気づかされたのです」
性教育については、どのトピックに関しても情報が足りていないと大貫さんは語る。
「パートナーとの健康で安心できる関係性の築き方や、具体的な避妊の方法、自分を守るために必要な知識も不足しています。まず学校教育で性教育が提供できない状況になっているということが大きな課題ですね。でも、文部科学省が『生命(いのち)の安全教育』を推進するための教材の中で、『性犯罪・性暴力の加害者にも、被害者にも、傍観者にもならないように』という文言を出したことについては、大きな一歩だと感じています。ただ、性暴力に関する啓発もまた、性教育の中のごく一部なので、これを皮切りに包括的で具体的な内容に踏み込んだ性教育につながっていくことを望んでいます」
「性教育=性行動教育」ではない
性教育が包括するものとは何かと聞かれ、「性行動(セックス)について話すものだ」と今でも思われていることがあると大貫さん。そもそも、性教育とはどんな内容を指すのだろうか。
「性教育は、自分の体が持つ権利の話や、自分とパートナーの間でどんなコミュニケーションを取るかという人間関係の話、世の中にある価値観や文化の話まで含まれ、幅広い内容を取り扱うものです。根本にあるのは、『あなたの体と、あなたの人生はあなたのもので、それを決める権利はあなたにしかないんだよ』『一人ひとりの人間が、この世の中で同じように大切にされて生きる権利があるんだよ』という人権に関わること。人権というと難しく聞こえますが、この人権への理解が、すべてのコミュニケーションにとって必要な意識、価値観だと思います」
性教育について語るときに、たびたび言われる「寝た子を起こすな」という言葉がある。
これは、思春期の子どもに対して「わざわざ性教育で性行動について話して、寝た子を起こすな」という、考え方だ。主に性教育に反対する人たちが採用している理論でもある。しかし、この理論についても、すでに世界ではその理論は、必ずしも正しくないというエビデンスがそろい始めている。
「ユネスコが出している『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』で世界的にスタンダードとされている性教育の内容を見ると、日本で行われている性教育はごく狭い範囲に限られていることを痛感します。こちらのガイダンスに基づいた性教育を、子どもたちに提供している国々では、高いリスクを伴う行為をする子どもたちが減少しているとデータにも表れています。性教育に反対するほうの意見として、『寝た子を起こすな』理論がありますが、大人は寝ていると信じたいだけで、子どもたちはネットやさまざまな媒体を通じて、すでにいろいろな情報を持っていることが多いのです。その情報は玉石混淆であり、その中で、自分の責任で意思決定をしなければいけないシチュエーションに子どもたちが直面していることに、大人は深く向き合わなければいけないと思います」
大貫さんがかつて勤務していた児童思春期病棟でも、子どもたちがSNSでコミュニケーションを取ることはもちろん、そこで出会った友達に会いに行きたいと言うのは日常茶飯事だったという。ネットにフィルターをかけて制限をかけるだけではなく、もうそれは避けて通れない現実として受け止め、「危険の予知や、人や情報をどう信頼するのかといった能力を、早急に身に付けさせるべきでしょう」と、大貫さんは続けた。
性教育は何歳から始めるべき?
性教育はいつから始めればいいかという問題は、親や教育者の間でよく話題に上るものだ。ユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」では5歳からと記載されている。
「個人的には、性教育は何歳になったらスタートという区切りのあるものではないと思っています。子どもとコミュニケーションが図れるようになってきたら、性教育は始まるといっていいでしょう。例えば一緒にお風呂に入ったときに、プライベートゾーンを親がどう扱うのか。自分に対してどういう声かけをしてくるのか。また、『赤ちゃんはどうやってできるの?』など、性に関する質問が子どもから出たとき、親がどういう対応をするのかなど、親の一つひとつの言動がメッセージとなり、積み重ねられていくものが性教育だと思います」
また、男の子なのに泣くのはやめなさい、女の子だからピンクの服で……と、知らないうちに親がジェンダーバイアスをかけていないか、ということについても、意識を持ってほしいと話す。
「世の中には、さまざまなセクシャリティーやジェンダーの人がいて、そこに優劣はなく、一人ひとりの権利が同じように大切にされる必要があるということは、幼いうちから知っていく必要があります。その知識があれば自分自身を守ることができ、誰かを傷つけたり、誰かの選択肢を奪ったりすることもなくなるはずです。でも、実は大人たちにも無意識に刷り込まれたジェンダー感があることは、大きな課題です。個人的な話ですが、私も1回目の結婚の時には、すでにジェンダーについて発信を始めていたにもかかわらず、『妻とは』という意識にとらわれてしまい、義務感で毎日料理をしていました」と笑う大貫さん。当時はそれがとても辛かったそうだ。
「私自身にも無意識に、そうしたことが刷り込まれていたのかもしれません。ほかにも、お菓子を食べた後にそっとウエットティッシュを出してくれるようなホスピタリティーの高い男友達に対しても、以前の私は『女子力高いね』と言ってしまっていたんです。彼が優しいことと、ジェンダーは何も関係ないはずなのに。わざわざ性別を持ち出して褒めたり、おとしめたりする場面はいまだによくありますが、かつてそこに乗っかってしまったことを、今はすごく反省しています」
2度目の結婚をした今は、大貫さんが主に家計を支え、夫が改姓。家事は便利家電に頼るなど、ジェンダーにとらわれず、自分たちらしい暮らしをすることで生活のペースも気持ちも安定しているという。
子どもたちにどんな姿勢で向き合うべきか
大貫さんは、思春期保健相談士※という民間資格も持っている。いざ子どもから、性に関して相談を受けた時、どう話を聞けばいいのだろうか。
「性の話題は、まだまだ子どもの中でもタブー意識がある中で、大人に相談することはとても勇気のいること。まずは、ありがとうと伝えて、安心させてあげることが何より大事です。アフターピルをもらいに行って怒られたと話す子がすごく多いのですが、相談を受けたときに大人が良いこと、悪いことだと評価をしたり、叱責することは不適切だと思っています。そうすると、勇気をもって相談することすら難しくなる。そもそも子どもの振る舞いを決めるのは本人自身。子どもの行動をジャッジしないというスタンスがすごく大切だと思います」
大貫さんは「最終的には性教育が義務化され、私の仕事がなくなればいい」と話す。子どもへのメッセージを発信するだけではなく、大人への啓発を通し、子どもたちに必要な教育が届けられるよう活動していきたいと話す。
「性教育を受けてこられなかった上の世代の方々にも性教育に関連する本や動画を見ていただき、これはどうやら大事な話だなと気づいてもらうことで、子ども達に伝える重要性が共有できると信じています」
まだまだ、大貫さんの活動は続いていく。
※思春期保健相談士とは、一般社団法人日本家族計画協会が認定している民間資格。さまざまな問題を抱えやすい、思春期の子どもに対し、専門的な知識でカウンセリング、サポートするための資格
(写真はすべて大貫さん提供)