「裁判に勝って危機管理に負けた学校」はどうなるのか
「炎上対応を誤った学校は、かなりの被害を受けます。ある私立学校では翌年の入学者数が前年の3分の1にまで落ち込みました。ネットやSNSに上がった記事を削除するため1000万円以上を投じましたが効果がなく、今でも上位検索には誹謗中傷の記事が並びます」
そう話すのは、学校危機管理に特化した専門機関、学校リスクマネジメント推進機構の代表を務める宮下賢路氏。この私立学校は、顧問弁護士が同席した記者会見を開くなどそれなりの対応も取っていたが、なぜこんな事態に陥ってしまったのか。
「この記者会見は、後の裁判が色濃く意識されたものでした。およそ、謝罪の言葉を口にすると不利になるからでしょう。なるべく学校側が責任を負わない言い回しに終始してしまったのです。残念ながら、学校側の誠実さは見受けられませんでした。そこをマスコミに突っ込まれて記事になり、炎上が広がった。その数年後に学校側は裁判で勝訴したのですが、その頃には誰も注目しませんよ。これが典型的な『裁判に勝って危機管理に負けた』事例です」
この事例は10年以上も前のものだが、当時と比べて現在は小中高生のSNS利用率も格段に上がった。NTTドコモ モバイル社会研究所が2022年4月に公表した調査結果によれば、中学生のSNS利用率は90%、小学生高学年は51%にもなる(※1)。記事拡散のスピードはもちろん、児童・生徒のさまざまな言動が一気に世界中に発信される時代とあって、「学校の規模や私立公立、地域にまったく関係なく、すべての学校につねに炎上リスクがつきまとっていると言っても過言ではない」と宮下氏は警告する。
※1 NTTドコモ モバイル社会研究所「SNSの利用上昇傾向 中学生では9割を超える」(22年4月)
電話を取った職員が「自分の見解を述べる」がいちばん危険
では、まさに炎上が起こる局面で学校はどうするべきなのか。ひたすら誠実な対応を取ればよいというわけでもなく、宮下氏は「誠実さにもノウハウが必要」と語る。
「例えば、SNSで炎上している生徒についてマスコミから問い合わせが来た際、電話を取った教職員はまだその内容を知らないかもしれません。しかし、正直に『その件はわかりません』『知りません』などと反応すれば、隠蔽していると勘繰られてネガティブな報道につながるおそれがあります」
批判的な論調ではなくても、学校が事態をまったく把握していないとなれば、「生徒に無関心」「情報共有が遅い」とみられる可能性は大いにある。たとえ学校の管理責任下にないものでも、内容が深刻であればあるほど無責任な学校だと受け取られかねない。宮下氏は「最低でもマスコミ対応の窓口は一本化しておくべきです」と話す。
「電話を取った教職員が自分の見解を述べてしまうのがいちばん危険です。管理職レベルでは状況を把握し対策を練っていたとしても、たまたま対応した教職員がうっかり口にした言葉が学校の見解として広がってしまいます。たとえ事実ではなくても、一度拡散された内容はなかなか訂正されません。軽率なことは言わずに、『担当から折り返します』などと伝えるようにしましょう」
以下は、避けるべき文言として宮下氏が挙げたものだ。いずれも言い訳や保身の意図が見える。
・「そうはおっしゃいますが……」
・「だけど……」
・「でも……」
・「しかしですね……」
・「こちらも一生懸命やっているんです……」
・「ですから……」
・「法的には違反していないので……」
・「こちらも被害者の部分がありますので……」
想定外の問い合わせが来ると、つい焦って希望的観測で発言をしてしまったり、上から目線になってしまったりしがちだ。そのため、事前に学校でマニュアルを作成してある程度の定型文を決めるなど、平時のうちに「想定内」にしておくことが大切だ。
「具体的には、記者会見やマスコミ取材、緊急保護者会におけるQ&A集を作成しておくことをお勧めします。この時重要なのは、できるだけ多くの教職員が参加してあらゆる可能性を考えておくことです。緊急時にはこれをもとに、状況に合わせた肉付けをしていきます」
初動は事実確認を最優先し、情報を一元管理する
一方で、注意が必要になるのが「謝罪」だ。学校側が不用意に謝罪をすることで、2次被害を生む可能性もある。
「例えば、炎上した生徒が実はいじめられていて、無理やり問題行動をさせられていたケースもあるわけです。それを知らずに学校側が一方的に謝罪すれば、その生徒の人権にも関わります。必ずしも迅速に謝罪文をアップすればよいとも限らないのです」
こうしたリアクションよりも優先するべきなのは事実確認だと宮下氏は強調する。
「問題発生時の初動対応の基本は、5W1Hに沿った情報収集です。現状把握もせずに情報発信をしてはなりません。マスコミも社会も、知りたいのは『本当のところはどうなのか』です。実際、炎上を最小限に抑えた学校は、『現在、事実確認を行っています』『いつまでに中間報告をします』と小刻みなアナウンスをしています」
情報を集めた後は、それらを速やかに整理する必要がある。仮にテレビなどで大々的に取り上げられた場合は、翌日の児童・生徒の登校はどうするか、週末の野球部の試合には出場するのか、など意思決定すべきことが山ほど出てくる。宮下氏によれば、ホワイトボードなどにすべての情報を書き出して一元管理し、全体を把握しながらタスクを洗い出すことで判断の質が高まるという。
次に、洗い出したタスクの延長線上に考えられるリスクを想定していく。例えば、生徒に向けて事情説明をするというタスクの延長には、A君のメンタルヘルス不調というリスクや、保護者に不正確に伝わるというリスクがある。この場合、A君のケアや保護者会の実施という新たなタスクが見えてくる。
ここで宮下氏が推奨するのが、マインドマップの作成だ。考えうるリスクに対して、そのリスクが顕在化しないための対策と、顕在化したときの影響を最小限にとどめるための対策との2つを考えながらどんどん書き込み、新たなタスクについては実施の期限を決めていく。
「リスクを測る際は、まず児童・生徒の心理状態を第一に考えてください。子どもたちの人間関係を考慮していくと、誰のメンタルケアを優先するべきかが見えてきます。混乱の中でも的確に動けるよう、事前に想定リスクを洗い出しておくと安心です」
炎上時の学校の誠実な対応は、最終的に児童・生徒の心身や生活を守ることにつながる。それぞれの局面で適切な判断をするには、やはり平時の準備が必要だろう。一方で、人手不足の学校現場ではこうした準備が困難であることや、有事の際も人手不足のために不適切な対応になってしまうケースがあるのも事実だ。必要に応じて外部の力も借りつつ、「想定内」の事象を1つでも増やそうという意識が、学校の未来の命運を分けそうだ。
(文:高橋秀和、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)