東京の文化を英語で紹介するロボットを作る

2020年度に小学校で必修化されたプログラミング教育。中学校では、以前から行われていたものの、今年度スタートした新学習指導要領ではプログラミング教育の内容がさらに拡充された。

通常、中学では技術・家庭科の時間にプログラミングを学ぶが、中には企業と連携して「総合的な学習の時間」を使ってプログラミングの学習をする学校も多い。東京・台東区の区立上野中学校も、その1つだ。先月、ソフトウェア会社のゼッタリンクスと東日本電信電話(以下、NTT東日本)が実施する英語とプログラミング教育を融合した実証授業に、中学2年生が参加した。

ゼッタリンクスのブロックプログラミングソフトと、NTTグループが開発したコミュニケーションロボット「Sota(ソータ)」を使って、東京の文化を英語で紹介するロボットを作るという内容だ。

もともと台東区は、浅草寺やかっぱ橋道具街、国立西洋美術館などの観光資源が豊富で、外国人観光客が多い。残念ながらコロナ禍で観光客は減ってはいるものの、これまでも上野中学校では台東区の観光課や地域ボランティアと協力して、総合的な学習の時間を使い外国人観光客に向けた情報発信について学んできた。

観光資源が豊富な台東区にある上野中学校では、これまでも外国人観光客に向けた情報発信について学んできた

実証授業への参加について、上野中学校で2年生の学年主任を務める盛雅史氏は「コロナ禍で人と人の触れ合いはできないが、身に付けた知識を活用するいい機会」と話す。「東京の文化を英語で紹介するのはハードルが高いものの、ロボットでプログラミングをするというアウトプットはキャッチーで、生徒が前のめりに取り組んでくれると考えた」という。

想定問答をプログラミングで作り、ロボットで動作を検証

授業は全部で3コマある。ロボットを使ったプログラミング授業の前に、まず生徒たちは上野の歴史や伝統的建造物について学び、それをどのように英語で伝えるのか下調べをして「問い」と「回答」の原稿を作っておく。そのあと2コマを使って、想定問答をプログラミングで作り、実際に意図したコミュニケーションをロボットが実行するかを検証していくという流れだ。

プログラミング授業の講師を務めるのはゼッタリンクスの高橋氏

プログラミングの授業が行われる教室に入ると、各テーブルに「Sota」とパソコン2台が用意され、1グループ6人ほどが6つに分かれて座っていた。ブロックプログラミングソフトを使うのは初めてという生徒ばかりだが、授業冒頭の説明は10分程度とごく簡単なものだった。

「画面のいちばん左側にある『ソータ』をクリックすると、『Sota』に実行させる動作ブロックが表示されるから、『スタート』を選んで右側に持ってくる。さらに『右手を挙げる動きをする』などいろんな動きがあるから、その下に持ってきて実行ボタンを押してみて。実際に触って動かしながら、試行錯誤をしてプログラミングを作ります」

ゼッタリンクス社員で講師を務める高橋裕生氏は、教室前方のプロジェクターを使って、ドラッグ&ドロップでブロックを組み合わせ、簡単にプログラミングができることをやってみせる。この要領で「英語を聞く」という動作を選び、「こう言ったら」「こう答える」という条件を設定してコミュニケーションができるロボットを作っていくというわけだ。

ドラッグ&ドロップでブロックを組み合わせてプログラミングを作り、そのとおりに「Sota」が動作するのかを確かめる

「スピーカーは頭にあるよ。『Sota』が青くなってから滑舌よくしゃべってね」。こう話す高橋氏の注意を聞いて、生徒たちは「Hello.」「How are you?」「Do you like ○○?」など、試しに簡単な会話のやり取りができるようプログラムを組む。そのあと「Sota」に話しかけて、プログラミングしたとおりに動作するか確かめるのだが、なかなかうまくコミュニケーションが取れない。理由は英語の発音である。コロナ禍で全員がマスクをしており、声が聞き取りにくいというのに加え、なかなか「Sota」が英語を正しく聞き取ってくれないのだ。

確か、米国ではレストランの予約を電話で行う際に、AIが対応することが珍しくなくなっていて、正しく聞き取ってもらうのが大変という話を聞いたことがある。聞き分けが難しい「R」や「L」はもちろんだが、英語を学び始めて間もない中学2年生となればなおさらだろう。

授業のゴールは、事前に用意した想定問答を基にそれぞれがプログラムを組み、意図したコミュニケーションがロボットで実際にできるのかを検証することだ

にもかかわらず、生徒たちは諦めずに代わる代わる「Sota」に話しかけたり、プログラミングに誤りがないか何度も熱心に確認を行う。中にはGoogle翻訳の読み上げ機能を使って、発音の問題を解決するグループもあった。全員が一通りの操作に慣れたら、今度は事前に用意した想定問答を基にそれぞれがプログラムを組み、意図したコミュニケーションが実際にできるのか検証を行った。

実社会で使われているロボット「Sota」を使う意味

「プログラミングというだけで、構えてしまう人も中にはいる。そのため実社会で使われているロボットを用いることで、プログラミングを身近に感じながら興味を喚起し、楽しみながら学べるのが特徴です」

こう話すのは、NTT東日本 ロボコネクトのサービス主管 江川智洋氏だ。「Sota」は、NTTグループが持つ音声認識や音声合成などのAI関連技術を活用したコミュニケーションロボットで、駅やホテル、空港、商業施設など実社会で使われている。

NTTグループのAI関連技術を活用したコミュニケーションロボット「Sota」

今回の授業でも「『Sota』を見たことがある」という生徒がいたように、「プログラミング学習のために開発された教材ロボットではないため、プログラミングが社会でどのような役割を果たすのか『これもAIなんだ』と思ってもらうきっかけになると考えている」(江川氏)という。

実際、授業を受けた生徒たちにそれらは伝わったのか。

「実際やってみて、思ったより難しかった」
「『Sota』が思うようにしゃべってくれず、データが消えたりもしたけど、楽しかった」
「英語の表現を簡単にして、聞き取ってもらえるよう工夫した」
「短くしたほうが『Sota』が答えてくれることがわかった」
「『Sota』が英語を聞き取って答えてくれるとうれしかった」
「10回話しかけて返ってきたのは1回だけで『Sota』に嫌われているのではないかと思った」など。

授業のゴールを「東京の文化を英語で紹介するロボットを作ること」と考えると、かなり達成が難しい内容ではあったが、多くの生徒が真剣に、楽しんで取り組んでいたことがわかる。

来年度に始まる高等学校の新学習指導要領では、プログラミング言語であるPythonなどを「情報科」で本格的に学んだりもするが、小・中学校ではプログラミング教育を通じて論理的思考を養うことや、社会におけるコンピューターの役割などを理解することを目的にしている。

今回は、ロボットを活用し、さらに英語も含めた教科横断型で行ったことで多くの生徒が興味を持って学んでいた。何より、今や社会に欠かせなくなっているAIを知り、さらにそのAIとの付き合い方にも工夫がいることを体感できたことは、ほかにはない貴重な学びになったのではないだろうか。

(文・撮影:編集チーム 細川めぐみ)