「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けて授業改善が求められている現在の学習指導要領で、重視されているのが探究学習だ。正解のない予測不可能な現代を生きる力を育むのに必要だとされているが、いまだ手探り状態が続いている現場も多いことだろう。

1998年改訂の学習指導要領で導入された「総合的な学習の時間」の狙いも、まさに探究学習にあったが、原点は1989年改訂の学習指導要領で小学校1・2年生に新設された生活科にある。理科と社会を横断的に学ぶことを前提にあらゆる教科との融合が進められ、その後に小学校3年生より上は「総合的な学習の時間」として導入された。

これまでの教員が児童生徒に知識を教授する授業スタイルとは異なること、また教員自身が学校で探究学習を経験してきていないために苦労は多いに違いないが、さまざまな実践も生まれる中で課題も出てきているようだ。

「学校教育において探究学習が推進され、児童生徒たちも探究することに慣れてきています。与えられた時間内にワークシートや模造紙をきれいに埋められるスキルが習熟してきている一方、制限時間内に答えが出せなそうな“大きな問い”が自然と排除され、“着地できそうな問い”が探究の対象になっていると聞き憂慮しています」

こう話すのは、東京大学大学院 情報学環 客員研究員で、MIMIGURIのCo-CEOを務める安斎勇樹氏だ。

安斎勇樹(あんざい・ゆうき)
東京大学大学院 情報学環 客員研究員、MIMIGURI Co-CEO
東京大学工学部卒業、同大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人の創造性を活かした新しい組織・キャリア論について探究している。主な著書に『冒険する組織のつくりかた:「軍事的世界観」を抜け出す5つの思考法』『問いのデザイン』『問いかけの作法』などがある。Voicy「安斎勇樹の冒険のヒント」放送中
(写真:本人提供)

型を変えただけの探究学習になっていないか

もともと安斎氏は、探究学習の方法論にもなっているワークショップの研究をしていた。ワークショップは問題の本質を捉え、現状を打破する「問い」をデザインし、それを当事者と共有して対話の場をつくる課題解決の手段として広く普及している。

現在は、こうしたワークショップの創造性を引き出すメカニズムで新しいものを生み出せる組織をつくろうと、MIMIGURIを立ち上げ企業向けにワークショップやコンサルティングを提供している。

なかなか忙しくて引き受けられていないというが、学校からの依頼も多く、N中やN高にワークショップのプログラムなども提供しているという。そんな安斎氏は、企業マネジメントや学校教育に共通する文化と課題をこう指摘する。

「企業マネジメントと学校教育の背後にあるのが、1900年代中盤に発達した『軍事的世界観』です。戦争のやり方や兵隊の統率、育成の仕方は、効率的によりよい成果を出すために人間をコントロールする方法論として、企業マネジメントや学校教育にも取り入れられてきました」

規律規範を守って周囲と足並みを揃え、決められたタスクをこなし、成果を挙げることを目指す。こうした型にはめて人間を育てる「軍事的世界観」が、これまでの企業マネジメントや学校教育の基盤にあったというわけだ。

しかし今は、いい大学や会社に入り出世をして高年収を目指すのをよしとするような一昔前の価値観は変わってきている。ワークライフバランスが意識されるようになって働き方も多様化し、転職が当たり前の時代となった。自分にとって何が幸せなのかという基準も、人それぞれ異なる時代になっている。

「多様な軸の中から自分を見いださなければならない時代になっています。これを僕は“軍事的世界観から冒険的な世界観へのシフト”と呼んでいます。大きなパラダイムシフトの中では、企業マネジメントも学校教育も型から脱却し、自分が納得いくものを自らつくる“野生の冒険者”を育てる必要があります。

そのプログラムが探究学習と言えるのですが、軍隊型教育が抜けないままの学校に、学習指導要領に定められているからと探究学習をインストールしたというのが現状のように思います。

これでは、ただ型を変更しただけに過ぎないのではないでしょうか。本来、“答えのない問い”を自分なりに考える時間だったはずなのに、『時間内に自分の考えをワークシートに埋めていく』時間になってしまいますよね」

教員に求められるのは「湧き上がる好奇心を知的活動に変える」役割

では、探究学習はどうあるべきか。そのヒントは、文部科学省が探究的な学習の学習過程を説明した資料の中にある。

探究的な学習にするための学習過程
① 【課題の設定】体験活動などを通して、課題を設定し課題意識をもつ
② 【情報の収集】必要な情報を取り出したり収集したりする
③ 【整理・分析】収集した情報を、整理したり分析したりして思考する
④ 【まとめ・表現】気付きや発見、自分の考えなどをまとめ、判断し、表現する
出所:文科省「今、求められる力を高める総合的な学習の時間の展開」を基に東洋経済作成

 

そして、この探究的な学習を具現化するには、「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」を繰り返しながら高めていくことが必要だと指摘している。

出所:文科省「今、求められる力を高める総合的な学習の時間の展開」

これは教育哲学者のジョン・デューイが約100年前に提唱した概念だ。

「ジョン・デューイは著書で、あらゆる教育は経験から始まること、経験の原点は衝動にあると述べています。同時に、『内側から湧き上がる衝動に蓋をしたまま、“外部を観察しましょう”“主体的に学びましょう”というのが伝統的な学校教育の問題点だ』と指摘しています。

今の話をしているかのようですね。ほめられるからとかではなく、その子の内側から湧き上がる好奇心、気になって仕方がないという衝動をいかに知的な活動に変えていくか。それこそが、探究学習において教員に求められる役割なのではないでしょうか」

ここで1つ疑問が湧く人もいるのではないか。それは「その子の内側から湧き上がる好奇心」を探究学習でどう誘発するかという点だ。これは「探究学習のテーマをどう設定するか」という課題にもつながるだろう。

「そもそも探究学習は、自分を知る時間ではないでしょうか。僕はもうすぐ40歳ですが、いまだに自分のことをわかり切っていないなと感じます。しかも、昔は許せなかったことが許せるようになるなど、年々変化しています。そう考えると、人生100年時代をハッピーに生きるには、どうしたら自分がハッピーでいられるのか、居心地がいい場所はどこなのかをわかっていたほうがいいと思うのです。

そのヒントは、子ども時代や思春期にあります。最高にヒントに溢れる子ども時代に、世界と自分とのフィットの仕方、つながりについて考えないのはもったいないですよね。世界と自分をつなげ続ける作業こそが、学びであり成長なのです」

プロジェクト学習を行い、その成果を発表するというのも探究学習の1つだ。しかし、児童生徒の中には、企業の課題や地域社会の課題と自分とをどうつなげたらいいのかわからないという子もいるだろう。

「自分から遠すぎる課題、例えば地域課題の探究は『この人に聞いたら課題を教えてくれる』という人を探し出すロールプレイングゲームになりがちです。未熟なうちは社会課題の解決よりも、自分の特性や苦手なものなど“私自身の探究”と“半径5mの身近なものの探究”を行き来するのがいいと思います」

また、すべての児童生徒が提示されたテーマに興味を持つとは限らない。好きなこと、嫌いなこと、やりたいこと、やりたくないことは、それぞれ異なる。

だが、探究の対象が自分ならば、そんな自分の好き嫌いを知ることも、自分を知る材料になる。変化のスピードが速く、不確実性が高まる現代社会では、同じ仕事を10年先も続けているかもわからないが、だからこそ自分自身を知ることが将来のキャリア形成にもつながる。

「端的に言うと、自分のことを考える時間を増やしたほうがいいということです。そのため、授業も個人単位で取り組むのがいい。グループで行ったほうが効率的だとは思うのですが、人数が増えればどうしても分業になりますし、それは軍事的世界観で求められてきたやり方ですから。大学の卒業論文も修士論文も博士論文も一人で書くもの。自分の軸や価値観ができて初めて共同研究ができるのです」

最初の半年はテーマそのものの探究でいい

児童生徒一人ひとりの探究学習に、教員がどう関わるかというのも難しい問題だ。

これまでの知識を教授する指導ではなく、ファシリテーターとしての役割が教員に求められるといわれる。ファシリテーションとは、活動が容易にできるよう支援したり、うまく進むよう促すという意がある。

「ファシリテーションは難しいので“しよう”としないほうがいいと思います。授業内の30〜50分といった短い時間で探究テーマを見つけるよう誘導するのは容易ではありません。以前、僕が所属した研究室でファシリテーターを育成したのですが、教員経験がある方ほど伸びがよくなかったのです。というのも、先生たちは普段、短い授業時間を分刻みで進行管理しているので、“3分間ただ見守る”ことができないのです」

探究学習は本来、「定められた正解を出すこと」ではなく、「自ら問いを立てること」を経験するもの。しかし、何もせずにただ待つだけでクラス全員が問いを立てられるわけではないのも現実ではないだろうか。

「探究のテーマを見つけるだけでも時間がかかります。それ自体が探究活動ですし、カリキュラムを時間軸の観点から再編する必要もあると思います。アンコントローラブルの多様な植物を、効率よく栽培しようとすると野生ではなくなるのと同じです。

最初の半年は探究のテーマを見つける時間として、自分の嫌いな科目を言語化してみるとか、その改善プログラムを考えてみるとか。自分の好き嫌いを言語化できたら、それはすばらしい教育達成です。とくに思春期は傷や抑圧が増えて悩みやすくなるものですが、自分探究はそれをケアしてエネルギーに変えることができます。小学生だけでなく、中高生にもぜひ自分探究をしてほしいですね」

探究学習を重視した学習指導要領「生きる力」が、小学校に導入されて今年でもうすぐ丸5年。やるべきことが積み上がり続ける学校教育における「探究学習とは何か」という探究は、もうしばらく続きそうだ。

(文:吉田渓、編集部 細川めぐみ、注記のない写真: Fast&Slow / PIXTA)