国公立大学でも173校のうち105校で推薦入試を実施
今、大学入試では従来行われてきた一般選抜入試よりも、年内入試といわれる学校推薦型選抜・総合型選抜入試の割合がどんどん多くなっています。
文部科学省が2024年2月に公表した「大学入学者選抜の実態の把握および分析等に関する調査研究」によると、大学入試全体での一般入試の割合は48.9%に対し、学校推薦型選抜30.5%、総合型選抜20.6%で、学力で大学合格を目指す一般選抜よりも推薦型・総合型(旧推薦入試・AO入試)の割合のほうが多くなっています。
そしてこの傾向は、私立大学だけのものではありません。177校ある国公立大学でも、2024年に学校推薦型選抜入試は173校、総合型選抜入試は105校が実施しており、半数を超えて年々多くなってきています(文科省「令和6年度入学者選抜について」)。
東京大学も、年内入試を実施する国公立大学の1つです。2016年度入試から学校推薦型選抜入試を行っています。一般入試で合格する人の人数が3000人程度なのに対して、東大の推薦入試の定員はわずか100人。今年で9期目になりますが、合格者は合計でも1000人に満たない人数です。
しかし学内では、そんな彼ら彼女らの存在感は強く、どの子も東大に新しい風を吹かせています。今回はカニの研究で東大に合格した、薬学部推薦8期生の山田遼祐(やまだ・りょうすけ)さんにお話を聞きました。
母校は推薦での東大合格実績なし、山田さんが初挑戦
山田さんは、中学まではテニス部の活動に専念し、研究とは無縁の生活を送っていました。しかし、高校生になって、友人の1人がテレビでキンチャクガニの特集を見かけ、「一緒に研究をしないか」と声をかけてくれたことで研究の道がスタートしたといいます。
キンチャクガニは、両手にイソギンチャクを持った奇妙なカニで、研究者による先行研究があまりされておらず、その正体は謎に包まれたままでした。
とくに「なぜハサミの機能を捨ててまで両手にイソギンチャクを持っているのだろうか」「そのイソギンチャクはどうして透明になっていくのか」が謎だったそうです。この謎に対して、ほかの課外活動と並行しながら、自然科学部に所属し、友達と一緒になって研究を重ねました。
学校での活動のため、いろいろな苦労やアクシデントがあったそうです。いちばんのアクシデントは、新型コロナウイルスの影響でした。キンチャクガニをすべて輸入に頼っていたため、研究がストップしてしまう時期があったのだとか。
そんな苦難の中でもひたむきに実験を重ねた結果、イソギンチャクは海の中だと基本的に毒を持つと認識されているため、自身がイソギンチャクと擬態することで敵から身を守る習性に気づいたそうです。
大人にもできないような研究を進めていた山田さんは、だんだんと東京大学に行きたいと思うようになります。そして、一般入試での東大受験だけでなく、推薦入試という選択肢も考えるようになりました。自身が今まで行ってきた活動をプレゼンして、そこを評価してもらえる受験もやってみよう、と考えたのです。
東大の推薦入試のための準備をする中で、今までやってきたことを自分の中で振り返ることにもなると考えたそうです。母校のサレジオ学院は推薦での東大合格実績はなく、山田さんが初の挑戦でした。
高校3年生の秋に出願をし、一次試験の書類審査は通ったそうです。しかし、難化の年と呼ばれる2022年度の共通テストで実力を発揮することができず、最終審査は不合格に終わってしまいました。
浪人を経て東大薬学部に推薦合格
浪人時代は予備校に通って一般入試の対策をするも、推薦入試への挑戦を諦めきれず、再度挑戦を決意。ちなみに推薦入試でも、一般入試のように浪人しての受験が可能です。しかし通常と違い、浪人生に対しては浪人中の活動が書類要件に追加されます。そのため、後輩らが引き続き行っていた研究のメンターとしての活動を加えました。
「書類も初年度と大きく内容は変えず、とくに面接練習もしなかった」と語る山田さん。
人前で話すことが多く、自身の研究については自分がいちばん知っている、その自信を武器に教授5人を相手にした面接も乗り切りました。
面接中、教授に「何を聞かれても立て板に水が流れるようにスラスラ答えられるのは、それくらい自分のことを見つめて将来のことについて考えているからだよ」と言われたことが今でも印象に残り、大学でも自分らしく研究を続けられる秘訣だそうです。
薬学部を志望した理由は、もともと医療医学分野に関心を持つ中で「薬学を通じて世界全体の底上げがしたい」と感じるようになり、もともと有機化学が好きであったことも高じて薬学部を志望するように。
医学部とも迷ったそうなのですが、「薬を一度生み出したら目の前の患者だけではなく、世界中の大勢の患者様たちを救うことができる」ところに強いやりがいを感じて、薬学部を決意したとのこと。東大薬学部はさまざまな研究室の教授たちの仲が非常によく、一年を通じて多くの行事があることも決め手になったんだとか。
「1年次からカニの研究で研究室に所属しているため、学部生のうちに論文として集大成を出したい。さらに大学の授業を通じて、キンチャクガニが持つ謎同様、世の中の難病やいまだ治療法が確立していない分野に関心を持ち、希少疾患や難病について研究を進めていこうと考えています」と語る山田さん。
薬を作るのみならず、しっかりとそれが人々に届くまでのアプローチや流通システムも整えながら、社会全体に影響を与えていくのが夢だと教えてくれました。
東大に推薦で入ってからの現在は、推薦生同士のコミュニティーやコネクションを活用してさまざまな外部団体で活動したり、研究室に行ったり、サークルにバイトにと充実した日々を過ごしていると言います。
テレビ番組でキンチャクガニの特集を見た友達の声かけがきっかけとなって研究を始めた山田さん。いろんなものに探究心を持って臨む姿勢は広く評価される時代になっているのだと考察できますね。
(注記のない写真:テラ / PIXTA)