今日の総合的な学習のテーマは「感情を形、デザインするには?」

ここは、東京・三鷹市立第三小学校3階のプレイルーム。5・6時間目が「総合的な学習」の授業という5年1組・2組・3組の児童106名が集まり、授業の始まりを待っている。

「今日の総合では、毎年ファッションショーを開催している大学生サークル『Keio Fashion Creator』の皆さんをゲストティーチャーに、自分たちの感情を服のデザインに表す方法を学びます。その後グループに分かれてファッション画を作り、最後にみんなで発表し合いましょう」

山下先生の第一声で、授業が始まった。

授業には三越伊勢丹の担当者も参加した(上)。「Keio Fashion Creator」に所属する女子学生3名による講義(下)

最初に、「Keio Fashion Creator」に所属する女子学生3名による講義が行われた。モニターにプレゼンテーション資料を映し出しながら、「自分の感情をファッションで表現する方法」について、ピカソの『ゲルニカ』、モネの『睡蓮』の絵を提示しながらそれぞれを見たときの感情や印象……『ゲルニカ』なら「不思議」「不気味」「モノクロ」、『睡蓮』なら「平和」「穏やか」「自然」などを書き出し、それらを“服をデザインする”という方法で表現する過程を子どもたちにわかりやすく伝えていく。

その後、子どもたちの前に、1枚の抽象画が提示された。

「みんながこの絵を見て感じたことをグループで話し合いながら、服のイメージを考えファッションとして表現してみましょう。正解はありません。色鉛筆、クレヨンなど好きな道具を使って取り組んでみてください」と、女子学生。

子どもたちは、それぞれのクラス、それぞれのグループ(1組5〜6人)に戻り、抽象画を前に「こわい」「幸せな感じ」「悪魔と天使!」「空が湖に反射してる」「何かが出てきそう」など、絵から受ける印象を自由に言い合う。

1枚の抽象画を見て感じたことをグループで話し合う

グループに1人ずつ、女子学生、保護者ボランティアらがファシリテーターとして配され、ホワイトボードに子どもたちの対話を書き出していく。山下先生は、教室全体を見て回りながら、質問を受けたり、声かけを行ったりしている。

「怒りの気持ちを、稲妻で服に表すのはどう?」
「黄色い空が明るい感じだから、太陽みたいな帽子をかぶせたいな」

対話を重ねるにつれ服のイメージが固まってきた子どもたちは、配られた白いマネキン画に、思い思いに色や模様を描き始めた。

そして、各班の発表の時間に。

「私たちがデザインした服のテーマは、『ドラゴンと宝石とオーロラ』です」
「上半身と下半身を『平和』と『悪』に分けて、2つの間に『自然』を描いてみました」
「きれいな自然を感じて、雲がふわふわしている様子を表しました」

白いマネキン画に色や模様を描き終えた後、「絵を見てどう思ったのか」「グループでどのように話し合ったのか」「デザイン画をどのように仕上げたのか」などについて発表した

それぞれのグループの児童が、完成した絵を掲げながら、自分たちの作品について述べた。“右へ倣え”ではなく、「絵を見てどう思ったのか」「グループでどのように話し合ったのか」「デザイン画をどのように仕上げたのか」などについて、“自分の言葉”で話そうとする姿勢が印象的だった。

仮想世界でバーチャルファッションショーを実施

学校外の人材や保護者など多くの人が関わる手の込んだこの授業は、5年生の今年度の総合的な学習の問い「テクノロジーと人間が共生する社会とは?」について探究する “プロセス”の一部なのだという。

総合的な学習の時間の最後では、仮想世界でバーチャルファッションショーを実施する。写真はイメージ。実際のファッションショーの空間などは、これから制作の予定
(写真:三越伊勢丹提供)

「『テクノロジーと人間が共生する社会とは?』の問いに対し、これまでドローンやAIなどについて学習してきました。現在は、仮想都市プラットフォーム事業『REV WORLDS(レヴ ワールズ)』を開発・運営する三越伊勢丹さんとコラボレーションして授業を実施しています。三越伊勢丹さんによる仮想世界の体験、アバターという3次元でのコミュニケーション、服という自己表現を通したコミュニケーションについて学びながら、子どもたちは、動画などから感じた思いをグループごとにまとめ、半立体の抽象画を作成しました。それを基に、1グループで1作品アバターの服をデザインし、プレゼンテーション大会を行います。最後は、審査会を経て三越伊勢丹さんの仮想世界でバーチャルファッションショーを実施するというプロジェクトです。

プロジェクトの中で、『抽象画から服のデザインに落とし込む作業が、子どもたちにとって難しいだろう』ということになり、三越伊勢丹さんから『Keio Fashion Creator』さんを紹介いただき今回の授業が実現しました。次回以降の授業では、今日のワークをフィードバックしながら、自分たちで作った半立体の抽象画を使って具体的にデザインしていきます」

民間企業から転職して教育の世界へ飛び込んだ山下氏

総合的な学習の授業計画は、年度初めに立てるという山下氏。

「まずは1年を通じての問いを立てます。今年度は、社会が発展していく中でテクノロジー(技術的発展)は不可欠なものである一方で、工業化、経済的な発展の陰で環境問題などの歪みが出始め、これらの流れ全般を捉えたいと思い『テクノロジー』を核に据えました。1学期は大学を休学して日本全国の学校で講演活動を行う環境活動家の露木志奈さんに来ていただき、気候変動についての話を聞きました。これを国語の単元『環境問題を考えよう』につなげ、『テクノロジーは発展すればいいということではない』『地球を守らないといけない』など、テクノロジーとSDGsについて学んできました。

これらを受け、今回のプロジェクトにつながります。総合は教科横断的な学びだと思うので、ほかの教科とのつながりや流れを意識しながら年間を通した授業を設計することを意識しています」

総合的な学習は、すべての学びの核

「総合的な学習は、自分で課題を見つけ、課題解決の方法を考えることが大切であり、子どもたちが社会に出て向き合う“仕事”そのもの。“社会に出るためのロールプレイング”として非常に大切な学習で、すべての学びの核として位置づけられると思っています」という山下氏。前職は会社員で、食品会社で営業職だったというだけに、説得力がある。

「原体験としてあるのは、前職の上司との出会いと『リフレクション(内省、自己内対話)』からなる自分自身の大きな成長です。その上司は一つひとつの仕事に真摯に向き合い、部下に対しても自分に対しても厳しい方でした。上司と出会い、私は考え方が変わりました。この経験により、人との出会いは人を変えるということを学びました。学校に多くの人に来てもらい、子どもたちが教員だけでなく実社会の多くの人たちと出会うことで、人生を豊かにしてほしいと思うようになりました。

また、商談が終わった後、上司から毎日のように電話がかかってきて、『なぜ○○のように考えたのか』などのリフレクションを通してしだいに自分の中に問いが生まれ、勝手に考え出し、成長していく自分に気づきました。その経験により、子どもたちが小さい頃から自分の中に問いを持ち、リフレクションができるようになると、多くの経験が何倍も有益で価値あるものになりえるのではないかと思いました」

会社員時代、上司から「給料の10%は本代に使いなさい」と口を酸っぱくして言われ実行するうち、気づいたら教育書がたまっていったという。

「どんなことをしていても、根本にあるのは教育だな、と。その頃、東京都で初めて民間人校長として採用された藤原和博さんが、自身の中学校をハブとして企業や社会とつながっていく様子を見て、教育業界はこれからどんどん変わっていくのではないかと感じました。自分も教育を通じて社会貢献をしたいと思い、働きながら通信で小学校教員の資格を取得し教員になりました」

良質な経験とリフレクションで自律した学び手を育てる

総合的な学習を通して「自律した学び手」を育てていきたいと語る山下氏。

「自律した学び手を育てるためには、良質な経験と良質なリフレクションが大切だと考えています。総合学習と教科学習をひも付けながら学びを進めていくことで、重層的な経験となり、子どもたちの心を動かす。と同時に、リフレクションの質を上げていくこと。リフレクションの質を上げるために、学活の時間を利用して、カードゲーム感覚でチーム内に深い対話を引き起こす子ども向けのリフレクションカードを実践したり、日々心が動いたことを思い出し、自己内対話や問いをつづる『内省ノート』に取り組んでもらったりしています。総合の時間だけでなく、普段から思考力を養っていくことで、子どもたちの成長速度を上げていくことができると思います。

また、教員が、子どもたちが意欲的に学ぶようなプランを設計することも大切です。今回のプロジェクトではバーチャルファッションショーを行うなど最終的なアウトプットは必ず社会につなげ、『自分たちの力で動いた結果、社会が動く』という経験を重ねていくことも、子どもたちが社会につながる道になると思っています」

これまでに、「タンザニアの子どもたちのために、自分たちができることを考え、自分たちで集めた文房具を届ける」「1年かけてヨルダンやネパールと交流し、現地の子どもたちに向けたメッセージソングをCD化し楽曲を販売する」などの実践を行ってきた。

昨年は、コロナ禍で授業時間が減ってしまったが、3年生の社会科見学で「三鷹の森ジブリ美術館」に出かけたことにひも付けアニメの制作を行うことに。アニメーターによる特別授業をオンラインで行い、タブレット端末を用いてコマ撮りアニメの制作を行った。

「子どもたちの力は無限大で、子どもたちの力で社会を動かすことができると思っています。これからも良質な経験と良質なリフレクションを重ね、対話の持久力をつけながら、一人ひとりが自分で言葉をそしゃくし自分の言葉で発表することができるような後押しをしていきたいですね。将来的には、子どもたちが主体となって社会や学校の課題を真剣に考え、教員など周りの大人がそれらをフォローしていく、そんな授業がやりたいなと思います」

山下 徹(やました・とおる)
東京都三鷹市立第三小学校主任教諭
大学卒業後、食品会社の営業職として勤務した後に転職し、2011年から教員になる。北区立袋小学校に8年勤務後、20年から三鷹市立第三小学校へ。「自律した学び手を育てる」ことをテーマに総合的な学習の時間を通して多くの企業とコラボレーションしながら社会と学校をつなげ、学びの個別化、協同化、プロジェクト化の授業実践を行っている。子どもたちの成長にはリフレクションが重要であると考え、実践を通して研究活動も行う。「子どもたちが主体者となり社会を変える」、そんな活動を目指している

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:今祥雄)