「大学受験対策は」「もっと部活動を」価値観の違い乗り越え

JR大宮駅からバスで15分ほど。さいたま市立大宮国際中等教育学校は、市の北西部に位置する公立の完全中高一貫校だ。旧市立大宮西高校を再編しながら6年制とし、2019年度に開校した。初年度は開校バブルともいえる倍率の高騰があったが、同校副校長の難波孝史氏は、「現在の受験者動向は、落ち着きつつ横ばいです」と説明する。

「1期は160人の定員に対して1000人近い出願がありましたが、近年では4倍程度で推移しています。おそらく塾の情報収集力の賜物だと思いますが、最近は本校をしっかり研究し、よく準備して受験する子が増えたなという印象を受けています」

開校直後、公立としては特徴的な教育が浸透するまでは、保護者から困惑の声も寄せられたと同氏は語る。例えば同校では、授業をつぶして模試を受けさせたり、大学受験向けの補講を行ったりはしない。これに対しては「もっと大学受験向けのカリキュラムにすべきだ」という声もあった。また、長時間の活動を行わない同校の「クラブアクティビティ」について、「もっと本格的な部活動をやらせてほしい」という要望もあった。つまり保護者の中には、自分の中高時代の価値観をそのまま持っている人が、ある程度いたということだ。

「われわれの教育方針を丁寧に説明することで、保護者からの反対意見は激減しました。むしろ『IBについてもっと知りたい』と言ってくれる方も増えて、こちらとしても嬉しい限りです。ただし華々しいプログラムや有名大学への進学を重視するのではなく、『ここでなら自分の可能性が伸ばせる』と思う子どもに来てほしいと考えています」

2024年6月、1年生から6年生まで揃った生徒と共に「完成記念式典」が行われた

開校から6年を迎えて、広報活動も軌道に乗ってきた。当初は試行錯誤の中、必死で全国の視察に回っていたが、最近は視察を受ける側になる機会も増えている。学校説明会だけでなく授業体験会も好評で、受験生からは「先輩たちが楽しそうだったから、この学校に入りたいと思った」という声が多く聞かれるようになったと言う。

「保護者とも当初のようなミスマッチはなくなり、受験者には本校の教育に向いている家庭・子どもの割合が増えています。いわばどの子が受かってもおかしくないような状況になってきているので、実質倍率は上がっているといえるかもしれません」

特別選抜は市民に加え県民もOK、公立ならではのチャンスを

2022年からは入学条件を一部緩和。帰国生や外国籍の子どもを対象とした特別選抜制度は初年度から設けていたが、この枠の受験対象者をさいたま市全域から埼玉県全域にした。この反響は予想以上に大きかったと言う。

「『今はまだ海外にいる』という人からも問い合わせがあります。つまり本校に子どもを通わせるかどうかで、その家族が帰国後にどこに住むかが決まるわけですよね。国際色豊かな教育をより深めるためにも、多様な背景を持つ生徒にぜひ入学してもらえたら」

さいたま市自体が英語教育に注力していることもあり、同校では中3にあたる前期3年までに、英検準2級や2級を取る生徒も多いそうだ。3年次にはニュージーランドへの語学研修が、5年次にはさまざまな国の大学での海外フィールドワークが、それぞれ約10日の期間で行われる。生徒にとっては大切な挑戦の機会だが、学校側は公立校としてのジレンマも感じている。

「率直に言って、お金をかければかけるだけ、学ぶ期間も内容も充実させられるのは事実です。短期留学は実費負担があり、希望制の長期留学ももちろん各家庭の負担になります。ただ公立の学校として、もう少しチャンスを広げることはできないか。例えばヨーロッパや距離の近いアジアなど渡航先の選択肢を増やして、予算の幅を出せないかなどということも考えています。通常の中学校に当たる前期3年間の学費は無料ですし、後期も私立高校に比べれば圧倒的に安い。公立校の費用負担でこの教育が受けられることは、最大の利点だといえるでしょう。本校だからこそチャンスが生まれるという子どもも、必ずいるはずです」

ニュージーランドでの研修やホームステイの様子。生徒がSNSで積極的に発信している

コミュニケーション力と思考力で、総合型選抜に強い学校へ

英語力の高い生徒が多いものの、難波氏は「それだけではこの先の社会を生き抜けない」と言う。単なる語学力ではなく、その言語で深いコミュニケーションができる人材を育てたいと考えているのだ。

「今は大学でも『自分の考えを自分の言葉で述べる力』が求められています。本校はこの点にも力を入れていて、もはや校風としてコミュニケーションを重視していると言えます。『一人で黙々とやりたい』という子どもだとやりづらいこともあると思うので、そこはミスマッチのないよう、保護者の方にもわが子との相性を考えてもらうといいでしょう」

イベントなどでは、1年生から6年生までがクラスで縦割りされることが多く、体育祭のチームや探究学習のグループも全学年混在で編成される。ワークショップやボランティア活動も同様だ。こうした学校生活の中で、下級生は上級生からさまざまなことを直接学ぶ。プレゼンテーションの好手、学習への姿勢、自分たちの活動の発信の仕方など。今後は進路についても、先輩が道を作っていくだろう。

現在、同校では初めての卒業生となる学年への進路指導を行っているところだ。難波氏は言う。

「本校の入試難度は決して低くありません。同等の学校と進路実績を比較したとき、大学名や単純な偏差値で並べたら、おそらく敵わないのではないかと予想しています。それはうちの生徒に力がないからではなく、IB教育や探究学習が目指す『思考力』と、大学入試で測る学力とに乖離があるからです。入試改革もさけばれていますが、今もペーパー試験を突破するのにいちばん重要なのは、過去問と練習問題をコツコツ解き続ける物量戦です。しかし本校が重視しているのは、『本当の学力とは何か』ということです」

一人ひとりの進路希望とその理由を確認していると、そこにはある傾向が見られるそうだ。

「俗にいうGMARCHのような偏差値帯で考えるのではなく、自分が何をやりたいかに正対して志望校を考えている生徒が多いようです。この軸がきちんと決まっていれば、本校の生徒は、優れた研究者を求める上位校の総合型選抜でもしっかり戦えるとみています」

文部科学省の調査では、2023年度入試の総合型選抜による大学入学者は、国公私立大合わせて14.8%となっている(「令和5年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要」)。この割合は年々上昇しているが、難波氏は「ゆくゆくは、卒業者の半数以上を総合型選抜で合格させられるといいですね。それだけの実績が出せれば、本校の大きな特長としてアピールすることもできるでしょう」と展望を語った。

「本校を希望する子どもと保護者には、まず実際に学校の雰囲気を見てほしいと思います。残念ながら、ここは自動的に汎用性の高い人物になれるような場所ではありません。受け身ではなく能動的な子どもに来てほしいし、私たちもつねに、そうした子どもたちを迎えるための準備をしています」

(文:鈴木絢子、写真:大宮国際中等教育学校提供)