なぜ札幌開成中等教育学校はIBを導入したのか?

現在、159以上の国や地域で約5600校がIBの認定を受けている。日本ではインターナショナルスクールなどを中心に導入が進み、候補校を含めて207校まで拡大。そのうち一条校も73校まで数を増やしている(2023年3月14日現在)。

こうした中、国内の公立中高一貫校として初のIB認定校となったのが、札幌市立札幌開成中等教育学校だ。札幌市が2011年に制定した札幌市中高一貫教育設置基本構想に基づき、北海道札幌開成高等学校を母体に新設された学校である。15年の開校以来、IB教育を展開し、17年にMYP(Middle Years Programme、※1)認定校、18年にDP(Diploma Programme、※2)認定校となった。

※1 IBの中等教育プログラム(11~16歳対象)。DPの基礎学習として位置づけられている
※2 IBのプログラム(16~19歳対象)。履修後、最終試験で所定の成績を収めると、国際的に認められる大学入学資格が取得可能

しかしなぜ、IBを導入するに至ったのか。同校教頭の西村里史氏は次のように語る。

西村里史(にしむら・さとし)
札幌市立札幌開成中等教育学校 教頭
1996年同市立札幌清田高等学校着任。2004年北星学園大学大学院言語文化コミュニケーション専攻、修了。05年同市立札幌清田高等学校グローバルコース設立。13年同市教育委員会学校教育部教育推進課中等教育学校担当課係長。15年同市立札幌開成中等教育学校着任、19年より現職。IB公式ワークショップリーダー、IB 確認訪問メンバー

「本校は札幌市がつくった初の中高一貫校です。生徒たちが主体的に学び続け、多様な人と協働的に問題解決できるような生きる力を培うため、課題探究的な学習を6年間にわたって実施しようというのが、開校に当たっての命題でした。しかし、それを実現するには教員の経験値に基づく手法では、公立校ゆえ異動もあって継続性が担保できない。そこで継続可能な教育手法として行き着いたのが、IBだったのです」

IBは「多様な文化の理解と尊重の精神を通じて、よりよい、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成」を目的とする世界共通の教育プログラムだ。まさに同校が目指す教育の方向性とマッチしており、先駆けて認定校となっていた東京学芸大学附属国際中等教育学校の事例なども参考にしながら導入を決めたという。

IBの大きな特徴は、「学習者中心」である点だ。教員主導の下で全員がそろって1つの目標に向かうのではなく、どの教科も生徒たちが各課題に対し試行錯誤して自分たちなりのアプローチで取り組んでいくというが、同校では実際どのような授業を行っているのか。

「授業は単位制で、各教科1コマ100分。主に導入、活動、振り返りの構成になっています。活動は例えば、音楽の授業では『人はなぜ歌うのか』をテーマに複数の角度から考察してレポートにまとめる、あるいは英語では『海外旅行客向けにおすすめの市内観光スポット』を伝えるチラシを作るなどの取り組みが展開されます。全教科においてレポートやプレゼンテーションなどの成果物を通して評価しており、定期テストはありません。知識を問うのではなく、知識をどう活用するかに重きを置いているのです」

社会の授業の課題で情報収集し、調べたことをグループで共有して議論(左)、体育の授業の終わりに、グループ内で学んだことや気づきを共有し、授業を振り返る(右)

そのため教員は、知識を一方的に詰め込むのではなく、生徒たちの「ATL(Approaches to learning)スキル(コミュニケーションスキル、ソーシャルスキル、自己管理スキル、リサーチスキル、思考スキル)」の向上を重視した授業づくりに力を入れている。その結果、生徒たちは「学習の方法」がしっかりと身に付いていくという。

英語の授業。外国籍の教員がプレゼンテーションの仕方を説明

「とくに思考力の向上は明らかで、表現力も非常に高くなっていますね。ちなみに1年生の段階から年間20~30本のレポートを書き、引用や参考文献の書き方も学ぶため、卒業生は『大学の授業が非常に楽です』なんてことも言っています」

メルボルン大学で学ぶ卒業生が語る「IB教育」のリアル

同校の1学年は160人。1~4年生(中1~高1に当たる学年)は全員がMYPを履修し、5~6年生(高2~高3に当たる学年)はDPか同校オリジナルのIP(Inquiry Programme、探究プログラム)のどちらかを選択する。

IPはMYPの手法に基づいたコースで、課題探究型の100分授業が引き続き行われるが、単位制を生かした時間管理がしやすいこともあり、国内大学への進学希望者や部活動などやりたいことを大切にする生徒が多いという。

一方、DPは大学1~2年生で学ぶ範囲まで踏み込む高度な内容で、100分授業が1日4コマ(8時40分~16時40分まで)あり、英語を使う機会も学習量もIPより圧倒的に多い。さらに論文を書き、CAS(キャス、※3)と呼ばれる活動への参加も求められる。負担が大きいこともあり履修する生徒は毎年10人程度だが、西村氏はこう語る。

※3 Creativity,Activity,Serviceの略。他者や社会とのつながりを意識した校内外で行う創造的活動・身体的活動・奉仕活動

「求められる学習の質と量共に厳しさがあるのは事実ですが、意外にもDPを履修する生徒たちは、難しいことに挑戦することにやりがいと喜びを感じており、純粋に学習が好きな生徒が少なくありません。海外大学進学を希望している子が多いですが、単に大学入学資格が欲しいというよりも、人間としての成長を求める志が高い生徒が何人もいます」

同校で6年間学んだ卒業生の数は、2020年度と21年度を合わせて計約300名。そのうちDPを履修した8名が、米国、英国、オーストラリア、台湾などの海外の大学に進学した。「ちょうどコロナ禍で海外渡航が制限され、進学を断念せざるをえないケースも少なくありませんでしたが、今後の社会状況によっては、海外大学を目指す生徒は増えると思います」と西村氏は話す。

こうした中、同校のDPを履修して卒業し、22年7月にオーストラリア有数の名門校であるメルボルン大学に進学した佐々木葵彩さんは、進路選択におけるDPのアドバンテージについて次のように語る。

佐々木葵彩さん(18歳)。2022年3月、札幌市立札幌開成中等教育学校卒業。現在、寮生活を送りながらメルボルン大学で学んでいる
(写真:佐々木さん提供)

「実は、私が海外大学を目指し始めたのは、高3の秋。それまでは国立大学の医学部に進もうと考えていたのですが、海外には合格すれば授業料が無料になる大学があると知り、進路を急きょ変えました。それができたのも、DPを取得していたから。今も自分が海外の大学にいることにびっくりしています。DPコースの仲間も、DPを生かして国内外の大学に進学した子がほとんどでしたね」

IB教育で得たものは、大学入学資格だけではない。佐々木さんは英語が好きで理系にも興味があったため、IB認定校かつSSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)指定校の同校を志望し、16年に入学した。「英語は世界の情報ソースへのアクセスがしやすく多様な考え方に触れる機会が増える。もっと英語で勉強がしたい」と思い、DPに進んだという。確かに勉強はハードだったが、まったく苦ではなかったそうだ。

「札幌開成のIB授業は100分なので、振り返りや同級生との共有の時間まで十分取れるため、発展的かつ深い学びが定着しやすいと感じます。放課後に勉強することも多かったのですが、ほかの9人の仲間と課題を共有しながらの勉強だったため、むしろ帰りたくないくらい楽しかったですね。CASでも学校では得られない経験ができ、とくに幅広い世代の方々との交流は大きな刺激となりました」

また、IBを通じて鍛えられたスキルは今も大いに役立っていると佐々木さんは言う。

「6年間鍛えられた振り返りスキルや協働スキルには、日々支えられています。とくにスケジュールがハードだったDPの2年間で身に付いた自己管理スキルは、現在の体調管理や時間管理にすごく役立っています」

メルボルン大学のキャンパスにて。「楽しい毎日を過ごしている」と佐々木さんは話す
(写真:佐々木さん提供)

佐々木さんは現在、ヒューマンストラクチャー&ファンクションという、解剖学や生理学などを学ぶ学問を専攻している。「日本のダンサーを救う医師になりたいので医学の道に進みたいですが、大学に入ってみたら研究にも興味が湧いてきました」と語る姿からは、学ぶことが心から楽しいという気持ちが伝わってきた。

進学実績にも表れている「課題探究的な学習」の成果

IB教育の成果は、国内大学の進学実績にも表れている。受験対策の特別授業などは実施していないにもかかわらず、2020年度は卒業生156人のうち78人が、21年度は卒業生155人のうち101人が国公立大学に進学した。旧帝大クラスの大学も多く含まれるという。また、20年度は大学進学者全体の39%、21年度は31%が総合型選抜や学校推薦型選抜で受験をして進学をかなえた。国公立大学や推薦に強い傾向について、西村氏はこう分析する。

「本校は『大学受験も1つの課題探究であり、生徒自身が主体的に取り組むもの』というスタンスの学校です。ですから、6年間大学受験に偏した学習ではなく、日常の学びをいかに楽しく探究的に実践できるかということとATLスキルの伸長に注力しています。そのため生徒たちは学習方法を身に付けることで、大学受験の際もみんな自分で計画的に取り組める。その結果が進学実績にも表れていると捉えています。推薦を選ぶ生徒が多いのも、特別な準備をせずとも、6年間の蓄積した学習ポートフォリオからいくらでも面接で話せることがあり、小論文やプレゼンテーションも堂々とできるからだと思います」

また、多くの生徒は自分が何をしたいのか明確だという。それはどこまでも「学習者中心」を大切にしているからだろう。同校では、進路指導も教員主導では行わない。「自分プレゼン」と称して、生徒自身が自分のキャリアの見通しやそれを実現するための方策を親と教員にプレゼンテーションする機会を設けているが、進学についてはその際に生徒が自ら模試データなどを分析し、志望大学を選んだ理由や学習計画などを伝える。「多くの生徒が、大学名で選ぶというよりは、その大学のどの分野を専門とすれば、将来に生かせるのかという視点から進学先を選んでいますね」と、西村氏は言う。

日常の学びが生徒の成長やそれぞれの進路選択にダイレクトにつながっている同校だが、課題もある。外国籍の教員が9名いるが、そうした人材も確保が困難であるほか、公立校は人事異動で人が入れ替わるため、培われてきたIBの授業づくりのノウハウの継承は大変な面があると西村氏は明かす。

「一方で、IBは世界標準のプログラムなので、異動されてきた先生も新たな視点と共に取り組みをスタートしやすく、継続もしやすい。IBを通じて中学校籍の先生と高校籍の先生が協働しやすくなるメリットも感じています。本校は札幌市立学校の課題探究的な学習のモデル校として位置づけられており、市内の約300の小・中・高等学校にも実践を広める使命があります。IBの導入の肝である先生方のマインドセットの変革を促進し、ほかの学校でもできる実践をさらに蓄積したいと考えています」

(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:札幌市立札幌開成中等教育学校提供)