明治から続く女子校がなぜSTEAMに舵を切ったのか

Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)に加え、さらにArts(リベラル・アーツ)を統合する教育手法である「STEAM教育」。そして課外授業での企業とのコラボレーションや、社会で活躍する人材を教員として起用し、学校と社会との接点を増やすなど次々とユニークな新機軸を打ち出している英理女子学院高等学校。2019年から始まった独自の学校改革には、どのような狙いがあるのか。同校の経営母体である高木学園理事長の髙木暁子氏は次のように語る。

社会の変化に対応して、学校で学ぶことも変わっていくべきだ、と繰り返し話す髙木氏

「2010年代に入って、社会が大きく変化する中、私たちの学校教育は本当に世の中の流れに対応できているのか危機感を持つようになりました。とくにテクノロジーが急速に進化している今、変化の激しい時代を生き抜くために本当に必要な教育とは何か。そう問い続けていくうち、時代の要請に合わせ、私たち自身が変わらなければならないと考えるようになりました。そんな思いを持って、学校の方向性を大きく変えていくことにしたのです」

同校の創立は1908年。100年以上の伝統があり、長年、普通科・商業科・情報科・家庭科を擁する高木学園女子高等学校として地元で高い知名度を誇ってきたが、2019年に英理女子学院高等学校に校名変更するとともに既存4学科を「キャリア部」として集約。その一方、新たにSTEAM教育を行う「iグローバル部」を新設することになったのだ。

こうした一連の学校改革を行ったのが、創立100周年の2008年に父の後を継ぎ理事長に就任した髙木氏だった。髙木氏は慶応大学卒業後、トヨタ自動車や日本ロレアルを経て、英ロンドンビジネススクールでMBAを取得。その後、理事長に就任したという学校経営者としては異色の経歴を持つ。ただ、ほかの学校改革事例では、国内で人口減少、少子高齢化が進む中、共学に刷新するケースが多いが、あえて「女子校」であり続ける理由とは何だろうか。

ロンドンビジネススクール留学中に撮影。自身も女子校で学び、キャリアを積んできた

「まずは創立者が女性であり、100年以上、女性が社会で活躍するための教育を行ってきたというアイデンティティーや蓄積されたアセットがあります。また、女性が伸び伸びと学ぶためにはジェンダーバイアスがない女子校という環境がやはり適しているのではないかとも思いました。さらに今、女性の活躍が社会で求められる一方、コンピューターサイエンスなどテクノロジーの分野は本来、女性が活躍できる場でもあるのに、その比率が圧倒的に少ない。こうした世の中の課題を解決していくためにも、かつての良妻賢母型の教育とは異なる、社会の発展に貢献できる女性を育てる教育をやっていく必要があると考えたのです」

創立者の髙木君(たかぎ・きみ)先生と生徒たち

その意味で、STEAM教育を行う「iグローバル部」は同校の目玉となっている。実際、国内で理系女子に特化した学校は珍しく、まさに「リケジョ」養成の登竜門となりつつある。カリキュラムなどについても、コンピューターサイエンスの権威である東大名誉教授の坂村健氏が教育プログラムの監修を行っており、その充実度は折り紙付きだ。

「まだスタートして3年ですが、プログラミング教育などをはじめ、興味のある子は放課後でも自主的に集まってどんどん研究しています。SDGsなど社会的課題を解決するテクノロジーに興味を持つ生徒も少なくなく、実際、実験室にこもって廃棄されたお米からバイオマスプラスチックを自分で作ってしまった生徒もいます。女性の視点やアプローチを基に、女性が生き生きとテクノロジーを学べる場が今、できつつあると感じています」

そう語る髙木氏は日本の教育の現状について、平均的な学力を身に付けるには最適だが、その一方で、自分からチャレンジする力、あるいは大きなビジョンを描く力、起業家精神といったものを育むための教育は不足しているのではないかと指摘する。

「確かに教育は脈々と受け継がれてきた歴史があり、すぐに変われるものではありません。しかもICT教育が本格化する中で、現場の先生たちの負担も大きくなっており、社会全体でバックアップしていく必要もあります。ただ一方で、そもそも学校という場は社会との接点が少なく、先生と親以外に生徒が出会える社会人はほとんどいません。とくに高校は自分の将来の進路を決める大事な場所でもあります。そこで社会との接点がないままに意思決定するのはどうなのか。これから先生たちもファシリテーターとして役割が求められる中、学校全体で社会との接点をつくっていくことが大切だと思ったのです」

「企業コラボ」「副業先生」で社会の仕組みを学ぶ

森永乳業とのコラボレーション企画。企業とコラボレーションをすることで、社会の仕組みや、あり方を早くから学ぶことができるという

こうした考えのもとに現在取り組んでいるのが、課外授業での企業とのコラボレーションだ。すでに地元食品メーカーの崎陽軒、大手乳業メーカーの森永乳業や文具メーカーのキングジムなど大手企業と組んで共同で商品開発に取り組むなど、成果を上げている。生徒にとっては自分が考えたことが最終的に商品という形になるため、楽しくやる気になる一方で、企業側も若年層のニーズをつかめるため互いのメリットを生かした取り組みとなっている。

また、社会で活躍する人材を教員として起用する「副業先生」についても、「グローバルプレゼンテーション」といった授業などを定期的に開いている。社会人教員の公募では人材紹介大手のビズリーチを利用しているが、昨今の副業ブームもあり、優秀な人材から少数の採用枠に対し想定以上の多数の応募があったという。

「学校の先生と、日々海外とやり取りしているビジネスパーソンのプレゼンテーションには少なからず違いがあります。これまで学校の先生では教えきれなかったところを含めて、現役バリバリのビジネスパーソンに教わることは生徒にとって大きな刺激となっています。実際、自分のロールモデルを見つけたり、社会の規律を学んだりするきっかけとなっているのです」

「スタンフォード大学」と取り組む協働オンライン講座

さらに、同校では米スタンフォード大学とのオンライン協働オンライン講座「Stanford e-Eiri」という取り組みも行っている。こちらは高校2年生の9月以降の半年間に、月1~2回、2時間ほどSDGsなどをテーマに、生徒自ら英語でオンライン授業を行うというものだ。

Stanford e-Eiriの様子。海を越えて学びを深める

「スタンフォードの先生がレクチャーをするほか、生徒自身が先生役となってクラスのディスカッションをファシリテートすることが課題に課されています。最初は単語しか話せない生徒たちも次第に自ら積極的に発言するように変わっていきます。海外とやり合う度胸がつくとともに、視野を広げるためにもよい機会となっています」

新たな取り組みを続ける英理女子学院高等学校。こうした取り組みが人気を呼び、志願者数は急増。生徒や父兄からも高い評価を受けるようになっている。

そんな髙木氏にこれからの子どもたちが身に付けるべき力とは何かと聞くと、「自ら手を挙げて、言いたいことがきちんと言える力」。そして「自由な発想」が何よりも欠かせないという答えが返ってきた。

「今、多様性が重視されるようになった一方で、ITテクノロジーの世界ではジェンダーギャップが広がり続けています。ただ、テクノロジーを学びたい女性は世界的に見ても少なくないはずです。教育で最も大事なことは子どもの興味や好奇心を応援してあげることです。そのためにも、私たちはSTEAM教育を通して、積極的な姿勢や自由な発想を育んでいきたい。そんな私たちの試みがうまくいけば、今後は海外の留学生も受け入れたいと考えています。そして、将来的には世界に通用する女性のためのSTEAM教育の学校にしていきたいと思っています」

髙木 暁子(たかぎ・あきこ)
学校法人高木学園理事長。慶應義塾大学経済学部卒業。1999年よりトヨタ自動車、2002年より日本ロレアルで商品開発やマーケティングを担当。その後、08年に英・ロンドンビジネススクールで MBA を取得。同年に学校法人高木学園の100周年を機に経営に携わるようになり、翌09年に理事長に就任

(写真はすべて髙木氏提供)