80%が有形暴力ではなく「言葉や態度、罰則」によるもの
長年、指導死の調査を行っている教育評論家の武田さち子氏によれば、指導死の疑いのある事案は1952年から2022年3月までに129件、そのうち平成元年の1989年以降では108件に上る※。平成以降に増えている理由について、武田氏はこう分析する。
※主に小中高生だが、大学生、職業能力開発校、高等専門学校も含む。未遂15件を含む。
「不適切な指導でお子さんを失った大貫隆志さんらご遺族が『指導死』という言葉を使って発信するようになったことで、当事者の方々が声を上げやすくなり、数字にも表れるようになったのだと思います。もともと自殺への偏見は強く、『先生に叱られて子どもが自殺した』となれば、遺族は猛烈なバッシングを受けましたが、地域によってはいまだにその傾向はあるようです。そのため声を上げやすくなったとはいえ、私の調査もあくまで報道や第三者委員会の報告から拾ってまとめたものなので、まだまだ氷山の一角だと思います」
また、暴力を伴う指導死は大きく報道されやすいが、「実は指導死の約80%は有形暴力なしの指導。暴力よりむしろ言葉や態度、罰則などによって子どもが亡くなっているのです」と武田氏は説明する。
最近増えているのが、教科に関する不適切な指導による事案だという。
「全国学力・学習状況調査の影響も大きいと思いますが、以前より宿題がたくさん出るようになり、その宿題をやらなかった子や忘れた子などに対する指導が非常に厳しくなっています。やらなくても許されるとわかればほかの子もやらなくなるため、みんなが見ている前で叱る、呼び出すといった指導が増えていると感じます」
そのほか、いじめや児童生徒間のトラブルへの指導に関する事案も増えている。2013年にいじめ防止対策推進法ができ、学校はいじめの問題に取り組まなければならなくなったが、教員は忙しい。そのため対応を急いでしまい、一方的な決めつけや冤罪(えんざい)につながるケースが多いそうだ。
例えば、被害者を加害者と勘違いする、加害者側についてしまう、被害の訴えがあっても相手にせず逆に怒る、いじめられた子が反撃するとそれをいじめだとして処罰する――武田氏が調査した中には、こうした不適切な指導で子どもが亡くなる事案があった。
「先生方の忙しさが関係していると思われるところでは、ストレス発散になっていたような事案もあります。よくあるのが、まじめな生徒が叱られているとき、複数の先生が無計画に寄ってきてみんなで責め立てるというもの。まじめな生徒は反撃してこないとわかっているからでしょう。しかし、そういう子ほど自分を追い詰めてしまいます。たとえ理不尽だと感じても対抗するすべがなく、学校や部活を辞めるとか、自分がいなくなる方法でしか子どもには解決できないのです」
学校での“虐待”が指導として容認される背景とは?
指導死が徐々に認知されてきたにもかかわらず、いまだになくならないのは「厳しい先生が重宝される」(武田氏)構造も大きいようだ。
「子どもが大人の言うことを素直に聞くことが、先生や保護者の理想になってしまっていると感じます。だから、それを少ない労力で実現できる厳しい指導が優先され、一人ひとりの傷つきに鈍感になってしまうのでしょう。部活動の指導死などは典型的ですが、優れた子が見せしめのターゲットになりがちです。先生も心理的に全能感を味わえるため、厳しい指導になりやすいという面もあります」
児童生徒間のいじめに関してはいじめ防止対策推進法がある一方、教職員の不適切な指導については抑制する法律や通知がないことも問題だと武田氏は語る。
「2011年に『子供の自殺が起きたときの背景調査の指針』ができ、自殺事案は第三者委員会が入ることが多くなりましたが、不適切な指導が背景にあると疑われる場合でも自殺未遂や不登校などに関しては調査すらされません。また、裁判になっても『一定の効果があるので教師側の裁量権の範囲内』など、先生側に寛容な判決が出ることも。しかし、先生は退職しない限り学校現場に残り続けます。その影響力を考えれば、子どもから子どもへのいじめ以上に、先生から子どもへの不適切な指導は防ぐ必要があるのではないでしょうか」
児童虐待防止法では、心理的な外傷を与えるものも児童虐待と見なされる。職場でも、22年4月から改正労働施策総合推進法に基づき、いわゆるパワーハラスメント対策は事業主の義務となった。しかし、学校での“虐待”はいまだ指導として容認されていると武田氏は指摘する。
「昔は家庭での体罰はしつけだと容認されていましたが、2000年の法改正で虐待として取り締まる対象となりました。家庭の懲戒権が変わったのですから、先生から子どもへの懲戒権も考え直すべきです。第三者委員会が『この先生の言動で亡くなった』と因果関係を認めても、多くは口頭注意で罰則がありません。日本全国、不適切な指導をした先生に対する処分が甘いのが現実です。こども基本法はできましたが、国は指導死の防止についても自治体任せではない形で法の整備をすべきでしょう」
1人の指導死の前には、何人もの子どもが追い詰められている
こうした中、2022年に改定された生徒指導提要に「懲戒と体罰、不適切な指導」が盛り込まれた。文科省が毎年行う「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」でも、自殺した児童生徒の状況に関する設問に今年度から「教職員による体罰・不適切な指導」が加わった。
「一歩前進だとは思いますが、問題は子どもの自殺の報告について遺族がチェックできる体制がないこと。現状、文科省は『学校が正直に書きやすいように』と、報告の内容や報告の有無もいっさい情報開示していません。これでは、調査の設問を変えても意味がないのではないでしょうか。実際、学校側が現場では不適切な指導を認めて謝罪したにもかかわらず、文科省には家庭の問題として報告していたケースもありました。だから、『学校の問題より家庭の問題で亡くなった子のほうが多い』という調査結果になるのでしょう」
文科省は自殺対策として、1人1台端末を使ってSOSのサインを見逃さない体制づくりも進めているが、重要なのは大人の対応だという。
「私が調べた範囲では、いじめが原因で自殺や自殺未遂に至った子どもの約60%は学校アンケートの回答や口頭でSOSを出していました。自殺防止を目的に、端末でSOSを吸い上げることができても先生が動く仕組みがなければ変わりません。これは子どものSOSの出し方の問題ではなく、大人側の問題なのです」
では、指導死を防ぐにはどのようなことが必要なのだろうか。
「児童生徒が不登校や精神疾患となった段階で、外部の人間が調査に入ること。1人の指導死の前には、何人もの子どもが追い詰められているケースが多いです。例えば、ある小学校で起きた指導死の前には、教員の言動によって不登校になった子や転校した子が何人もいましたし、高校の女子剣道部員の指導死では、その前に2人の男子部員が自殺をほのめかしていました。その時点で第三者委員会が調査していたら指導死は防げたかもしれません。国はこうした体制整備を主導すべきです」
重要なのは指導中や指導後に「1人にさせないこと」
多くの教員は児童生徒を思って指導を行っているはずだが、日常的な指導と、指導死に至る指導は「紙一重」だと武田氏は言う。
「指導死の話をすると、先生から『指導をするなということですか?』と言われることがありますが、そうではなく、その子が明日から生き生きと希望を持って生きられる指導でなければ意味がないということをご理解いただきたいです。重要なのは指導の後。『明日からはこうすれば大丈夫』『君に期待しているから言うんだよ』といったフォローが一言あるだけでも違うと思います」
なぜなら、指導の当日や翌日の登校途中に亡くなるケースが非常に多いからだ。中には反省文を書かせている間など指導の最中や、指導直後に亡くなるケースもあるという。
「大人でも強く叱責されたらダメージを受けますが、子どもは経験値も少なく、『親にばれたら申し訳ない』『この場から逃げたい』と衝動的に死を選んでしまうことがあるのです。保護者にはケアのしようがなく、先生方が指導中や指導後に児童生徒を一人にさせないことが重要です。子どもが反省していたり、理不尽だと感じている様子だったりするならなおさら目を離さないでほしいと思います」
夏休み明けは児童生徒が精神的に追い詰められる時期として知られる。教員はどんなことに注意すべきだろうか。
「子どもが『おや?』と思うような言動をしたときは、頭ごなしに叱るのではなくて話を聞いてほしいですね。指導死の事案では、先生が子どもの言い分をきちんと聞いてないケースが目立ちます。子どもが思ったことを言える関係を日常的に築いてほしいです。普段から『言い訳するな!』といった指導をしていると、子どもは明らかに先生が間違っていると思っても声を上げることができません。また、積み重ねた信頼関係もたった一度の不適切な指導で壊れてしまうものだということも心に留めていただけたらと思います」
【相談窓口の情報はこちら】
・厚生労働省のウェブサイト「まもろうよこころ」
・都道府県・政令指定都市別の相談窓口「いのち支える相談窓口一覧」
(文:吉田渓、注記のない写真:keyphoto/PIXTA)