仕事に何らかの影響を生じている家庭が8割

NPO法人キーデザイン(栃木県宇都宮市)は、フリースクールやホームスクールの運営とともに、子どもの不登校に悩む保護者を対象とした無料LINE相談窓口「お母さんのほけんしつ」を開設している。同窓口には、母親を中心に数多くの相談が寄せられる。

その中で代表理事の土橋優平氏がとくに気がかりだったのが、子どもの不登校をきっかけに離職や休職をした保護者が多いことだった。

そこで同法人では2024年2月、無料LINE相談窓口の利用者を対象に、子どもの不登校が家庭に与えた影響についての実態調査を実施(回答は376名)。その結果、回答者の約4人に1人が離職や休職を選択しており、「早退・遅刻・欠勤が増えた」「雇用形態を変えた」も含めると、仕事に何らかの影響が生じている家庭が約8割にも達していることが判明した。同法人では、同年11月にも再度調査を実施(回答は230名)したが、ほぼ同様の結果が得られたという。

また11月調査によれば、退職を決断した保護者67名にその理由を聞いたところ、「子どものサポートに集中するため」(70.1%)、「子どもを1人で家にいさせることの不安から」(67.2%)、「親自身のメンタルが不安定になったため」(62.7%)、「会社に迷惑をかけたくなかったから」(52.2%)といった回答が多く挙がった(複数回答)。

「不登校の子どもは、不安定なことも多い。急に泣き出したり自傷行為があったりする場合も」と土橋氏。そのような子どもを1人で留守番をさせておくことは心配だ。休まざるををない日が続けば会社では肩身が狭くなり、自身のメンタルも不安定になっていく――こうして離職や休職に追い込まれていく保護者の状況が浮き彫りとなった。

また、離職や休職、早退・遅刻・欠勤の増加は、当然家計を圧迫することになる。2月調査では約4割の回答者が「収入が減った」「収入がゼロ・ほぼゼロになった」と答え、このうち8万円以上減った家庭も4割弱に及んでいる。

「子どもが不登校になると、昼食代や光熱費のほか、フリースクールやカウンセリングの利用料などの支出も増えていきます。不登校の子どもがいる家庭やフリースクールに助成金を支給している自治体は全国で64程度しかなく、多くの家庭が経済的な支援が得られない中で、子どものサポートと家計の維持の両立に悩まされています。ここは国の支援が必要でしょう」と、土橋氏は語る。

夫婦間の意識のずれが「母親の孤立」を招く

今回の実態調査は、無料LINE相談窓口「お母さんのほけんしつ」の利用者を対象としたこともあり、回答者の大多数が女性(2月調査98.1%、11月調査99.1%)だ。このうち約8割の女性が子どもの不登校を機に離職や休職、キャリアの変更などを余儀なくされている一方、パートナーは「特に変化はない」ケースが7割に上り、母親に負担がかかっている実態も見えてきた。

そのような差がある中で、子どもの不登校についての夫婦間での相談は満足にできているのか。2月調査では、「満足に相談できている」という回答は22.6%にすぎず、「話はするが、満足のいく相談はできていない」「ほとんど・全く話はできていない」「意見の食い違いが大きいため、最近は相談をしていない」が64.9%を占めた。

「母親のほうが子どもと接する時間が圧倒的に長いため、子どもの表情や生活リズムの変化などに敏感です。一方、父親は1日のほとんどを外出しているため、子どもの状況を十分に把握できていない。このアンバランスさが、夫婦間のすれ違いを生む大きな要因となっています。パートナーに相談できず、周囲にも悩みを打ち明けられる人がいなければ、母親は孤立を深めていきます。またシングル家庭は、そもそも相談できるパートナーが家庭内にいません。孤立によってメンタルが不安定になれば、夫婦関係や親子関係はさらに難しいものになっていきます。孤立をどう防ぐかが、非常に重要になります」(土橋氏)

離職や休職をしなくてすむ「職場環境」も必要

土橋氏は、保護者の孤立を防ぐためには、第三者とのつながりが重要だと強調する。文部科学省も、不登校の子どもやその保護者が孤立している現状を受け、相談支援体制を強化するために200自治体を対象に補助を行うことを打ち出している。

土橋優平(どばし・ゆうへい)
NPO法人キーデザイン代表理事
1993年生まれ、2016年にNPO法人キーデザインを設立。栃木県内で2つのフリースクールをオープン、全国約4500名の保護者が登録する無料LINE相談窓口「お母さんのほけんしつ」を運営するなど、子どもとその家族の支援に力を入れる。2021年下野新聞社「とちぎ次世代の力大賞」奨励賞、栃木県経済同友会「社会貢献活動賞」を受賞
(写真:本人提供)

「自治体はアドバイスをするのではなく、保護者支援という視点で取り組んでいただけるとうれしいです。例えば、不登校の子を持つ親同士が話せる場をつくることは1つの手立てとなるでしょう。親が外とつながることは、結果的に子どもが社会とつながるきっかけになります」(土橋氏)

一方、「今後は、働く保護者が離職や休職をしなくてすむ職場環境をつくることも必要になる」と土橋氏は考えている。

子どものためよかれと思って離職をしても、それが最善の選択とは限らないからだ。土橋氏は不登校離職の経験者にヒアリングした際に、「普通の大人との会話がしたかった」という声を多く聞いたという。家の中で1人で子どもと向き合い、声かけ1つにも気を遣い続ける毎日。だが1日の大半を子どものサポートに費やしても、一朝一夕に状況が好転することはない。さらに離職をすれば、社会との大切な接点がなくなり、職場の同僚と何気ない雑談を交わすといった機会さえ失われることになる。

同法人では、11月調査において、退職を踏みとどまった保護者に自由記述で回答を求めたところ、「物理的に子どもと離れる時間があったこと、職場で不登校について話せたことが、大きな支えになった」「仕事に行くことで子どものことばかり考える生活から抜け出すことができた」などの声が寄せられたという。職場は、悩みや苦しみを同僚に打ち明け、分かち合える居場所になりうるわけだ。

「不登校離職を防ぐためには、上司や同僚の理解が何より大切になります。時短勤務やテレワーク、介護休暇などの制度も、利用しやすい雰囲気がなければ使えません。実際、会社に理解がないため退職する保護者は多い。不登校の子を持つ社員から相談を受けたときに、『今はお子さん最優先で考えてください。制度の利用が必要なら遠慮なく申し出てください』と言える職場であれば、保護者は離職をしなくて済みます」(土橋氏)

同法人では、不登校離職の解決には企業の姿勢がカギを握ると考え、昨年には企業の人事担当や管理職を対象とした『不登校離職予防セミナー』を2回実施、企業規模を問わず計50社の参加があった。参加後、社内で不登校に関するアンケート調査をしようと検討を始めた企業もあるという。

「社会問題」という視点が弱い日本、学校ができることは?

不登校の子どもを持つ保護者へのアンケート調査については、オンラインフリースクール「SOZOWスクール小中等部」も2024年8~9月に実施している(有効回答数187名)。「不登校によって保護者に起きた変化」についての設問では、57.2%が「気分の落ち込み」、54.5%が「孤独を感じた」と答え、「仕事をやめざるを得なかった」という回答も18.7%に上った。先のNPO法人キーデザインによる実態調査と同様に、不登校の子どもを持つ保護者が、孤立や離職のリスクに直面している実態がここでも明らかになった。

関水徹平(せきみず・てっぺい)
明治学院大学社会学部社会福祉学科准教授
専門は福祉社会学。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。早稲田大学文学学術院助手、同非常勤講師、立正大学社会福祉学部准教授を経て、2023年より現職。主な著書に『「ひきこもり」経験の社会学』(2016年、左右社)
(写真:本人提供)

同調査の助言を担当した明治学院大学准教授の関水徹平氏は、不登校の子どもを持つ保護者が孤立や離職に追い込まれやすい要因を次のように分析する。

「保護者の多くは、子どもを学校に行かせるのは親の務めだという意識があり、それができていないことに対する恥の意識や責任感を強く感じがちです。そのため、周囲には相談しづらくなり、問題を家庭内で抱え込んでしまう傾向があります。外部のサポートを得ずに自分たちだけで問題に対応しようとすると、仕事を犠牲にしてでも子どもに寄り添わざるをえなくなり、それが離職率の高さにもつながっていると考えられます」

不登校の子どもを持つ保護者は、子どもへの精神的なケアと経済的な保障、自立のためのサポートをすべて自分たちだけで担わなければならない。さらには「このまま学校に行けない状態が続けば、この子は将来どうなるのだろう」といった不安とも闘うことになる。

「日本では不登校やひきこもりは、保護者が対応すべき家庭問題として捉えられており、社会が取り組む問題という視点が弱く、社会保障の仕組みも貧弱。一方、欧州の先進国では、社会として対応すべき社会問題の枠組みで扱われています。例えばドイツやスウェーデンでは、ひきこもりの子どもが一定の年齢を超えたときには、住宅費や生活費が公的に支給されます。少なくとも保護者は、経済的な負担からは解放されます」(関水氏)

関水氏は、保護者の孤立や離職を防ぐためには、日本においても「保護者が子どものケアを丸抱えしなくてはいけない状況を改善する必要がある」と考えている。近年は、フリースクールに通う子どもを対象に助成するなど、不登校支援に関する助成金制度を設ける自治体が出てきているが、こうした経済的な支援の充実は急務といえるだろう。

また関水氏は、保護者の孤立を防ぐために、学校が果たすべき役割も大きいと話す。保護者にとって学校は、最も身近な接点だからだ。

「学校は子どもの不登校で悩む保護者に対し、フリースクールや教育支援センターなど外部のサポート機関に関する情報を積極的に提供することが求められます。ところがSOZOWの調査では、77%の保護者が『不登校になった際、学校から必要な情報提供がなく困った』と回答しています。背景には『学校こそが、子どもが育つべき場だ』といった意識が学校に根強く残っていることが考えられます。学校以外の学びの場や居場所を正当に評価し、学校が“家庭と外部のサポート機関をつなぐ役割”を担う必要があります。また自治体も情報提供に努めることは重要で、例えば働く保護者に対して『不登校の子を見守るために介護休業・休暇が使える場合もある』といった情報を周知することが必要ではないでしょうか」(関水氏)

文科省が、不登校の子がいる家庭を支援員が訪問するアウトリーチ事業や、保護者に対する相談体制の充実を打ち出していることについては、こう語る。

「ひきこもりも本人の合意がない状況で第三者が入ることでこじれる場合が多いので、アウトリーチは慎重な対応が必要です。学校復帰を前提とせず、保護者が抱えている葛藤や悩みに寄り添い、子どもの様子を見ながら学びや居場所の選択肢を一緒に考えていく支援であれば、保護者の孤立の解消につながるはず。相談体制に関しては、とくに当事者の親の会は支えになるので、保護者同士がつながれる場の支援も充実してほしいと思います」(関水氏)

不登校の子どもを持つ保護者を、職場や学校、自治体といった社会全体でサポートしていく。それが不登校離職や孤立の問題を改善するための有効な手立てとなるだろう。

(文:長谷川敦、写真:プラナ/PIXTA提供)

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