浦和高校と浦和一女の現役東大合格者の差

埼玉県で、県立の浦和高校や浦和一女などの男子校女子校を「共学化すべきでは」という議論が起きている。県教育委員会は「共学化を推進していく」という方針を示している。

共学化の流れは埼玉県以外でもあり、私立中高でも共学化が進んでいる。定員割れに悩む女子校が苦肉の策として共学化をするのはわかるが、2016年の法政二高のように偏差値も志願者も好調だった人気男子校が共学になった例もある。

一方で、埼玉の共学化に対しては、反対署名が3万名以上にものぼり、母校の存続を訴えるOBOGも声をあげている。それだけ別学には別学のよさがあり、思い入れがある人も多いのだろう。

浦和一女出身の30代女性は、「共学化は、すなわち母校が消滅するということです。一生懸命勉強して一女に入って、頑張ったご褒美のように、自由で楽しい3年間を過ごしました。大切な母校を奪わないでほしいです」と話す。

ただ、そんな浦和一女が明らかに苦戦している点がある。東大や早稲田など難関大への合格実績が、浦和高校や大宮高校に比べて伸び悩んでいるのだ。

埼玉の公立入試の難関3高校は県立浦和(偏差値:72)、県立大宮(偏差値:理数73、普通71)、浦和一女(偏差値:70)で、どこも同じ偏差値帯である。ところが大学の合格実績では差が出る。2024年度入試の現役合格者だけをピックアップしてみよう。なお、各校の生徒数は、1学年約360名で同程度と考えていい。

24年度大学入試現役合格者数

県立大宮は共学なので、女子の合格者実績は公表データを見てもわからないが、大手塾などを取材した際、「県立大宮の女子と浦和一女の生徒で合格実績に差がある。県立大宮の女子のほうが東大などへの進学実績が高い」という話を複数から聞いた。

そして東大の合格者については、県立浦和25人・県立大宮15人に対して、浦和一女1人は少なすぎるように思えよう。なぜ、こんなに合格実績に差が出るのか。この理由を大手塾社員はこう話す。

「浦和一女は数学の進度がゆっくりで、難関国立大学対策を意識していないカリキュラムに見えます。数学は先取りが必要ですから、ここで差が出ます」

数学のカリキュラム進度が大学入試に影響する

最難関大学の入試には非常な難問が出るので、いわゆる「先取り学習」が必要で、高校範囲は早めに終わらせて大学受験に向けたトレーニングをしなくてはならない。そのため、進学校は通常より授業の進度が速いが、中でも数学は特に速く進める必要がある。

数学のカリキュラムを見てみると、県立大宮は高1の9月から数Ⅱを学ぶのに対して、浦和一女は高1で数Ⅰ・高2で数Ⅱ・高3で数Ⅲを学ぶとしており、進学校のカリキュラムになってない。ちなみに県立浦和の進度は、県立大宮よりもさらに早いという。実際、数学が必須の理工系学部や政経学部が人気の早稲田の合格者数は、浦和一女37名、県立浦和58名と差が21名ついている。

一方で、慶応は、英語重視の入試だからか、県立浦和と浦和一女で差がない。同じく英語重視の上智は、県立浦和6人に対して浦和一女26人。立教は県立浦和1人に対して、浦和一女107人と圧倒的に浦和一女の合格者が多い。

また外国語大学の最難関、東京外語大は、県立浦和がゼロなのに対して浦和一女9人。浦和一女には、英語を得意とし外国語を学びたい生徒が多いことがわかる。浦和一女の公式サイトには、英語を英語のまま理解する力を養う「多読プログラム」を実施しているとある。

とある塾の講師は「浦和一女に受かる子の中には英検2級を中学3年で取得しているケースもしばしばあります。入試の段階から英語が得意な子が選抜されていきますね」と語った。

実は私立女子校でも、数学をはじめとする理系授業の進度が遅い学校は多い。中学受験の有名な算数講師が、自著の中で「男子には男子校へ、女子には共学へ進学することを勧めている」という旨を書いていた。これはどういう意味かと考えていたが、取材をするうちに見えてきた。

大手塾の算数講師は言う。

「理系教育のレベルが高いのは、男子校>共学>女子校の順です。中学受験では算数が得意だった女子が、難関女子校に進学してから、学校の数学のカリキュラムが十分でないために失速していく例を山ほど見てきました。それであれば、理系教育のレベルが高い共学に進学したほうがよいという発想があっても当然です」

今、中学受験で、教育熱心な保護者が娘を共学に入れたがる1つの理由はこれである。理系教育という面では女子校は共学や男子校に比べて物足りないケースが多いのだ。と、いうか、男子校の理系教育が素晴らしすぎるのだ。

男子校は理系、女子校は英語国語のレベルが高い傾向

取材をしていると、伝統男子校の理系教育の充実ぶりには感心する。例えば、東大や医学部への合格実績の高さで知られる、東京・新宿区の海城中高には、2021年に「サイエンスセンター」ができた。1つの建物がまるまる理科の教育施設になっている。施設での発電量や電力使用量が表示されるパネルや、掘削した岩石などの地質資料も展示され、さながら公の科学館のような作りだ。物理、生物、化学、地学のそれぞれに実験室があり、各科目の教員たちのアイデアで授業がしやすいように工夫されていて、教育と施設が結びついている。

また聖学院は、授業中に教員が「実験をした方が理解が進む」と判断した際にいつでも実験できるよう、6つの理科実験室を用意している。

一方で女子校は英語や国語などの文系科目の教育に強い。女子学院や雙葉、フェリスといったミッションスクールは、ルーツがキリスト教で開国の宗教のため、英語教育を得意として偏差値を上げてきた。

雙葉や白百合の中学3年では英語以外にもフランス語が必須で、高校生からはフランス語を選択することもできる。そのため、大学入試をフランス語で受けるケースもしばしばだ。フランス語の受験者は少ないため、英語受験に比べて難易度が低く受験では有利になる。

また、この5年で大きく偏差値を伸ばしている頌栄は、帰国生の割合が2割ほどいるため、全体の英語レベルが高い。一般生でも、週6時間のうち2時間はネイティブの教師から英語を学び、高1で英検2級(高校卒業レベル)を取得するのが平均的だという。それを反映してか、2024年入試での慶応大学の合格者は132人で、全高校の中でもトップ10にランクインしている。

女子校は国語の教育にも力を入れているケースが多い。図書館は圧倒的に女子校のほうが充実している印象があるし、そこに置かれている本に「読み込まれている形跡」があるのだ。女子校だと人気作家の新刊などは予約が殺到していたりするが、男子校は人気の新刊でもまっさらな状態で置かれていたりする。

三輪田は「読書の三輪田」というキャッチコピーがあるように読書教育が充実していることで知られ、もちろん図書館も充実している。吉祥女子も取材時に「うちの生徒は本を読みます」と、8万2000冊の蔵書を誇る図書館を見せてくれた。

吉祥女子の図書館
吉祥女子の図書館
(撮影:ヒダキトモコ)

一方で男子校では難関校も中堅校も生徒が本を読まないという悩みを教員から聞くが、共学でそういう話はあまりない。男女が共に学ぶことで苦手な部分が改良されていく流れがあるのではないか。

別学ゆえの「尖り」は今の時代に合っている

だが逆にいうと、共学化によって片方の性しかいないがゆえの「尖り」が弱くなる可能性はあろう。ある中高一貫校の教諭がこう話していた。

「開成の数学の先生はずっと勉強をしています。数学オリンピックのメダリストやそれに近いレベルの生徒たちもいますからね。彼らの前に立って授業をするからには、相当勉強をする必要があります」

杉浦由美子
杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ)
ノンフィクションライター
教育を中心に取材をしている記者。現在はダイヤモンド教育ラボ、小学館マネーポストなどの WEBサイトや週刊誌で記事を書いている。 著作は『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)、『女子校力』(PHP新書)など多数
(画像は筆者提供)

開成中学の入試の算数は、大手塾の算数のトップ講師でも苦戦するレベルだ。その入試をクリアした生徒たちの数学のレベルは高くて当然だろう。

反対に女子校は、前述のように英語や国語のレベルが高い傾向にある。

日本女子大付属は付属校なので、ほぼ大学の一般選抜対策をしないが、その分、国語の授業では教科書の文章だけでなく、本を1冊読ませて授業の題材にしたり、長い文章を書かせて表現力を鍛えたりもする。授業で培った表現力を生かして総合型選抜で他大学を受験する生徒も増えているようだ。

また、ある中高一貫校の英語教師は、「頌栄や雙葉、白百合の英語最上位クラスは信じられないレベルの高さです。オタク的な英語の知識が問われることも」と話していた。

別学は、片方の性が得意な傾向にある科目に関して先鋭的に高いレベルになっていく。そういった特徴を残しつつ共学化するのは、非常に難しいだろう。それよりは、別学のまま弱い部分を補強したほうが良いとも考えられる。

女子校で圧倒的な合格実績を誇り、2024年の東大現役合格が52人の桜蔭は数学の進度が速いことで知られる。豊島岡女子は何十年も前から物理の教員が授業中の実験などを通して生徒たちの理解を深める工夫をしてきた。このように、女子校もカリキュラムや授業内容をアップデートすればいいわけで、実際、多くのいくつかの女子校でこうした機運が上がって、数学や物理の授業を強化している。

作家の藤沢数希さんは『コスパで考える学歴攻略法』(新潮新書)にて、「20代の若いうちにビジネスや研究で評価されるのは総合点ではなく、得意な1科目のみだ。たとえば、コンピューターサイエンスのずば抜けた才能があれば、他が何もできなくても若くして成功して金持ちになりやすいし、学術研究の世界でも注目されることはあるが、5科目全部がそこそこできたところで若者がビジネスやアカデミックな世界で評価されることはない。アカデミックな研究の道に進むと、どんどんと専門化していくので、一芸が大切なのである」と指摘している。

実際、独立して稼げる仕事は、例えば医師やプログラマーなどの専門性が高い職種だ。まんべんなくなんでもできればキャリアが積める仕事ではない。そういった意味で、実は別学の「尖り」は時代に合っているようにも思える。共学化の議論は、ジェンダー同等の視点だけでなく、共学化することで学校の教育や授業内容がどうなるかまで考えたうえでしていくべきなのかもしれない。

(注記のない写真:EKAKI / PIXTA)