学童保育の待機児童問題、解消のカギは「学校施設の有効活用」
学童保育の登録児童数はここ20年ほど右肩上がりで増え続けており、待機児童数も高止まりしている。学童保育に子どもを預けられないことでいわゆる「小1の壁」に直面し、離職せざるをえない女性などもおり、社会問題化している。
その背景について、日本総合研究所上席主任研究員の池本美香氏は次のように話す。
「小学生の数は減っているものの、ここ10年ほどで25~44歳の女性の就業率は10%以上増え、時代とともに祖父母やきょうだい、近所の人が子どもを見守るような環境もなくなりつつあります。そのため保育園の待機児童問題が深刻化しましたが、世の中の関心が保育園に集中してしまい、自治体も学童保育の待機児童問題への対応が後手になってしまったといえます。そもそも小学生の課題に対する行政の関心は学校教育中心で、小学生なら1人で留守番したり、友達と遊んだりして過ごせるだろうという考えもあり、学童保育にはお金が回ってこないという面も大きいです」
とくに人口が偏在している都市部で学童保育のニーズが高まり続けているというが、こうした「量」の問題を解決するにはどうしたらよいのか。池本氏は、「学校でそのまま放課後に子どもたちを受け入れればいい。見守る人がいれば、保育園の待機児童問題よりも対策は取りやすいはずです」と話す。
しかし現状、学校教育時間外の学校施設の有効活用は十分にできていない。文部科学省で2022年3月に取りまとめられた「新しい時代の学びを実現する学校施設の在り方について」の最終報告書も、学校の役割として子どものウェルビーイングの保障を重視する方針を掲げてはいるものの、検討対象は学校教育時間内における校舎のあり方が中心になっている。「約7割の小学校の余裕教室や敷地内に学童保育があるにもかかわらず、学童保育や校庭のあり方についての言及はほとんどありません」と、池本氏は指摘する。一方、世界では近年、学校施設の活用が進んでいるという。
「放課後の充実が学校教育にもプラスになると考え、放課後にも学校が関わるようになっています。例えば、スウェーデンでは、2001年に義務教育と就学前保育、学童保育の教員養成課程を統一して資格上の格差をなくし、校長の責任の下、学校の中で義務教育の教員と学童保育の教員が対等にコミュニケーションを取りながらチームで子どもたちを見守る体制にしています。世界的には校庭を緑と遊びの場に改造し、学校教育時間外にも開放する動きが見られます。こうした海外の事例を見ると、日本でも放課後の学校施設の柔軟な活用は可能だと考えられます」
海外では「校庭の改善」でいじめ減少や学力向上などの成果も
ただし、学校施設を活用するには、前提として学校の居心地のよさが重要になると池本氏は言う。
「今、小学校では不登校やいじめ、暴力行為が増えていますが、学校自体が子どもにとってストレスフルな場になっていると考えられます。そのため『放課後まで子どもを学校に滞在させたくない』と考える保護者もたくさんいます」
一方、海外では、校舎も校庭も居心地のよさを重視した空間整備が進んでおり、学童保育も「子どもにとってよいことは何か」に基づき運営されているという。その差は何なのか。
「日本は子どもの権利条約の認知が低く、学校の先生もご存じない方がいらっしゃいますが、海外では行政から独立した立場で子どもの権利条約の周知や子どもの権利が守られているかなどの調査をし、必要な改善を勧告する権限を持つ『子どもコミッショナー』が置かれていて、子どもの権利の観点から制度がつくられています。例えば、オーストラリアでは、18時以降も預かる学童保育は認可されません。英国では政府が2005年に、18時までの学童保育とスポーツや芸術など多様な活動をすべての学校で提供する方針を打ち出したり、最近では貧困家庭の子が夏休みに無料で昼食付きの学童保育に通えるようにしたりしています。また、国の機関は、子ども会議を設けたり、活動のルールづくりや空間づくりに子どもが参加したりする学童保育を、優れた学童保育として評価しています」
前述の海外における校庭の改造・開放の動きも、子どもの権利条約31条「遊びと休息の権利」の保障に向けた取り組みだという。中でもイングランドは学校の整備や活用に力を入れており、1990年に教育・科学省が報告書を通じて、おしゃべりなどをするベンチやテーブルの重要性を指摘するなど、見た目の美しさや授業活用にとどまらない校庭づくりのあり方を示した。2003年に校庭を改造した学校を対象にした調査回答では、「いじめが減った」「学習意欲が改善した」「学力が向上した」などの成果が報告されているという。
「ウェールズも、子どもの遊び環境が十分であるか定期的に評価することを自治体に義務づけており、木登り、火や水や土を使う遊び、音楽やダンス、廃材遊びなど、自由で創造的な遊びの保障を重視しています。21年のイングランドとウェールズで行われた調査では、学校における遊び環境の改善によって教員の見守りの負担が減ることも確認されました。一方、日本では校庭で木登りもできなければおやつを食べるテーブルやベンチもなく、放課後に体育館で自由に遊ぶこともできません。学校も学童保育も、海外に比べて管理が優先され、子どもの権利の視点や議論が欠けていると感じます」
とくに学童保育は女性活躍や少子化対策という文脈で増やしてきたため、質の議論が置き去りにされてきたと池本氏は言う。実際、ニーズの増加とともにすし詰め状態になっている学童保育も少なくない。中には騒音で難聴になる子もいるという。重大事故も増えており、こども家庭庁によると、22年の学童保育における事故報告数は565件となった。環境改善とともに、学童保育職員の処遇改善が必要だと池本氏は話す。
「児童を一人ひとり丁寧に見たいと思っても、100人規模となると、子どもを黙らせたり、ケガをしないように何もさせなかったり、管理する仕事が中心になってしまうこともあるでしょう。そのような環境では学童保育職員のモチベーションも低下してしまいます。小規模化や職員配置の充実は子どもの環境改善に必須だと思います。そもそも賃金が低く勤務日も安定しておらず、志を持った人材が従事できる労働環境になっていません。スウェーデンでは、学童保育の教員の多くが学校でスポーツや創作活動などの科目を受け持っていますが、そのように学校と学童保育の仕事を組み合わせてフルタイムにできる形なども含め、学童保育職員の雇用の安定を図る必要もあると思います」
放課後のあり方も「子どもたちの声」を聞くことが大切
2023年3月に公表された「放課後児童クラブ・児童館等の課題と施策の方向性」(社会保障審議会児童部会放課後児童対策に関する専門委員会取りまとめ)では、子どもたちの豊かな放課後に向けて「学童保育と放課後子供教室の一体型」が推進されているが、池本氏は次のように語る。
「放課後子供教室の定義自体が曖昧です。保育に欠けている子と欠けていない子が一緒に遊べる場とするところもあれば、地域の人が何かを教えに来る場とするところもあるなど、取り組み内容や実施回数は自治体によってさまざま。運営はボランティアが基本でほとんど予算がついておらず、子どもが集まらないケースもあるようです。子どもたちのやりたいことができる放課後には必ずしもなっていないのではないでしょうか。やはり、豊かな放課後のためには、学校施設の有効活用を推進すべきだと思います」
好事例は少ないが、学校施設を利用した学校教育時間外の取り組みは日本にもある。例えば八王子市では今年の夏休みに、猛暑による安全・衛生面などを鑑み、給食調理室を活用して手作り昼食を学童保育の児童に提供した。NPOと連携し、小学校施設を活用して児童が多様な体験や活動ができるようにしている私立学校や自治体もある。
「日本は、学校教育時間外の子どものケアは家庭か福祉の範疇だという考え方が強いですが、いじめや不登校、暴力行為の増加、体力低下、体験格差など課題が多い現状を考えれば、学校教育のあり方を放課後も含めて検討すべきで、学校教育時間外の学校施設を子どものために有効に使っていく必要があると思います」
例えば、放課後や休日も悩んでいる子が立ち寄れるよう保健室を開ける。図書室や音楽室、家庭科室、図工室、コンピューター室などを活用して習い事に通う経済的な余裕がない子どもの活動を支援する。海外のように自由な遊びを保障する観点から校庭を含め学校施設の整備を見直す――こうした活用を池本氏は提案する。
「オーストラリアは小学校の校長会代表と学童クラブ組織代表が連名で、望ましい連携のあり方を文書にまとめて政府から発出しています。このようにモデルケースを示すだけではなく、誰もが取り組めるようなガイドラインを国が示すことも大切だと思います。しかし、まずは学校をどう使いたいか、学校にどんな場所がほしいか、子どもの声を聞くことが重要。海外は、子どもコミッショナーが子どもの代弁者となって少しずつ政策が変わってきましたが、日本では子どもコミッショナーの設置が見送られました。子どもたちが意見や疑問に思ったことを訴えることができる仕組みを学校や自治体などでつくり、放課後のあり方についても子どもたちの声を聞くことが大切です」
学童保育の待機児童問題について、こども家庭庁と文部科学省は連携していく方針で、年末をめどに対策を取りまとめるとしている。こども基本法が施行された今、子どもの権利を重視した対応が望まれる。
(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:zon/PIXTA)